かれらの物語

カシゴブは若く賢いヤマゴブリンとして群れの中でも一目置かれていた。

ヤマゴブリンは基本的に質朴な生活を送る。ほとんどの個体は自らが属する群れの中で求められる役割、例えば穴を掘って住居を作ったり、飲み水を確保したり、狩りに出て獲物を獲ったり、洞窟の中でキノコを育てたり、幼いゴブリンたちの面倒を見たり、群れを維持するのに必要とされる役割を順当に割り当て、その務めを果たし子供を産み育て死んでいく。時代が進んでも暮らしが変わる事はほとんどなかった。

カシゴブはそんな群れの中では比較的珍しい傾向を持っており、自分たち以外の種族との交流に関心を寄せていた。その性質のためか、縦も横も自分の身の丈より倍以上あるふとしに臆する事なくカシゴブは世話を焼いた。もしふとしが自分に危害を加えたとしても、すぐにこん棒で叩きのめす事ができる自信があった。

まずは体を休める場所として住居を与えた。ミドリゴブリンの住処から少し離れた場所にある小ぶりな丘の麓に空っぽの洞穴があった。

肥満体のふとしに洞穴の入り口は狭かったが難儀して入ると中は意外と広さがあった。遠慮なく手足を伸ばして寛げる。ぼろぼろのムシロが土に直で敷かれた粗末な造りであったが身一つで野外で過ごすよりはずっと良かった。


「ふとし、コレ食エ。今日ノ飯ダ」

「ヒイーッ!山盛りの芋虫!!」

「寝ルトキニコレ使エ。腹出シテ寝ルト、スンドゥルス(※ゴブリンスラングで糞漏らし野郎の意)ニナルゾ」

「ヒイーーッ!首がぶら下がったなんかの生き物の毛皮!!」

「飯クウ前ト寝ル前ハ女神サマニオ祈リシロ。コレニ向カッテ祈レ」

「ヒイーーッ!!どう見ても藁人形!!」


一事が万事この調子であったが人間は慣れることが出来る生き物である。

ふとしは改めてこの世界についてのことを訪ねてみたが、カシゴブも基本的に群れの中で生きてきた個体のため、ゴブリンの生息地以外のことはあまり得られなかった。

「ふとしモ前ノ世界ノ事キカセロ」

「前も話したでしょ、俺の世界の話は別に面白くないよ……日本は少子化なのに人口はどんどん増えてて……人手不足だってのに俺の給料は全然上がんなくて……」

「婚活パーティーガ無言デ終ワッタ話オモシロカッタゾ。マッチングアプリ1回モマッチシナカッタ話ハ仲間タチミンナ笑ッテタ」

「広めないでくれる!?」


カラカラと小石が弾けるような独特の笑い声を上げながらカシゴブは洞穴の壁に飾った女神像を恭しい手つきで整える。

藁で編まれた像に顔立ちは見当たらないものの、腰の部分が丸みを帯びるように作られているためおそらくは女神を模したものだと分かる。


「っていうか俺女神と話したことあるわ」

「ふとし、嘘ヨクナイ。スンドゥルス糞漏らし野郎ニナルゾ」

「嘘じゃなくて本当に会って話したんだって、この世界に来る時に。顔は……見てないけど、自分で女神って名乗ってたし」

「……ソレナラ本当カモシレナイ。女神サマ、自分ノニセモノ許サナイ。自分ノ名前ツカッタ奴ヲ爆発サセタ話アル」

「え……怖……」


別れ際の女神の声を思い出す。高圧的で自分勝手な調子の女神だったが、あの嘆きには切実な悲しみが伴っていた。

時間がなくて鏡に映ったエラーコードをしっかりと読むことは出来なかったが、転生の実行自体は叶っていたのだ。スキル付与の段階になると負荷がかかりエラーを吐き出してしまうのならばそれほど致命的な欠陥ではない気もする。強制アップデートによるソフトウェアエラーにキレた社員から「Windowsを作り直せ」と詰め寄られた時よりは少なくとも対処のしようがありそうだ。


「でも女神がいる場所わかんないしな」

「ワカルゾ」

「マジで!?」


カシゴブは陽が昇る方角を指さした。そのまま洞穴から這い出るのに付き添い、平原に出る。カシゴブの黒爪はうっすらと蒼くそびえる山脈を示す。


「アノ辺ニ女神様ノ祠アル。ゴブリン一族ハ100年ニ一度オ掃除シニイク。前行ッタノ72年前。ツギ一族ガ行クノハ28年後」

「先が長すぎるわ!!」


ふとしは考え込む。異世界転生のエラーを直してみせればもしかしたら改めてスキルが貰えるかもしれないが、あの女神が相手では絶対に貰える保障があるとは言い難い。しかし本来ならば死ぬはずの運命を変えてくれた恩があるのも事実だ。


「でもあの人のせいでまた死ぬところだったしなあ……」


女神の事を考えると感謝すべきか怒るべきかよくわからなくなってしまうため、他のことに思考を向けることにした。エラーにより何も持たずに異世界に放り出され野垂れ死んだ転生者は大勢いると聞く。多分これからも増え続けるのだろう。自分はたまたま運がよかっただけだ。あの時にカシゴブがいなければ一瞬で怪鳥の胃の中に納まっていたかもしれない。

ふとしはこの世界に落とされて号泣していたときの気持ちを思い出す。皆もきっと心細く辛い思いをして死んでいったのだろう。見たこともない誰かの骸と自分の姿が、重なる。


「あのさ。女神様、困りごとがあるみたいでさ…もし良ければ、なんだけど…俺たちだけでもちょっと様子見に行かない?っていうか、一緒に来てほしい……」


カシゴブはすっと目を細めて女神の祠がある方角の先を見つめる。表情筋に乏しい彼らの感情を顔から読み取ることは人間のふとしには困難なことだった。


「イイゾ」

常日頃の会話の受け答えと変わらぬ調子でカシゴブは応えた。


ヤマゴブリンたちが住まう山裾から離れ、針葉樹林が広がる森を抜けた先はイケゴブリンの生息地となっている。深い青の体皮を持つイケゴブリンたちの中にカシゴブの友人が二人いた。


「ふとし、こんにちは。ミミゴブです。こっちは幼馴染のイシゴブ」

「ウゴッ」


ミミゴブはウサギのように耳が長く、またそこに大小さまざまな色をした耳飾りをつけて煌びやかな輝きを放っていた。

イシゴブは他のゴブリンたちに比べると一回り体が大きく、見るからに頑健そうだ。腰に下げた布袋には艶々に磨かれた小石がぎっしりと詰まっているが、その重みをまるで感じさせないほど力強い足取りだった。

かくしてゴブリン×3、人間×1の異種族混成パーティが完成した。

といってもふとしは旅の場面においてほとんど役に立つことはなかった。異世界にきてからの野宿生活で多少締りはしたものの、まだまだ大きな腹と尻を揺らすふとしはひたすら歩き進む旅路の中であっという間に疲労困憊となりぜえぜえと息を吐きだす。ゴブリンたちは元々ちょっとした遠足気分で向かっているため先を急がず、嫌な顔もせずにふとしのために設けられた小刻みな休憩に付き合った。傾斜が急な坂道などふとしの足で抜けるのが困難な場所に差し掛かったときはイシゴブがふとしを背負って歩いた。自分よりも小柄な者に運ばれるのは申し訳なさや恥ずかしさでいっぱいだったが、せめてもの気持ちとして休憩中に面白い石を見つければそれをイシゴブに渡すようにした。

ミミゴブの体格はカシゴブよりも少し小さく、パーティの中では最も小柄だったために余計に大きな耳が引き立っていた。屈託なく笑いながら冗談をいくつも口にするムードメーカーだがとても几帳面な性格でもあり、歩き進む間は常に方角と照らし合わせて行程表を記録していた。道中に紛らわしい分かれ道や方向を見失いやすい水場が無数に現れたが、そのたびに古地図から正確な進路を読み取り一行を導いた。


女神が唯一ふとしに与えたこの世界の言葉を解する力は本来の異世界転生システムで受けられる恩寵に比べれば基礎スペックに過ぎないものであったが、なにひとつ持たざるふとしにとっては最大の武器と化していた。なによりもふとし自身は彼らと言葉を交わせることに喜びを感じていた。何気ない雑談が苦手だったがゴブリンたちの淡白であっさりとしたやりとりは肌に馴染み、ふとしの方から話しかけることも徐々に増えていった。


「今更なんだけどシステム直せなかったらどうしよう。神罰くだるかな」

「クダルカモシレナイ」

旅の途中のキャンプ地で仰向けに寝そべったふとしの腹の上に、戯れなのかカシゴブも乗りかかった。骨ばった手足がふとしの腹に沈みゆく。

「ふとし、オマエ肉多イナ」

「ストレートな悪口やめてくれる?」

「肉多イノハイイ事。獲物ナクテ食ベラレナクテモ、スグニ死ナナイ」

「なめんなよ、この肉は貯蔵用じゃねーんだよ。デブは一食抜いたら死ぬから」

「皆デコノ肉分ケテ非常食ニデキル」

「お前らだけが死なないって意味!?」


だらだらと喋っているうちに寝入ったふとしの腹はいびきに合わせて大きく上下している。カシゴブはその腹に頭を預け、枕代わりにする。焚火のなかで薪木が弾ける。

「ふとし。私ガズット守ッテヤル」



数週間の旅を経て、一行はついに女神の住まう場所へたどり着いた。

妖艶なほどに白く滑らかな骨で建てられた会堂が山奥に忽然と現れる。両開きの戸を開けると中は外見よりも広い空間が広がっており、小さな祠とその傍らに大鏡が備え付けられている。最初にふとしが目にしたものと同じ鏡だ。


「あぁ~~~ん❤信仰ほしい❤信仰ほしいのぉ~~~❤❤❤」


祠の向こうから嬌声としか言い表しようのないものが漏れ出ている。

(アレ女神サマカナ)(たぶんそうだよ)

憧れの女神の声を耳にしたゴブリンたちは嬉し気に小声で囁きあっている。一方ふとしのテンションはどんどん低くなっている。ここまで歩き通してきて疲れ切った体をおして助けにきたのに、いったい何を見せられているのか。


「あぁっもうダメ……早く信仰がほしい……また異世界転生者を使って信仰を集めなくては」

「こんな山奥で喘いでる人を誰も信仰しませんよ」

「何者ですか!?おのれ、私の身体を狙ってここまで来ようとは……おや、ふとし殿ではありませんか。何用ですか」

「インシデント対応だよ!!」

ふとしはやけくそで叫び、鏡に指を触れた。

タッチパネルのように操作が利く。手探りでプログラムを触ってみる。どうにかデバッグモードの起動に成功した。いける、とふとしは直感した。


「出来るかどうかじゃなくて、やらないといけない。これが情シスの悲しいサガってやつね」


それからのふとしはここ一番の働きを見せた。

異世界転生システムのエラーの詳細については詳細を省くが、とにかくふとしは汗まみれになって頑張った。体感では二日は貫徹した心地だったが実際の作業時間は6時間程度だった。システムは完全な状態を取り戻した。


「ふとし殿、お疲れさまでした。ここまで彼を連れてきたあなた方も。皆に褒美を差し上げましょう。あなた方が心の中で求めているものを」

「やったー」

ミミゴブはさらに長くなった耳を揺らして喜んだ。

「ウゴゴ!ゴゴゴ!」

イシゴブはキラキラと輝く宝石を太陽に透かして喜んだ。

「女神様、ありがたや~」

「ウゴ!」

「ア″~~ッ❤ 純真無垢な生物からのナマ信仰~~っ❤❤ ギグギグ~~ッ❤❤❤」

祠はガタガタと軋み、少しおいてパカッと開いた。中は白飛びするほどの強い光が放たれていてよく見えない。ゴブリンたちが祈りを捧げれば捧げるほど女神の嬌声は大きくなっていった。ほかの面子は何もわかっておらず、自分だけが女神の状態を理解できていることにふとしは嫌気がさしていた。


「あの、絶頂は後でしてくれませんか。あと早くカシゴブにも褒美をやってください。俺の命があるのはこいつのお陰なので」


なぜか恥じ入った様子でなかなか前に出ようとしないカシゴブの背中をふとしが押した。

「アノ、女神様……」

「口に出さずとも結構ですよ。わたくしはあなたが今もっとも望んでいる事が何なのか分かります。けれどそれは、あなた自身で叶えるべきことですね」


カシゴブは黙り込む。ミミゴブとイシゴブは意味ありげに目を合わせ、そわそわと落ち着かない様子でそれぞれ耳や石を手持無沙汰に弄ぶ。ふとしはなんのことかわからず、祠から漏れる妙な熱気と湿り気につられて吹き出した汗をしきりに拭っている。


「カシゴブ、あなたには飛行能力を差し上げましょう。あなたはこの世界の遠くまでも見渡すことができるゴブリンです。私の起こした奇跡をしかと各地に届けるように」


女神の言葉が終わらないうちにカシゴブの背中に翼が現れる。出会った時に狩っていた怪鳥のそれよりも強靭な翼だ。突然増やされた器官に戸惑いの様子を隠せない。


「女神様、アリガトウゴザイマス……アノ……」

「はい!これで終わりです!皆様ありがとうございました!私は今から先ほどのナマ信仰の余韻を味わいますのでこれにて失礼いたしますよ!!」

大きな音を立て祠が閉まった。

ミミゴブとイシゴブは空気を読んでこっそり会堂を抜け出していた。

あとにはふとしとカシゴブだけが残される。静かな空間の中、耳をすませば僅かに女神の喘ぎ声が漏れているような気もするが、きっと気のせいだろうとふとしは考えた。


「……羽モラッタ」

「そうみたいだね。なんか天使みたいでいいじゃん。俺もいっしょに運んでもらえたりするかな?重いから無理かな、ハハ……あーーっ!!俺のご褒美まだもらってない!!ちょっと女神様!!絶頂やめてもう一回出てきてください!!」

「オイ、ふとし!」

「なんすかぁ!?!?」

「……ス、ス、ス………スンドゥルス糞漏らし野郎!!!」

「なんでぇ!?」


ゴブリンズパーティ。彼らが最終的にどうなったのか歴史に残されることはなかったが、今よりもっと遠い場所に辿り着いた事は確かだという。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ゴブリンズパーティ 〜俺以外全員ゴブリン〜 梅緒連寸 @violence_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ