逮捕の容疑は未成年誘拐だそうだ
浅賀ソルト
逮捕の容疑は未成年誘拐だそうだ
緊急外来に急性アルコール中毒の患者が搬送されるという連絡を受け、私とスタッフは準備にとりかかった。消防隊員の話では患者は女子高生だという。
今日は花火大会があったのでそれ関係だろう。酒量を確認するとハイボールを2杯のあとはウォッカと焼酎を最低でもグラス5杯。
この情報を聞いた時点で慣れた看護スタッフは事情を察して表情に怒りがこもる。私もそうだ。飲み慣れていない未成年がいきなりそんな量を自主的に飲むことはない。
自動的に警察にも通報がいくはずだが、一応の確認をして——自動的といっても機械が自動でやるわけではなく、関係者が自分の意思で体を動かして通報するしかないのだ——警察には連絡済みとの報告を受ける。
大抵は大丈夫なのだ。先に話すと今回の件では命は助かった。当日のうちに退院していった。しかし、こんなことで死ぬ未成年もいる。こんなことで死んでしまう女子高生と、娘を高校生まで育てて花火大会に送り出してその夜に死体になった娘と対面する親というのも確実に存在する。今回がそうなってしまわないように素早い措置ができるように到着前にできるだけの準備をする。
急性アルコール中毒はとにかく血中アルコール濃度を下げることが肝心だ。点滴を素早く行う必要がある。
追加情報で患者は意識不明。意識を失ったまま嘔吐。呼吸は確保しているという。
救急隊員がいるならそのあたりの措置は大丈夫だろう。
意識不明はそうだろうなと思った。そうでなければ救急車は呼ばずになんとかしようとしたはずだ。
効果は低いと言われている胃洗浄だが、今回も不要だろう。
さらにもう一人、未成年を乗せているという。こちらは意識はしっかりしているが飲酒はしているとのこと。自己申告によるが、ハイボールを最低でも3杯飲んでいる。気持ち悪くなったという。こちらも点滴が必要だろう。現場の判断で残しておけないというのもあっただろうが、念のため一緒につれてくるというのは緊急医療としても間違ってない。
男の方は警察の事情聴取を受けているという。あまり細かい話が伝えられることはないが、まあ、心の中で死ねと念じておいた。
着替えや手洗い、消毒、その他すべてを終えて到着を待つ。今のご時世だとPCR検査も必須で、もちろんその他の薬物検査もした方がいいだろう。何はともあれ血液検査を省くということはないが。
自動ドアが開いてストレッチャーが入ってくる。看護スタッフがわらわらと取り囲む。女子高生は浴衣姿だった。吐瀉物にまみれて顔面は蒼白だったが。
あとからもう一人の浴衣の女の子も自分の足で入ってくる。
私は隊員に聞いた。「名前は?」
「三嶋千乃、17歳、既往歴は不明です。意識は一度も戻りませんでした。嘔吐は一回で、その後は安定しています」それからちらっともう一人の女の子の方を見て「血液型はAB型だそうです」
「分かった。ありがとう」
というわけでここらからは医者の仕事だ。
検査を続けたが、血中アルコール濃度は0.3% もっと高い数字も見たことがあるが、なかなかの数字だ。友達も0.2%で決してほろ酔いというようなものではない。酒に慣れてないと酔う前に一気に摂取してとんでもないことになる事例が多々ある。
看護師とその友達の会話から事情を知る。花火大会の帰りにナンパされてカラオケ店で飲んだという。とにかく酔わせるのが男の目的だから、強い酒をガンガン勧めたのだろう。なんなら1日に複数回診察する事例だ。
私は点滴を出したあとは容態を見て、意識の回復を待った。名前を呼んでも応えがない深刻な状態だった。頬を叩いても反応がない。
しかしそこから急速に回復して、30分もすると返事が返ってくるようになった。水を与えると自分でゴクゴクと飲んだ。ここまでくれば峠は越えたといってよい。
他の緊急外来もあったが、友達にも点滴を打った。友達の名前は柿崎眞利といった。
「友達はもう大丈夫だよ」
私はそこから、現状の説明と、死んでいたかもしれないというリスクを説明した。やったことの後悔はしているし、自分の経験は忘れないものだ。だからそのことをわざわざ言ってもしょうがない。この経験の先にあったかもしれない話を知識として入れておくしかない。
しかし、まあ、それでも、失敗してしまった子供に失敗について責めることの意味とか効果というのはかなり疑問である。私も半信半疑だ。ただ、おそらく親からもあとから言われるだろうが、親の言葉が響くタイプと赤の他人の医者の言葉が響くタイプ、子供には二種類があるので、医者からも言っておくというだけである。
私も花火大会に行きたかったなあ。
逮捕の容疑は未成年誘拐だそうだ 浅賀ソルト @asaga-salt
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます