第五話 桜並木

 義父様の言うように傷のせいで、誠一郎様は熱を出されました。

 誠一郎様の看病は三日ほど続き、全身が熱くなったお身体を冷やした手拭いで拭いて差し上げます。

 お世話をするのは、私が必要とされているように感じて、少しだけこのままでいたいと思ってしまいました。


 妖怪が私を狙っていると言う不安の中で、誠一郎様に対して距離を置くことを考え始めている自分がおります。

 誠一郎様の側にいれば、またこのように誠一郎様を傷つけてしまうかもしれない。

 

 自分が役に立てないだけでなく、重荷になってしまうのは嫌です。


「燿子?」

「誠一郎様、気づかれましたか?」

「ああ、世話をかけたな」

「いえ、妻ですから」

「ありがとう」


 誠一郎様の弱々しい腕が私に伸びて、頭を撫でてくださいました。


「燿子の頭はモフモフでとても気持ち良いな」

「狐なだけです」


 誠一郎様は、とてもお優しく立派な殿方です。

 私を守ってくださった背中は頼もしく。

 誰よりも早く駆けつけてくれたことも喜ばしいです。


 壊された襖は、義父様が次の日には全て治す者を手配してくださいました。

 誠一郎様にも回復するまでは家で休めとお達しもくださいました。


 数日をかけて、回復されていく誠一郎様をお世話しながら。

 私の心は誠一郎様に対して閉ざしていくのを感じております。


 誠一郎様は、そんな私の様子に気づかれているご様子で。

 ご自身が異能を持たない無能に対する焦燥感が募っていかれる様子が私も感じられてしまいます。

 

 二人の間で言葉が少なくなってしまい、結婚して一ヶ月はそのように過ぎて行きました。


「燿子、君が我が家に来て一月が経つ。そろそろ外に出てみないか?」

「外でございますか? 私のような者が外を歩けば、皆が悲鳴をあげます」

「そうだろうか? だが、我が家の近くだ。付き合ってはくれぬか?」


 今日は誠一郎様が、いつにも増して積極的に私を誘うので。

 私は戸惑いながらも誠一郎様の申し出を受け入れました。


「それでは少しだけ」

「ありがとう」


 これまでは私が慣れるまでと気遣ってくださっていたようです。

 誠一郎様が怪我をされた後も、数度妖怪の襲撃はあったようですが。

 屋敷に来るほどの妖怪は、あの時の一度きりで、あれからは襲撃を受けてはおりません。


 ですから、誠一郎様もお出かけを口にされたのかもしれません。

 身支度をして、誠一郎様と向かった先は叢雲家の門を出てすぐ近くでした。


 そこは美しい桜の木が咲き誇っている並木道であり。

 誠一郎様は私にここを見せたかったのです。


「昔からここでお花見をしてきたんだ。家族の伝統を思い出し、燿子と一緒に来たいと思ったんだ」


 言葉を交わしていない間も、誠一郎様は私のことを思い、考えて下さっていたのだ。


 私は誠一郎様のお優しさに戸惑ってしまいます。


「どうして誠一郎様は、私にそこまでお優しくしてくださるのですか? 私は狐の顔をしているのですよ! このような妖憑、気持ち悪くはないのですか?!」


 ずっと自分の中にあった気持ちを誠一郎様にぶつけてしまう。

 ぶつけたところでどうにもならないのに、ぶつけずにはいられなかった。


 誠一郎様は温かい眼差しで私を見られました。


「見た目は確かに妖が憑いているのかもしれない。だが、燿子は燿子だ。私の妻であり、もう家族なのだ。大切にするのは当然であろう?」


 そんな普通のことを言う殿方がいるなど考えたこともない。

 

 私を妖と呼ぶ者もいる。

 私を気味悪いと思う親戚がいる。

 私を愛してくれる人なんていない。


「私は燿子を愛したいと思っておる。ダメか?」

「ダメではありません! ですが、私が誠一郎様の側にいれば、誠一郎様はもっと傷を負ってしまうかもしれない。私はそれが耐えられぬのです」

「うむ。それはこれから我が強くなれば問題あるまい」

「えっ?」

「我もずっと考えていた。どうすれば良いのか? 異能が使えない。それがどうしたと言うのだ。陰陽術でも、法術でも、燿子を守るために強くなる方法はいくらでもある。だから、燿子。私の側にいて欲しい」


 私はもう返す言葉を持ってはおりませんでした。 

 ただ、涙が溢れて止まりません。


「明日はここで花見をせぬか?」

「えっ?」

「この桜の下で、燿子との思い出が作りたいのだ」

「かしこました。明日はお弁当を持ってきましょうね」


 腕によりをかけて作ろう。

 もう、私も誠一郎様から離れたくはありません。


「うむ。良いな。桜の木の下で食べる燿子の手料理は、いつも以上に美味しく感じるだろう」


 私たちは寄り添って桜を眺め。

 次の日には、お弁当を持ってきました。

 桜の木の下で、誠一郎様と二人でお弁当を広げます。


「燿子を不安にさせてしまってすまない、私は弱い」

「そんなことはございません! 誠一郎様は、私を守ってくださいました」

「いや、結局は耀子に守られてしまった。長年、異能侍になるために訓練は一日たりとも怠ったことはない。だが、私は成人を迎え、この歳になっても異能が発現することなく。霊力だけが高まっていく使い道を考えてこなかった」


 誠一郎様の苦悩が、私の心に影を落とし、なんとお声をかけてあげればいいのか悩んでいると。突然桜の花びらが舞い始めました。


 誠一郎様は私に手を差し伸べます。


「えっ? すまぬ。また暗い話をしてしまった。良ければ、この花びらの中を歩かぬか?」

「はい」


 私は戸惑いながらも、誠一郎様から向けられる豪快な笑顔と誠実な気持ちに触れ、一緒に歩き始めます。

 桜の花びらが二人を包み込む中、私も自然と笑顔になっておりました。

 誠一郎様の弱さをしり、そして、強く笑う姿に心が暖かくなるのです。


 今しばらく、この時を過ごしていたい。


 誠一郎様と夫婦でいることが幸せだと感じ始めたのです。

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