第11話-勇気が足りないから、受け身すらできない。-
首を右に傾けながら、左肩を地面に当て、ゆっくりと左足を上げていく。右足で軽く地面を蹴り、両腕をピンと伸ばした状態で回りながら脚を伸ばす。要はただの前転だ。それを繰り返す。ひたすら左肩から前転し、次は右肩から、交互に何度も繰り返す。
「あのさ、九十九。一応聞くけど、何してるの?」
何度目かわからないが、仰向けになったところでミキさんに問いかけられた。前転を止めて首を動かす。ミキさんを見ると困惑している様子に見える。
「何って、準備運動だけど」
「そ、そう」
体勢を変えずに答えると、ますます困惑しているように見える。一方、隣のエイコムは興味深そうにしていた。
「エイコム、何か変かな?」
「いえ。テルペリオン様は過去に格闘技の強い人間と行動していたことがあったそうです。おそらく、その人間がやっていた鍛錬方法だと思われます。見たことはないですし、勉強になります」
その人間とはアレンのことだろう。アレンの体で、アレンの鍛錬方法を教わっていたというのは何の因果か。仰向けのまま左足を上げ、後ろに倒しながら今度は後転する。前転と同様に左肩を地面に当てながら回転していく。
「今度ミキ様もやってみましょうか」
「え、私?んーっと、私はいいかなって」
「左様ですか?私達ガーダンと人間では、似ているようで違いますので、鍛錬するとしても人間のものの方が良いはずですよ。これは受け身の一種ではないかと。反復して動きを確認していると思われます」
「そ、そうかな?まぁ考えておくよ」
流石というべきか、エイコムの見解は正しかった。付け加えると、この動き自体がトレーニングにもなるらしい。ゆっくり動いているのはそのためだ。何度も後転し満足すると、最後の後転をしながら立ち上がった。
「よし、こんなもんかな」
腰を左右にねじりながら伸びをする。いつもなら準備運動をもう少しするのだが、ここまでは問題なかったし、ちょっと先のことをやってみようと思った。
「よっと」
その場で軽く垂直跳びをする。2mほど跳び着地すると、何度か繰り返し感覚をつかむ。ある程度飛び跳ねた後にとんぼ返りをする。これも問題なかった。
「人間ってこんなに跳べるものなんだっけ?」
「まぁ、これくらいならね」
と言いつつも、普通の人間ならこんなに跳躍できないはずだ。アレンの体はどうなっているのだろうか。そんなことを考えながら訓練場の端に向かう。用意されていた2m程のかかしを持って戻り設置した。
「どうするの?」
「まぁ跳び越えるだけなんだけだね」
軽く助走をつけると、足を上げながらかかしの真上で腹を下にしながら地面と平行になる。そのまま頭から飛び込むように地面へ向かい、肩から着地し前転しようとしたが。
「おわっ」
途中で怖くなってしまい体をひねる。かかしの横を蹴りながら、体全体で受け身を取るように地面に倒れた。
「ちょっと大丈夫なの?」
ミキさんに心配される。立ち上がりながら首をかしげる。単なる受け身の練習なので、問題ないと思っていた。
「大丈夫だけど、失敗するとは思わなかった」
いつもやっていたはずのことなのに、出来なくなっているとは思わなかった。受け身についてはトキヒサとして何度も練習していて、テルペリオンに最初に教わったことでもある。アレンとしての技術とは思っていなかったので、動揺をしてしまった。
「見たところ、やはり恐怖心の問題と思います」
「恐怖心?」
「はい。頭から地面に飛び込もうとしていましたので、恐怖を感じて失敗したのかと。それが無ければ綺麗に着地出来ていたと思います」
恐怖ね。そういえば受け身の習得はやけに早かったような気もする。アレンがその恐怖を既に克服しており、それを受け継いだ状態で稽古を付けてもらっていたから上手くできていたということか。
「ですが、問題点は把握できました。これなら、数日で克服できると思います」
「そうなのか?」
「はい。お急ぎのようですので、荒療治になってしまいますが、お任せいただけますか?」
自信満々の様子だった。ガーダンはこの手の嘘どころか誤魔化しすら出来ない種族なので疑う余地などない。
「望むところだ。頼んだ」
「かしこまりました」
「ねぇ、盛り上がっているところ悪いんだけど、九十九のその腕は治さなくてもいいの?」
いまだに生々しい打撲痕が残っている腕を指差しながら指摘される。
「治しても問題ないと思いますよ。戦えない原因とは関係ない様に思いますし」
「そう。それじゃ治しちゃうからジッとしていてね」
ずっと後ろにいたルーサさんは気になって仕方がなかった様で、返事を聞いた途端に治療が始まった。みるみる治っていき、痛みも無くなっていく。あっという間に治療が終わる。
「これでいいわね」
「ありがとう。エイコム、それで荒療治ってどうするの?」
「ガーダン流の訓練になります。今日は遅いですし、明日からにしましょう。休むことも大事なことです」
今すぐにでも始めたい気持ちだった。それを察したのか明日にするように言われ、反論してまですぐに始めなければならない理由もないので、明日に仕切り直すことにした。
こんなことも出来なくなってしまったと、テルペリオンの腕輪に向かって謝罪しながら。
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