第七話 もう一人の妖憑 と 九尾の力

 あの桜並木を共に、歩いた日から。

 誠一郎様は、たくさんの勉強を始めるようになられました。

 私を守るのだと意気込んでおられ、日毎にたくさんの話を私に聞かせてくださいます。


「坊主には宗派によって唱えるお経が違い。何は南無阿弥陀仏だけで良いというところもある」

「そうなのですか?」

「ああ、その言葉に霊力を込めて妖怪を倒すのだ」


 新しいことを勉強されている誠一郎様は、本当に楽しそうで。

 私もそんな誠一郎様の話を聞くのが、嬉しゅうございました。

 

 それに誠一郎様は、自分は私よりも何もできないとお言いになって、何でも指示をくれとよく家の手伝いをしてくださいます。


「燿子は凄いな。鍛治仕事だけでなく多くの知識を持っている」


 私は家にこもりきりの生活をしておりましので、父が気を利かせて書物を取り寄せてくださいました。

 書物は安くはないので、一月に数冊程度ですが、何度も何度も読み返しておりました。


「陰陽術の基礎は五行にあるそうだ。そこに陰陽が加わり」


 誠一郎様は勉強熱心な方です。

 書物を取り寄せて、勉強するだけでなく、自ら足を運んでお坊様に話を聞きに行ったり、領に来ていた陰陽術師に酒を奢っては話を聞いておりました。


 したたかなところも、私にとっては好感が持てて。

 誠一郎様という方がどんどん解っていくような気がしました。


 そんな折です。


「えっ? 弟君が妖憑を娶るのですか?」


 私だけでも大変だというのに、二人目の妖憑を迎えて、叢雲家は襲われないか私は心配になってしまいます。 

 誠一郎様に教えていただきました。妖憑は成人を迎えることが極めて難しく。


 成人を迎えるほどに生きてこられる間に、多くの妖力を蓄えることができるのだと。それを狙う妖たちが、襲いくる可能性があるということでした。


 父の家系である朝守の一族は叢雲家に結界を張っており、また叢雲家は異能の家系として妖憑を守り、幸せにするために受け入れたということでした。


 私はこれまで多くのことを知らずに生きてきました。


 この結婚も厄介払いでしかなく。

 私は両親に迷惑をかけまいと思っておりましたが、どうやら両親の愛は、叢雲家に嫁いでも続いていたようです。


「ああ、雪女に憑かれた女性だそうだ」

「大丈夫なのですか?」

「こればかりはわからないが、私と燿子のように良い夫婦になってくれると良いのだが」


 誠一郎様の口から、良い夫婦と言われて恥ずかしくなってしまいます。

 旦那様は、そんなことを言われる際は恥ずかしくはないのでしょうか?


「だが、同じ妖憑として、友人になれると良いのだが」


 あっ! 誠一郎様なりに私へ友人を作ってほしいと思ってくれているようです。

 ふふ、不器用な人です。

 

「そうですね。私は妖憑の嫁として先輩で、義理の姉になります。仲良くできると良いですね」


 つい、誠一郎様の不器用さに笑みが溢れてしまう。


「さぁ、そうと決まれば燿子の力も確認するぞ」

「はい!」


 最近は九尾の力についても勉強を始めました。

 多くの書物はありませんが、百鬼夜行辞典と呼ばれる。

 水木と呼ばれる偉いお坊様が書かれた書物があります。


「九尾は九つの尾を持ち、それぞれに別々の力を持つと言われている」


・変身能力: 己の肉体を別の物へと変化する能力

・縁結び:長い長い寿命を分け与える番を見つけ、寿命と力を分け与える。

・肉体強化:妖力によって己の力を強める。

・知識と知恵:物事の道理を理解して、解明することができる

・自然操縦力:火、水、風などの自然の力を操る力。

・幻影の創造:幻惑や幻影などの幻を見せる力。

・心の読み取り:他者の心を読み、他者の心を操ることができる。

・結界の設置:妖力を使って、自身が取り決めた呪法を使って結界を設置できる。

・時間の操作:時を操ることができるとされ、時間の流れを一時的に変えたり、未来を垣間見ることができる。


「ここに書かれていることが本当であれば、九尾が大妖怪と言われる所以がわかるな」

「そうでございますね。私ができるのは火を出すことだけですが、変身能力が使えれば人の顔に戻れるのでしょうか?」

「そうかも知れぬな。前にも話したが、妖の姿が残っているのは、異能を発動している状態だそうだ。つまりは、本来は人の顔をしている燿子が、変身能力を使って九尾の顔と尻尾を残しているのだと思うぞ」

「なるほど、私は自分の力を制御するだけで、元の姿に戻れたのですね」


 勉強とは大切な物ですね。

 私は本を読んでおりましたが、自分の姿が嫌で、妖の勉強を遠ざけておりました。ですが、誠一郎様の頑張りを見て、私もどうにかできないと勉強を始めてよかった気がします。


「それに縁結ぶか、これを使えるようになれば、私も燿子と共に長い時を生きられるのだな。燿子を一人にして死なないでいられるのは嬉しい」

「まぁ、誠一郎様は私と一緒にいてくださるのですか?」

「もちろんだ。いついかなる時も二人を死が分つまでは共にいたいと思っている」


 私たちは一歩ずつ歩みを共にしていくのですね。


「ならば、私はたくさん術を使えるようになって誠一郎様をお守りします!」

「おいおい! 守るのは私の役目だぞ」

「いえ、私だって誠一郎様を守るのです」


 こんな気持ちになれる日が来るなど思っても見なかった。


 新しく嫁がれる子も同じようになれるといいですね。

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