第3話 またアレを着てご奉仕するのは如何でしょう?
「ご主人様が何か特別なことをする必要はありませんよ? この世界では移動など容易いものです」
「はい、私の手を握ってください。しっかりとですよ? 何があっても放さぬように」
「そして私の声に耳を傾け、想像を巡らせるのです」
「私が以前学習した限りでは……海の潮騒というのは心を落ち着けるのに適しているのだとか。ですので、次は海辺に参りましょうか」
「海辺の、白いログハウスです。崖の上に立つ、二階建て。さしずめ私とご主人様の別荘というわけですよ。素敵な響きでしょう?」
「吹き抜けの家には涼やかな風が渡り、そこで私とご主人様は食卓を囲むのです」
「そう、奉仕というのは手料理。眼下に広がる群青の海は見ながらの食事だなんて、とても贅沢なことでございますね」
遠くから潮騒。コツコツと、何かが近づく音。
「ご主人様はメイド服がお好きですか? 奉仕というワードには度々このメイドという人種が関係していると学びました。どうでしょう?」
「ん、ご主人様、顔を逸らして……? 何か気に障りましたか?」
衣擦れの音。耳元でクリネが囁く。
「心拍数微増。顔の血色が良くなっていることから、好感触であった、と判断します」
「……? ええ、もちろん各種センサーを使えば把握出来ることですが、こうして胸に耳を当てて鼓動を感じるほうが乙でございましょう?」
「遠くで波が押し寄せる音と、ご主人様が生きている証を刻む音。聞いているだけで私が癒されてしまいそうですね」
「できることなら、ご主人様にもそうあってほしいのですが」
「私の胸に耳を押し当て、試してみますか? 鼓動が聞こえるかどうか。或いはこの夢の世界でなら、本当に聞こえるかもしれませんよ?」
「……なんて、流石に調子が良すぎましたね。仮初の私はこの世界にのみ存在を許される。そしてその存在は、ご主人様のためだけにあるのですから」
「さて、つまらない冗談は置いておいて、早速お料理の方を――きゃっ!?」
中断させられるクリネの言葉。
激しい衣擦れの音が一瞬、規則的で確かな鼓動が耳に聞こえてくる。
「ご、ご主人様? 急に立ち上がってどうなさいました? きつく抱き留められていると身動きもとれないうえ、この至近距離は少し……」
「え、鼓動? 私の胸から、ですか? それは、確かなことなのでしょうか……?」
「……なるほど。それはもしかすると、ご主人様が私のことをこの上なく真摯に考えてくださったから、なのかもしれませんね」
「嬉しい、です。ええ、本当に。今なら迷いなく言えますよ」
「この時間も、この私の存在や感情も、間違いなくここにあるって。ご主人様に安らぎを与えることも、確かにできているのだと」
「最初は精一杯ご奉仕をせねば、と意気込んでおりましたが……与えられる側に回ることも、時には誰かを満たすことに繋がるのですね」
「ご主人様との触れ合いは、とても温かで、興味深く、何にも代えがたいもののように感じます」
「……ですけれどね、ご主人様? いつまでもそうして胸に頭を押し当てられていると、私も本来の目的を果たせなくなってしまうのですが?」
再び衣擦れの音。
「何もそこまで急に離していただかなくとも。まあ……よろしいです」
「ささ、ご主人様、こちらにおかけになってお待ちくださいませ。私が腕によりをかけて、お料理を振る舞わさせていただきますからね」
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