第六話 妻は狐憑き

《side叢雲誠一郎》


 我が家は代々侍として、名を挙げてきた。

 だが、時代の変革とともに異能侍として呼ばれ、時代は変わり、人々を守りながら領地を納めるようになった。


 それが当たり前になって、異能も代々受け継がれていた。


 だが、私の代になって、私には霊力はあるが、異能が発現しない事が判明した。

 十五歳の元服にて、異能発現の儀を行うのだが、滞りなく行われながらも、私は異能を作ることができなかった。


 私が周囲から受けたのは無能としての烙印。


 それでも叢雲家当主である父は、私に妖刀を与え、侍であることを許してくださった。


「お前が叢雲家の長男であることに変わりはない」


 暖かな父の言葉に、私はありがたさと同時に自分の無力さを感じずにはいられなかった。

 だからこそ、侍としての訓練を行いながら、家の手伝いができるように算盤や文字を学んで家を助けたい。


「うむ。お前が家のことを切り盛りしてくれるようになって、領民たちの生活は安定している。よくやった」


 父上や家族、領民たちは私を認めてくれた。

 それは私が生きて良いと感じるほどだ。


「それとな、お前の嫁が決まった」

「嫁……、でございますか?」

「そうだ。朝守家の燿子殿だ」

「朝守家? あの結界師ケッカイシの家系で有名な?」

「そうだ。本来は様々な街や家屋に結界を張るのを生業にしている家系だが、この度、朝守家の燿子殿がお前の妻となることを認められた」


 朝守家は、代々貴族や天皇家に使える由緒正しい防人サキモリだ。

 

「どうして、そのような由緒正しき家の秘め御子様が私のような無能者に嫁ぐことに?」

「うむ。それなんだが、燿子殿は九尾の狐が憑いておる」

「なんと! 妖憑でございますか? それはご家族も大変だったでしょうね」

「ああ、朝守の家系だからこそ、守ってこれたのであろうな」


 妖憑が成人を迎えることは稀である。

 それは、妖たちにとって、妖憑は強力な妖が人の身に宿って弱っている状態だと言われているからだ。


 幼子を襲う妖が多く。


 守りきれずに死んでしまう。


「それは重大なお役目ですね」

「怖いか?」

「はい。正直に言えば、私で彼女を守れるのか。そして、彼女を愛せるのか」

「うむ。妖憑は秘められた妖力を持つ。成人を迎えているのであれば、蓄積された妖力は最も妖たちが欲するほど成熟していることだろう」


 父上の言葉に、私は唾を飲み込んで緊張から体がこわばってしまう。


「そう、緊張するな。普通に女性として愛してやって欲しいだけだ」

「はい! それはもちろんです。私のような者に嫁いでくれるだけで、ありがたいです」

「ふぅ〜、お前は自分を過小評価しすぎだ。私はお前を過小評価したことなど一度もない。自分を卑下するなよ」


 父上はお優しい。

 私が無能でも、いつも励ましてくださいます。


「ありがとうございます。父上は本当にお優しいです」

「だからな! まぁ良い。こればかりは人から言われても納得できないこともあるからな」

「はぁ?」


 私は嫁を迎えるに辺り、屋敷の敷地内にある離れを我が家としていただいたので、燿子殿を迎えるために色々と準備を整えた。

 昔から、私の世話をしてくれた女中のウメさんに協力してもらって、用意をする間も色々と自分が家族に甘えていたのだと思い知ってしまう。


「誠一郎様は、なんでもご自分でしようとされていますが、ご夫婦なのです。共に頑張っていければ良いのですよ」

「ありがとう、ウメさん」


 離れを整え、燿子殿を迎えるまでの数日は、一人で寝泊まりをしていた。

 朝の決まった時間に起きて訓練をして、ウメさんが作ってくれた朝食を食べた後は本邸に行って、領内の内政を行い。午後は領地内を歩いて視察を行う。


 そんな日々が続いていた頃。


 とうとう、燿子殿が嫁としてやってくる日が決まった。

 私は、緊張しながらもやってくる燿子殿の大名行列を見に行ったほどだ。


「さすがは朝守家だな。嫁ぐ際にも大名行列とは。それだけ護りに重点を置いているのだろうな」


 私は大名行列を確認して、迎える準備に行う。

 父のことだ。

 本日中に祝言などもあげると言う人だ。


 私は燿子殿が嫁ぐ前に朝守家から、送られた白無垢を用意しておく。

 ウメさんには、本邸の女中に指示を出してもらって、花嫁衣装の準備を全て終えさせた。


 そして、いよいよやってきた燿子様が義父に連れられてやってきた。


 美しい着物に狐の顔。

 

 我嫁を迎えることに緊張していた私は、妖憑であることを改めて実感して、顔を見たことで緊張が和らぐのを感じた。


「こちらへ」

「はい」


 燿子殿の手をとって立ち上がらせれば、耀子殿が裾を踏んで倒れそうになられた。

 抱き止めた燿子殿体は華奢で、甘い花の香りのように女性らしさを感じてしまう。


 その柔らかな体に触れて、私は妻を娶ったのだと思い知る。


「お気をつけください。可愛い人」

「えっ?」

「そのフサフサの毛並みもまた、愛くるしいと存じます」


 彼女は狐憑であることを気にしているかもしれない。

 だが、不安に思わないでほしい。


 私はあなたの夫として、あなたに受け入れらるように努力をします。


 予想通り、父上は祝言をあげてお酒を飲み。

 宴会によって人々が騒がしくなったことで、ここまで長旅をしてきた燿子様は疲れて寝てしまわれた。


 白無垢を脱いで、寝巻きに着替えるまでは頑張ったようだ。離れに入って布団へ案内すると、寝てしまった。

 そんな燿子様の姿は、狐の顔をしているのだが、見える首筋は人であり、その胸元に目を止めて、私は自分の心に芽生えた邪気を振り払うように立ち上がって布団をかけなおした。


「明日から、どうかよろしくお願いします」


 近いの接吻ならぬ。

 頬へ口付けをして、私は燿子殿が眠る寝室をでた。


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