第12話-先の見えない道を進むためには勇気が必要だ。-
「こちらです」
エイコムに連れられて山の中を進む。若いガーダンがよく使う訓練場らしい。俺がこうなってしまっていることに対して、いろいろと疑問があるだろう。でも何も聞かずに協力してくれるのはありがたかった。
「トキヒサ様。あそこが次の訓練場です」
エイコムが指差す先にあったのは洞窟の入り口だった。周りには何もなくて、岩肌がむき出しになっていて、雑草が生い茂っていた。
「ここに入るのか?」
ドワーフの炭鉱とは異なり中は完全な闇。明かりなど全く用意されておらず、中の様子は全く分からない。何もなくて、どんな訓練をする場所なのか全くわからなかった。
「はい。1人で入っていただきます」
「入って何するの?」
「ただ進んで出るだけです。詳しく説明してしまいますと訓練にならなくなってしまいますので、このままお入りいただければと」
何があるのだろうか。そこまで危険な雰囲気は感じないのだが、逆に不気味に感じる。
「じゃぁ、早速入るか」
「はい。お気をつけて」
洞窟を進んでいく。薄暗い中で目を凝らしても、岩の壁以外何も見えない。奥に向かうにつれてどんどん暗くなっていく。振り返ると入口から入る光がかすかに見えた。
「どこまで続くんだ?」
決して足場がいいとは言えない洞窟の中を進んでいく。もはや前は何も見えず、手探りで進むしかなくなっていく。壁は苔が生えていて、湿っているため滑りやすい。足取りが自然と遅くなる。
苔が増えていき、壁伝いに進むことも困難になってしまう。片手を前に突き出し、すり足で前を確認しながら進む。何度も苔の壁に当たり、当たるたびにどちらに行けばいいのかわからなくなる。幸いなことに、石はたくさん落ちていたので、拾って周りに投げることで確認していった。
何度も同じことを繰り返す。何度も同じことを繰り返していると、突然様子が変わる。ずっと進んでいるのに壁に当たらない。そういえば苔の匂いが薄れたようにも感じる。一度立ち止まり四方に石を投げるが、やはり壁に当たった音はしない。
「どうすればいいんだ?」
何も見えない、ただの真っ暗な空間、そこにただ1人。恐怖を感じるのは自然なことなのか、それとも俺が臆病なだけなのか。なんとなく、この訓練の意味を理解できた気がする。深呼吸し前へ進む。どれだけ石を投げても同じ結果にしかならないのはわかりきっていた。なので進む。
100歩ほど進み、また石を四方へ投げる。左の方で何かに当たる音がしたので、そちらへ進む。しばらく行くと岩の壁に辿り着いた。今度の壁には苔はなく、石の感触しかない。苔の匂いも全く感じられなかった。
「ふぅ」
岩の壁に安心を感じる。問題はどちらに向かうかだが、少し休憩することにする。大した距離は進んでいないようにも思えるが、とても神経をすり減らしてもいる。何もない、ただそれだけの暗闇を進むのにここまで苦労するとは思わなかった。これなら魔物の大群を相手にする方がよほど楽だと感じる。
「行くか」
自分に言い聞かせるように呟くと、左へ向かって壁沿いに歩き始める。左に行く理由は特にない。どちらに進んでも変わらないと思い適当に選んだ。
水滴が頭を叩く。いきなりだったので驚いてしまう。耳をすますと水が滴り落ちる音が至る所で聞こえてくる。ここは思ったよりも広いのかもしれない。少し立ち止まってよく聞いてみるが、水滴が増えているような感じはしないので心配しなくても良さそうだ。
再び歩き始めた。伸ばした手にも水滴が当たり、進みづらさを感じる。たまに水たまりに足を突っ込んでしまい立ち止まってしまう。だが、歩みを止めたりはしない。
どれくらい進んだだろうか。どれくらい時間がたっただろうか。どれくらい壁にぶつかっただろうか。どれくらい迷っただろうか。何もわからないまま進む。進んで、進んで、一心不乱になり、壁を頼りにし、道がわからなくても。
かすかに光が見えてきた。きっと出口なのだろうと思い、出口出なかったらどうしようかと思い、出口じゃなかったらもう寝ようと思う。心配は無用だったようだ。近付くにつれて光が大きくなっていく。穴の大きさがわかっていく。
「お疲れ様です。どうでしたか?」
「エイコムか?ちょっと待ってくれ」
出たのはいいが、眩しすぎて何も見えない。声から誰に話しかけられたのかはわかるが、目が慣れるまで待ってもらうことにした。
「もう大丈夫だ。何にもないのがこんなに怖いとは思わなかったよ」
「はい。それが目的ですので。恐怖を感じたことを恥じる必要はありません。誰しも恐怖は持っているものです。この訓練の目的は、自分の恐怖心を自覚することですので」
説明を聞いても、いまいちピンとこなかった。怖いと思ったことは事実だが、恐怖自体は元から自覚できて言うことだった。
「よくわからないんだけど」
「最初から分かる人はいませんよ。何度か反復し比較し続けることで、前回との差から気付いていく事です」
だから目的を教えてくれなかったのかと納得した。最初の感覚と、次の感覚の違いを自覚して欲しいのだろう。
「感じるべきことはわかったよ。それじゃぁ、これからもう一度?」
「いえ。連続で行う訓練ではありません。本来はもっと時間がかかるのですが、流石に速かったですね。そうですね、昨日やったことをまたやりましょうか」
空を見上げると、まだ昼過ぎのようだった。この日から1週間、洞窟と鍛錬と模擬戦を繰り返す生活が続いた。
テルペリオンの腕輪にも、恥ずかしくない自分を見せられてきた気がした。
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