第十二話 誘拐

 春が過ぎ去り、嵐吹き荒れる夏も残すところあと僅かな季節。

 私の毛並みは夏の物から入れ替わろうと、よく毛が抜けるようになってきました。


 私は結婚生活から五ヶ月が経ち、誠一郎様との日々は私に新たな安住の地になりつつあります。

 そして、誠一郎様が私を大切にしてくれることがわかるようになり。


 少しだけ、私から勇気を出す日々です。

 私もどこかで自分の顔が狐であることから、そう言うことを敬遠していました。


 ですから、夕食の際には、お酒を用意してみたり、食べ物に精が付くものを作りました。朝は女中の梅さんが作ってくださるのですが、夕食は私が作らせていただいております。


「いかがですか?」

「うむ。美味いな、今日も」


 誠一郎様は、私を作る料理を全て美味しいと言ってくださいます。


「今日は元気が出そうな食事だな」

「ふふ、腕によりをかけて作りました」

「いつもありがとう」


 誠一郎様はそれほどお酒が強くありません。

 一日一献しかお口にされません。


 義父様に相談すると、一献で十分に純度の高いながらも口当たり飲みやすいお酒を分けていただけました。


「それに今日の酒は美味いな」

「義父様からいただきました」

「そうか、父上は大酒飲みだからな。幸次郎もたくさん飲むので二人が勧める物は間違いがなさそうだ」


 家族の中では誠一郎様だけ、お酒の味を楽しむように飲まれます。


「本日は、私もいただいてもいいですか?」

「珍しいな。うむ、共に飲もう」


 誠一郎様が注いでくれた杯を口にして、飲み干すと体が熱くなるのを感じます。

 お腹に熱い物が流れ込んできて、全身が火照る感じを受けました。


「ふふ、燿子は美味そうに酒を飲むな」

「そうですか? ですが、誠一郎様が言うようにとても飲みやすくて美味しゅうございます」

「そうだね。たまにはもう一献楽しむのもありだな。燿子が付き合ってくれることも珍しい」


 私が飲んだことで気分をよくされた誠一郎様が、珍しくもう一杯を口にされました。私もお付き合いして、もう一杯飲むと段々と体だけではなく気分も高揚してくるのを感じます。


「あっ」


 立ちあがろうとした私はよろけて、誠一郎様へとしなだれかかります。


「ふふ、もう酔ってしまったのだろうな。私も今日は体が熱いな」


 そう言って誠一郎様が私を抱き上げられました。

 本日は二人ともお風呂も済ませてあります。


 布団へ運んでいただき、共に寝てしまいました。


 ♢


《side???》


 結界というものは、妖怪や敵意ある者に対して効果を発揮している。

 だが、それが妖力をほとんど持たない者ならばどうなのか?

 簡単な話だ。

 結界は作動しなくなる。


「我々が陽動の式神を操り、妖怪たちを街へ送る。貴様は気配を消して、二人の嫁を連れてこい」

「はっ!」


 数名の忍びたちが、裏から屋敷の中へと入っていく。

 彼らは陰陽術師たちが、混乱を生み出すのを待った。


 次第に叢雲領の街に妖怪が現れて、叢雲家の異能侍が飛び出していく。

 それを見た忍びたちは、屋敷へと入り込んだ。


 屋敷に入った者たちは口元を抑えて屋敷全体に眠りガスを充満させた。


 起きていた女中も全て眠ってしまい、異能を持つ者以外は眠りに落ちた。


「いけ!」


 忍者は二手に分かれて二人の嫁を誘拐するために動いた。

 一組の忍者部隊は夫婦仲良く眠る妖憑と夫をまとめて布団で包んで抱え上げた。


 彼らは早々に屋敷を離れて叢雲領よりも1日で離れられるだけ離れた。


 それは数時間にも及ぶ逃亡であったために、眠りに落ちていた者たちも意識を取り戻すことになる。


「ううん? ここは?」


 目を覚ました者たちは慌て始めることになる。


 だが、時すでに遅く。


「目覚めたようだな」


 目が覚めた者たちは、体を縛られて互いに顔を合わせる。


 口元を塞がれた二人は、互いに状況がわからなくて混乱していたが、男の声に状況を理解していく。

 

「最後の別れだ。夫婦を引き裂くのは心苦しいが、別れる時間ぐらいはやろう」

「なっ! 何を」


 女の口だけ猿轡を外される。


「せっ、誠一郎様!」

「……」


 男の方は猿轡をつけられたままで身動きが取れない夫の首には刀を突きつけられていた。


「どっ、どうしてこのようなことをなさるのですか?」

「我々は依頼があっただけに過ぎん。内容など知らぬよ。ただ、この男には居てもらうと困るのでな」

「やっ! やめてください。私がなんでもしますから、誠一郎様を殺さないで」

「すまないがそれはできない」


 そう言って、男は刀を引いた。


「いやーーー!!!」


 その瞬間、女の全身から妖力が溢れ出した。


「破っ!」


 しかし、妖力は何者かのよって力を抑えられる。


「ふん。妖怪風情が、暴れるな」


 新しく現れた陰陽術師の男によって力を抑え込まれてしまう。


 力も妖力も封じられ。


 女は最後の足掻きとして、首から血を流す夫に近づいた。


「私の気持ちはあなたにあります。誠一郎様。愛しております」


 女は男の猿轡で塞がれた口へとキスをした。



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