第四話 不穏な陰

 夫婦になって一週間が経って、穏やかで二人きりの生活は、ゆっくりでありながらも私たちに互いを意識させるような日々が流れておりました。


 ですが、叢雲家は異能侍の家。


 妖怪が現れれば退治に向かう。

 そんな当たり前のことを私は失念しておりました。


「誠一郎様も出撃なさるのですか?」


 戦支度をする誠一郎様の姿に私は不安を感じてしまう。

 無能力である誠一郎様が赴いても危険ではないのか?


「うむ。戦うことは足手纏いになってしまうかもしれぬが、一応侍として刀を持っておる。援護や後方支援はできるからな。皆の手助けをしてくる。帰ったら腹が減っていることだろう。握り飯を作って待っていてくれると嬉しく思う」

「わっ、分かりました! 必ず!」


 誠一郎様との生活は、とても穏やかで。

 私が作る料理を誠一郎様は美味しい美味しいと食べてくださいます。

 ですが、一週間が経っても、私たちは寝床を共にすることはありません。


 やっぱり私の顔が狐であることが誠一郎様の気持ちを鈍らせてしまうのでしょう。


「行ってくる!」

「行ってらっしゃいませ」


 現れた妖怪が領地を荒らすため、叢雲家に混乱と緊張が走っています。

 お屋敷の中でも松明が焚かれて、警戒を訴えるように慌ただしく人々が走り回っている影が見えております。


 私は自分の体に宿る九尾の力を使って、手伝うべきなのか思案してしまいます。

 ですが、夫の仕事に出しゃばるものではないと、誠一郎様の帰りを待つことにしました。

 

 夜も更けて、なかなか妖怪を退治できていないのか、誠一郎様の帰りが遅いのです。不安で、眠ることもできず、一人で火を焚いて待ち続けていると庭にドサリと音がしました。


「誠一郎様?」


 不安ながらも、旦那様が帰ってきたならお迎えをしなければ。

 私は玄関へと向かって歩き出しました。

 ふと、庭の方で影が動きます。

 影は襖を突き破って、部屋の中へと入ってきました。


「おお! 妖力を感じて、このような場所に来てみれば、なんと良質な妖力よ!」


 入ってきたのは巨大な黒い影で、私を見て口元を歪めて愉悦の表情を見せました。私はその状況に恐怖を感じて、逃げなければいけないと背中を向けます。


「逃がすはずがないであろう?」


 黒い影から、黒い触手が伸びて、私を捕らえました。


「助け!」


 口を塞がれて助けを求めましたが、誰も……。


「燿子!!!」


 誠一郎様が剣を振り上げて、触手を斬りました。


「くっ! 妖刀使いか!」


 妖刀? 誠一郎様の体は霊力を纏って光り、刀は妖怪を斬りつけました。


「大丈夫か、燿子!」

「はっ、はい。大丈夫です。誠一郎様」

「すまない。取り逃した妖怪を探している際に、妖怪が求める物を思い出して戻ってきたのだ」


 状況がわからない私は、誠一郎様に守られるように背中を見つめました。


「妖怪は、妖力や霊力を求めて彷徨っている。燿子は強い妖力を持っているからな。妖怪にとっては魅力的な相手なんだ。失念していてすまない」


 誠一郎様は、私のことを考えて必死に戻ってきてくださったのだろう。

 その身はボロボロで他の妖怪もいたであろうに、私を助けてくださいました。


 私の心は揺さぶられるような思いがして、誠一郎様は命をかけて私を守ろうとしてくれています。

 これまでの不安が払拭されるような気分が胸を熱くしました。


 誠一郎様は、私を大切にしてくれている。


「くくく! 貴様、霊力はあるが異能が使えない者だな? 雑魚めが! キエェェェェイ!!!!」


 黒い影の妖怪は、大量の触手を発生させて誠一郎様を傷つけていきます。

 誠一郎様は刀で触手を捌こうとされていますが、追いついておりません。


 ボロボロになっていく誠一郎様に、私は次第に涙が溢れ出して……。


「もうやめて!!!!」


 気づけば、誠一郎様と作り出した青い炎を黒い影へと飛ばしていました。


「ぎぃやあああああ!!!!」


 私から生まれた青い炎を受けた黒い影は、悲鳴をあげて庭へと飛び出して行きました。

 庭で転げ回りながらも、私が生み出した青い炎は黒い影がいくら消そうとしても消えることなく、燃えつつづけて妖怪を炭へと変えてしまいました。


 ーーードスン!


 私は妖怪の行く末に見つめて呆然といると背後で倒れる音がしました。

 誠一郎様が倒れる音が聞こえるまで、傷を負った旦那様を気遣う余裕がありませんでした。


「旦那様!」

「燿子! 君を守れない弱い夫ですまない」

「そんなことはありません!」


 誠一郎様は、全身に傷を負って守ってくださいました。

 私はどうしたら良いのかわからなくて、何度も念じ続けました。


「治って、治れ、私に力があるのなら、旦那様の傷を!」


 いくら願っても旦那様の傷は治らなくて、私はどうすることもできなくて、ただただ溢れる涙が止まらなくなりました。


「こちらまで来ておったか!」


 野太い声に顔をあげると、義父様が庭にやってこられました。

 庭で炭になった妖怪を見て、構えていた剣を鞘へと戻されます。


「義父様」

「うん? おう、燿子殿。どうやら、燿子殿の力で事なきを得たようだな」

「えっ?」


 知っておられたのですか?


「疑問を持ったようだな。誠一郎は妖刀を持っているが、このように燃やすことはできぬ。妖憑には妖力が宿るからな。答えは自ずとわかると言うものだ。だが、燿子殿を娶ったことで、妖怪の数が増えておるな。誠一郎では役不足であったかも知れぬな」


 義父様は傷つき倒れ、私の膝で眠る誠一郎様を見て落胆した顔を向けられていました。


「せっ、誠一郎様は、旦那様は私を守ってくださいました!」

「うん? そうか。うむ。それならば良い。誠一郎も叢雲の男だ。それぐらいはしてもらわねならぬ。ほれ、これは傷薬だ。誠一郎に使ってやってくれ。明日は熱が出るだろうから看病を頼む」


 そう言って義父様は薬を置いて、炭になった妖怪を連れて言ってしまいました。


 私は私のせいで妖怪を引き寄せているという義父様の言葉に不安を感じました。傷つきながらも私を守ってくれた誠一郎様を見ます。


「あなた様の重荷に、私はなっているのでしょうか?」


 今宵の出来事は私に結婚について考えさせるものでした。

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