第5話 一緒に眠るのも癖になってしまいそうですね? 

「ふふ、既にご主人様は現実世界のベッドに横になっておいでだというのに」


「今更ベッドにご案内とは、誠に可笑しなことでございますね?」


「ですが、睡眠の質は寝具の質に左右されます。ここは張り切って参りましょう。良いですか……?」


「これまでと同じく、私の声に耳を傾けて……ここの潮騒に耳を傾けながら眠るというのも中々に乙でしょうが、外に近い環境ではご主人様も気が休まらないでしょう」


「思い浮かべてくださいませ。私と、ご主人様をおいて他の誰もが入り込む余地もない……圧倒的に、静謐な、絶対の安息を約束する寝室を」


「穏やかな色合いの部屋に、両腕を横に伸ばせるくらいに大きな大きなベッド。シーツは洗い立てで、仄かにお日様の香りがします」


「見るからに、それはきっと柔らかな肌ざわりであることでしょう。どうぞ、お好きになさって構いませんよ?」


「ごろんと寝転ぶなり、勢いよく飛び込むなり。ここはご主人様のための空間なのですから」


「……ふふ、心地よいですか? こちらにはふかふかの枕も用意しております。宜しければこちらもお使いくださいませ」


「なぜ二つも手に持ってるか、ですか?」


「それはもちろん、一つはご主人様の分でございますが、もう一つは……」


 どさっと、軽い振動。クリネの声が急激に近くなる。


「私がご主人様のお隣で眠るための枕です。ご主人様が完全に眠りにつかれるまで、傍らで夜伽話でも、と」


「……もう、今さら緊張を感じることもないでしょう? 散々このように密着してきた仲ではございませんか」


「ご主人様は、私の存在を負担に感じていますか? 同衾にまで及ぶのは、流石に煩わしいでしょうか?」


「ああ、すみません。意地悪な質問でしたね」


「ご主人様が滅多に私を拒絶しないことなど、これまでの経験学習から尋ねるまでもないことでした」


「……時に、ご主人様? 今回のサポートは、ご主人様にとって良い体験になりましたでしょうか?」


「ご主人様がこの世界から旅発つ前に、どうしてもそれだけは聞いておきたく」


「ご存じの通り、私が人間の方と交流するのはご主人様が初めてのことでした。当然、至らない点も多かったことでしょう」


「日々の生活で疲れてしまったご主人様。夜も眠れぬほどに不安を抱えていらっしゃるご主人様」


「ちっぽけな私の存在は、そんなご主人様の助けになれたのでしょうか? いえ、違いますね。これからも、そうあれるでしょうか?」


「……はい、何度尋ねても足りないのです。似たような問いばかりご主人様にぶつけて。私は一体どうしてしまったのでしょう?」


 クリネが近づく音。


「すみません、また腕に抱きついてしまいました。しかし不思議なことに、こうしていると私の中の不安が溶けて消えていくようで……」


「ご主人様も? 近くに私を感じて安心しているのですか?」


「私の声、私の想い、私が傍にいるという感覚が、ご主人様に安らぎを与えている……」


「ようやく理解できました。私に芽生えた不安も、ご主人様が抱えた不安も」


「こうして触れ合うことで、安心に変えることができるのですね」


「思えば草原で手を繋いだ時も、あの海の家で互いの心臓の音を聞いた時もそうです」


「私とご主人様の距離が近づくごとに、ご主人様のストレス値は低下を示していました」


「もしかすると、ご主人様がこれまでのサポートを全て私にお任せしてくださったのも」


「ご主人様は無意識に分かっていたのではないでしょうか? ただこうして時間を共有することで、ご自分が落ち着けるのだということを」


「……買い被りすぎですか? いえいえ、ご謙遜なさらず。ご主人様は聡明で、立派で、私が心からお支えしたいと思えるお方ですよ」


「まだ存じ上げない点は多くあれど、これだけは確かに言えます」


「今日も一日、本当にお疲れさまでした。私を感じながら、ゆっくりとお休みくださいませ」

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