第9話-変わってしまう同級生を受け入れる勇気。-
「ふんふふ~ん。ふふふふ~ん」
「ミキさん?そんなに楽しい?」
訓練場へ向かう道中、ミキさんは想像以上に元気いっぱいだった。赤い髪を揺らしながら、先頭をきって歩いていく。余程ごきげんなのか鼻歌まで歌っていて、スキップしながらどんどん先に進んでしまうのでついていくのが地味に大変だった。エイコムさんとルーサさんを後ろに置いていってしまっている。
「当たり前じゃん。魔物退治なんて単調で飽きちゃったし、エイコムさんとの訓練は楽しいけど、たまには他の人と戦ってみたいしね」
つい聞いてみたのだが、口元を緩ませながら話していた。そして次の瞬間、突然素振りまでしだしている。ただ拳を突き出しているだけのはずなのに、今の俺では受け止められないかもしれない。
「あのさ」
「ん?」
「アキシギルのことどう思う?」
本当に楽しそうにしているミキさんを見ていると、どこか安心している自分がいた。これは狙い通りの状態ではあったから。アキシギルで生きがいを見つけてもらえれば、もしかしたら地球に帰れなくても前向きになれるのではと考えていたから。
「アキシギル?あっこっちの世界のことか。私は、大好きだよ。エイコムさんもいるし、いつかガーダンの国に行くのが夢なんだ」
「戦うのが楽しいのか」
「まぁね。自分でも驚いてるよ。魔物を殺すのが、こんなに楽しいなんて」
握りこぶしを見つめながら放たれた言葉を聞くと、背筋が凍る気がしていた。俺も魔物の討伐を生業にしている。だがあくまで生活のために魔物を討伐していただけであって、楽しいかと言われるとそういうわけでもない。
なのに目の前の少女は、殺すという行為自体を楽しんでいるようだった。うっすらと笑いを浮かべるその表情を見ていると、まだ年端もいかない高校生であることを考えると、思うところが多すぎる。
「私さ、アキシギルで生きた方が良いかもしれない。地球に帰って大丈夫なのかなって。もうスポーツの格闘技じゃ満足できないかもね」
「それは、えっと」
これははたして、狙い通りと言えるのだろうか。アキシギルに適応したというより、まるで染まってしまったようだった。ここまで好戦的なのは、元からの性格なのか、それともサタンや元の体の持ち主の影響なのか。
「まっ、後で考えればいいかな。みんなは早く地球に帰りたがってるんだけどね」
「あ、ああ。それなんだけどね」
伝えるべきタイミングなのだろうか。いや、今しかない。いつまでも先延ばしにするわけにはいかないし、そもそも十分すぎるほどに時間は経っているはずだ。
「ん?なになに?」
首を傾げているミキさんを見ながら、意を決して話し始める。どう思われるのか不安が頭をよぎる。
「もしかしたら気づいているかもしれないけど、俺たちはもう地球へは帰れないんだ。絶対に」
「え?」
ミキさんは立ち止まり、動きをピタリと止めてしまう。楽しそうだった顔から笑みが消えて、戸惑いの表情に変わってしまう。そしてその目からは、憤怒の感情が見えてくる。
「絶対って、何?」
「何と言われても、帰る手段はないんだ」
「そんなんじゃわかんない」
さっきまで地球に帰らないほうがいいかもと言っていた割には食いかかってくる。でもそれも仕方がない。帰れるけど帰らないと、もう二度と帰れないというのにはかなり大きな違いがあるのだから。
「地球の俺たちは、もう死んでる。死んで魂だけがたまたまアキシギルに来ただけだ。だから帰っても居場所はないし、帰る体ももうない」
「なにそれ」
ショックを隠しきれない様子だった。本当の自分がもう死んでいるというのは、やはり受け入れ難いものなのだろう。
そしてこの説明は、散々苦悩した末の結論。半分本当で、半分嘘。死んで魂だけがアキシギルに来たのは本当だ。だが正確ではない。死んだのではなく殺されていて、来たのではなく拉致されている。しかも魔源樹が復活するという利己的な目的のためにだ。
「本当に、帰れないの?」
「うん。あのサナギは見た?海老沢敬子さんが帰ろうとしてああなっちゃったんだ。地球にはもう居場所がないから。なんとか引き戻せたんだけど、結果はあの通り」
ミキさんは近くにいるルーサさんに目をやる。その視線を感じ取り頷く様子を見て、悲しみの表情を強くする。そんなところに次の言葉は酷なのだろうか。いや、そうだとしても言わないわけにもいかない。さっき、そう決めたばかりではないか。
「それで、1つどうしても頼まなきゃならないことがあるんだ」
「この訓練のこと?エルフの人から九十九を手伝うようにって言われてるけど?」
「それもあるけど、1人問題を起こしている同級生がいて、対応を手伝って欲しいんだ」
これも本当と嘘が混じり合っている。同級生が問題を起こしているのは本当だが、同級生の意思ではない。もう完全に乗っ取られているので、そいつが悪いわけでもない。
「手伝うのはいいけど、どうするの?説得するとか?」
「それは、もう無理だ。あいつらは許されないことをしてしまった」
「魔源樹を切り倒しちゃったとか?」
「それもある。でも一番は、テルペリオンを殺したこと」
「えぇ!?」
驚くのも無理はない。テルペリオンの訃報自体は聞いていただろうが、まさか同級生が犯人だとは思いもしなかったはずだ。まぁそれも、嘘が混じっているのだが。
「そんなの倒せるの?」
「心配いらない。戦うのは俺だけだ。まぁ出来るところまでやるよ。俺達だけで、地球生まれの俺達だけで解決しようという姿勢が重要なんだ。だから手伝って欲しい」
ここまでのやり取りだけで一体いくつの嘘をついたのだろうか。本当のところを、この体が他人のものであるところを伝えたくない。そのためのことだが、もう後戻りできそうにない。
「そういうことね。うーん。いきなりすぎてビックリだけど、話はわかったよ。でも、嫌がる人もいるだろうな」
「わかってる。ミキさんからは何も言わなくていい。これは俺の役目だから」
「あー、まぁそうだね。そういうの苦手かも。そんなことより、着いたみたいだよ」
前を向くと、そこには一際大きな建物があり、まるで闘技場のような場所だった。
こんな時、父さんなら何て言っただろうかと、テルペリオンの腕輪に聞きたかった。
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