第七話 彼女のために

《side叢雲誠一郎》


 結婚生活をどのように過ごせば良いのか戸惑うばかりだ。


 だが、燿子の性格は控え目で、朝守家で大切に育てられた令嬢だと思っていたのに、手元は水仕事を経験した手をしておられ、食事や洗濯、家事仕事を全て出来て私よりもしっかりとした人だった。


 いつもはなんでも自分でしなければいけないと思っていたので、燿子の方がなんでも出来てしまう。

 無能なだけでなく、家事全般でも私は燿子に劣っている。


 本当に情けないことだ。


 燿子殿と生活していると、私のダメなところが浮き彫りになる。

 

 妖術を使える燿子。

 掃除や洗濯、料理が上手な燿子。

 私の肌を見て恥じらう燿子。


 全てが私にとって新鮮で、観察していると面白い。

 そして、何よりもあの狐のモフモフとした肌触りが気持ち良い。

 たまに頭を撫でさせてもらうのだが、あの肌触りの虜になりつつある。


「本当に誠一郎様も出撃されるのですか?」


 異能侍を生業としている以上は、妖怪を退治することも私の仕事になる。

 屋敷の壁には結界が貼られているが、領地全体に結界を張ることは難しい。

 妖怪たちは、目的があってやってくるので、まとめて退治しなければ厄介なことになる。


「うむ。戦うことは足手纏いになってしまうかもしれぬが、一応侍として刀を持っておる。援護や後方支援はできるからな。皆の手助けをしてくる。帰ったら腹が減っていることだろう。握り飯を作って待っていてくれると嬉しく思う」

「わっ、分かりました! 必ず!」


 戸惑いながらも私を心配してくれる燿子と、少しずつではあるが心を通わせられていると思う。

 私は妖刀を奮って雑魚妖怪を切り捨てる。


 だが、異能を使う者たちを苦戦させる影の妖怪が現れた。


 影の妖怪は神出鬼没で、夜の闇が味方して、見つけることが難しい。

 昼間であれば、脅威にもならない相手が夜になると強くなる。


「くそっ! 影の妖怪を取り逃した!」


 異能侍の言葉に、私は咄嗟に嫌な予感がして、自宅へ急いだ。

 私の嫌な予感が当たっていた。

 

「燿子!!!」


 燿子を捉えていた影の触手を切り捨て、解放させる。


「くっ! 妖刀使いか!」

「大丈夫か、燿子!」

「はっ、はい。大丈夫です。誠一郎様」

「すまない。取り逃した妖怪を探している際に、妖怪が求める物を思い出して戻ってきたのだ」


 呆然としている燿子に状況を説明する


「妖怪は、妖力や霊力を求めて彷徨っている。燿子は強い妖力を持っているからな。妖怪にとっては魅力的な相手なんだ。失念していてすまない」


 異能が使えない。私では影の妖怪を倒すことはできない。

 出力不足ということもあるが、妖にも一定の強さがあり、私が倒せる妖怪は雑魚ばかりだ。誰かが気づいてきてくれるまで燿子を守り切れるか?


 だが、次第に私は影の攻撃に圧倒されて、傷が広がっていく。

 このままでは私は死ぬだろう。

 燿子を守りきれないで、死ぬことほど悔しいことはない。


「もうやめて!!!!」


 燿子の叫びと狐火が飛んで、影の妖怪を燃やしていく。

 最も苦手な火の攻撃により倒せた。

 やはり燿子は私よりも凄い。


「誠一郎様!」


 涙を浮かべた燿子に膝枕をされている。

 情けない。どうして私は無能なのだ。


 全てのことが、燿子に劣っている。


 それから三日三晩寝込んで燿子の看病を受けた。


 それからの燿子は私に余所余所しくなった。

 やはり私が弱いから? いや、燿子はそのようなことを気にするような女子ではない。


 では何か? まさか、私が弱いから心配をかけまいとしているのか?


 なんと、情けない。


 このままで良いのか誠一郎! 妻に守られ、妻に心配され、妻に気を使わせてばかりだ。


「燿子、君が我が家に来て一月が経つ。そろそろ外に出てみないか?」

「外でございますか? 私のような者が外を歩けば、皆が悲鳴をあげます」

「そうだろうか? だが、我が家の近くだ。付き合ってはくれぬか?」

「それでは少しだけ」

「ありがとう」


 燿子はやはり優しい。


 私が強く願えば、願いを聞いてくれる。

 だから、私は最後の覚悟を決めることができた。

 私は今まで異能侍にこだわってきた。

 それは叢雲家が異能侍の家だったからだ。


 だが、幸い、私は霊力は受け継いでいる。


 ならば、霊力が使える術ならなんでもいい。


「我もずっと考えていた。どうすれば良いのか? 異能が使えない。それがどうしたと言うのだ。陰陽術でも、法術でも、燿子を守るために強くなる方法はいくらでもある。だから、燿子。私の側にいて欲しい」


 私は燿子と共に歩いていきたい。

 だからこそ、どんな手を使っても彼女のために強くなろう。


 無能侍でもいいじゃないか。


 無能坊主か、無能陰陽師になるとは決まっていない。


 この桜並木を一緒に何年も歩いて欲しい。


 燿子の全てを愛したいと思えた。


 彼女に認めてもらえる男になろう。

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