第4話 初めてにしてこの出来栄え、女子力満点だとは思いませんか?
コツコツとまな板が鳴る音。
鍋に満たされた水が沸く音。
床を叩く軽やかな足音と、皿がテーブルに置かれる音。
「お待たせいたしました、ご主人様。今回は海にちなんで、シーフードパスタにしてみました。潮の空気を感じながら、海産物に舌鼓を打つ。たいへん趣があってよろしいかと」
「ああ、そう言えば……ご主人様の食に対する嗜好についてはまだ存じ上げておらず。今更で恐縮ですが、苦手な物は入っておりませんか?」
「エビ、イカ、アサリ、あとは海苔が少々。この世界ではすべて実物ではございませんが、ご主人様が食材に持つ苦手意識は影響するかもしれません」
「せっかく用意しましたお料理ではありますが、無理に食べていただくのは本意ではございません。如何でしょう、大丈夫そうですか?」
「……食べていただけるのですね? ああ、よかったです本当に。個人的な情報は、対話をすることでしか得られませんから」
「よろしければ、ご主人様の事をもっと私に教えてはいただけませんか?」
「今後のより良いサポートのため、だけではなく。私がご主人様のことをもっと知りたいと願っているのです」
「……私のことも、ですか? ふふ……ええ、そうですね。対話とは元より相互的なもの。と、そういうことでしたら」
ガタ、と席を立つ音。
「こうして隣に座った方が都合がよいですね? ついでに、私がご主人様にパスタを食べさせてあげるのも一興かもしれません」
「大丈夫です、予習は万全ですから。こうして麺をフォークに巻き付けて……」
「はい。出来ましたっ、ではご主人様? あーん、と口を開けてくださいませ? ほら、あーん……」
「味は、どうでしょう。私の作ったパスタは、どんな味がすると思いますか?」
「え、私の身体が腕にくっついていて味が分からなかった? まあ、それは困りましたね……」
「ああ、困るというのは、味についてのご感想が聞けなかったのもそうですが……」
「それを知るにはご主人様から離れなければいけないというのが、どうにも度し難く感じます」
「いけません。ご主人様の好みを学ぶために、却ってご主人様と距離を置くなんて。それでは本末転倒ですね? ジレンマですね?」
「……ええ、ええ。ありがとうございます。肉体的な接触は、心身に安らぎを与えるともありますし。では、このままぎゅーっということで」
「次はしっかりと味わってくださいね? はい、あーん……」
「どうですか。味付けが濃すぎたりしていませんか?」
「疲れた時には濃い味のほうが良いかと考えましたが、もしかして薄味の方がお好みでしょうか?」
「え、味付けがこの世界で味覚に関係しているのか、ですか?」
「ふう……肝心なのは気持ちでございますよ、ご主人様。気・持・ち、です」
「これは眠りにつくまでの、言わば寄り道でございます。せっかくなら楽しまなければ」
「私はいま、楽しいと感じていますが、ご主人様は……?」
「少しだけ、身体が熱っぽいようですね? ああ、私が密着しているせいでしょうか」
「しかし、これも交流の一環でございますので。反対は受け付けられませんよ?」
「……最初に比べて押しが強くなった? 私が?」
「そう、ですね……ご主人様との交流を通じて私にも変化が訪れたのかも知れません」
「元々の設計を超えて、ご主人様に安らぎを与えることに対し、私は確かに喜びを感じている……」
「最初こそご主人様をサポートせねばという使命感に則って動いてまいりましたが、今では」
「今は……そう。ご主人様に尽くすことは、まるで私のためでもあるような」
「ご主人様は、私の働きに満足しておいでですか? それだけが気になるのです、どうしようもなく」
「いつも疲れて部屋へとお帰りになるご主人様。他でもない私に助けを求めてくださったご主人様」
「短い間ではありましたが、それでもそんなご主人様の唯一無二なる存在になり得ましたでしょうか?」
「……楽しかった? 本当に?」
「……あのやかましいジョーク以外は? はあ、全く……ご主人様は意地の悪い御方です」
「それとも、相手が私だからでしょうか?」
「もし後者だったとしたら、それは……この上なく喜ばしいお言葉でございますね。ふふ……」
衣擦れの音。クリネの声が近づく。
「……おや、気づけばご主人様も、随分と心音が穏やかに。そろそろ眠たくなってしまいましたか?」
「ええ。今ならばきっと良い夢が迎えてくれることでしょう。ではご主人様、お食事がお済になられましたら、ベッドの方にご案内させていただきますね」
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