第13話-何もしなかった自分と向き合う勇気を持てたからこそ、言えることがある。-
2週間が経ち、訓練は順調だった。頭から飛び込む受け身も取れるようになり、模擬戦で実践することも何度もあった。今日もいつも通り洞窟に行き、テルペリオンに教わった鍛錬をし、ミキさんに加えてエイコムとも模擬戦をする。
「トキヒサ様。そろそろ次の段階に進みましょうか」
「はぁはぁ。次って?」
戦えるようになってきたとは言え、まだまだエイコムとは力量の差を感じる。体力的には同じくらいらしいが、模擬戦となると何故か先に息切れしてしまう。息を整え終わるとエイコムの話が続いた。
「既に自分が傷つくことへの恐怖は克服しつつあります。あとは時間の問題かと。なので、もう1つの恐怖の克服を始めた方がよろしいかと」
「もう1つ?」
「はい。詳しくは明日にしましょうか」
疲れている俺に気を遣ってくれたのか、詳しくは明日ということになる。疲れている体で話を理解するのは疲れるのも確かなので素直に従うことにする。
「明日からキツくなるの?」
「そのつもりでしたが、問題がありますか?」
「いや、無い。予定通りで頼む」
この調子なら3ヶ月後までにかなり感覚を取り戻せそうな実感はあった。少なくともエイコムと肩を並べて戦えるくらいにはなれると思っている。でも、それでは足りない。魔王を倒すためには、その程度ではいけないと分かっていた。だからこそ一刻も早く準備を終えたいので、キツくなること自体は問題ではない。
「では、本日は少し早いですが終わりにしましょう」
「あっ、賛成。ちょっと疲れちゃった」
連日の訓練だったので、ミキさんの疲労もかなり溜まっていたようだった。いつもより少し早い時間ではあったが、訓練場の片付けをし、ルーサさんも誘って食堂に移動することにした。
△
「ふぇー、お腹ペコペコ。って佐久間じゃん」
「お~お疲れ~。大変だなぁ」
いつもより早い時間に来たからなのか、この1週間では見かけなかった顔が食堂にいた。緑色の髪はボサボサに伸びていて、全体的にだらしがない。
「佐久間ぁ。しゃっきりしてって言ってるのに」
「え~、別にいいじゃん」
「も~」
ミキさんに注意されても特に気にする様子もなく、というか普段何をしているのだろうか。
「ね~、コイツ何もしないんだよ?九十九からも何か言ってよ」
「え~?またそれかよ。せっかくの異世界なんだから楽しんだ方が良いだろ?」
「お前はお気楽すぎるんだよ」
ミキさんは少しイラついているようだった。そんな2人の言い争いを聞きながら、俺も人のことは言えないのではと考えてしまっていた。テルペリオンがいるから大丈夫だろうと楽観的に考えてしまっていた自分を重ねてしまう。
「だから心配しすぎなんだって、異世界転生モノなんだから。なんやかんやで魔法の力だって授かっているじゃん」
「何言ってんだ?お前」
「まぁ、梶原美紀さんにはわからないだろうね」
「あ~もう」
「ちょ、ちょっと待って。エイコムさん、手伝って」
今にも掴みかかろうとしてしまったミキさんを慌てて引き留める。そのままエイコムに少し離れた席へ連れて行ってもらった。
「ケイイチ、心配してくれているんだからさ」
「心配いらないって」
「まぁ、そう思うかもしれないけどさ」
その気持ちはわかる、わかってしまう。俺はケイイチと同じように怠惰に過ごしてしまった。だからこそ、それが良くないことだと痛いほどわかる。
「あまり、アキシギルを甘く見ないほうがいい」
「九十九がそれを言うのはおかしいだろ?ドラゴンとかいうチート能力で10年幸せに過ごしたんだろ?」
「テルペリオンは能力なんかじゃない。あと俺が10年間幸せだったのはその通りだけど、今はやるべきことをしなかったしわ寄せを受けている。だから、異世界だからって甘く見ないほうがいい」
「それは、九十九が失敗しただけじゃん」
全くその通りだ。ケイイチの言うことは全て正しい。10年前からきちんとアキシギルと向き合い、異世界転移と向き合い、テルペリオンと向き合っていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。
全てを知った状態で10年後を迎えていれば、最初の3人も含めて全員救えたかもしれない。何よりテルペリオンが逝ってしまうこともなかったかもしれないし、その後悔が心に突き刺さる。
「俺は、失敗した。もっと異世界に転移したってことに向き合うべきだったんだ」
「お、おい。なんだよ深刻になって」
「いいから聞けって。テルペリオンは俺にとって、大事な人だったんだ。ドラゴンだけどね。でも死んでしまった。俺はこれから、テルペリオンの最後の願いを叶えるために戦いに行く。復讐したいわけじゃないさ。だってテルペリオンが死んでしまったのは、俺のせいでもあるから。俺はもっと向き合うべきだったんだ。10年前に、向き合うべきだったんだ」
「ちょいちょい。1人で盛り上がり過ぎだって」
まくし立ててしまっている自分がいた。俺と同じように怠惰に過ごそうとしてしまっているケイイチを見ると、どうしても興奮してしまう。このままでは彼も、俺と同じように10年後に大事な人を亡くしてしまうのではないかと心配になってしまう。
「悪い。でもさ、何もやることがないんだったら俺の手伝いをしてくれないか?これから戦いにいく準備を手伝ってほしい」
「いやいやいやいや。ドラゴンを倒しちゃうようなやつと、俺が戦えるわけないじゃん」
「大丈夫だ。戦うのは俺だけだから。頼む」
「いやぁ」
どうにも困っているようだった。もしかしたら、このままではいけないと心の何処かで感じていたのかもしれない。
「まぁ、ステータス画面とか冒険者ギルドとか異世界転生モノじゃないところもあるからなぁ」
「まぁよくわからないけど、それとこれは結構大事なことなんだけど、俺達はもう地球には帰れない。だから、これからよろしくな」
ちょっと何を言っているのかわからないのだが、少しはやる気になってくれているようだった。地球に帰れないと聞いても、それがどうしたといった表情だ。とはいえ、あまり強引に何かをやらせようとしてもダメな気がする。なのでそれ以上は要求せずに、その場を終えることにした。
テルペリオンの腕輪を見ながら、父さんも同じように思っていたのかもしれないと想像した。
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