第6話-戦う決意が揺らぐ俺に、勇気をくれるのはいつも最愛の人。-

 「ダメよ。行きなさい」

 「な、なんで」

 赤ちゃんが出来たと聞き心が揺らいでいた。テルペリオンのおかげで、父となる覚悟も持てていた。だからこそ、魔王に挑むのはやめようかと言ってしまう。色んな人の思いを踏みにじることだとはわかっていた。本心で、テルペリオンの頼みに応えたい気持ちは変わらない。それでもアリシアが俺にとって一番大切であることは間違いない。危険なことは間違いないのだから。

 アキシギルでは、親のいない子供はそれだけで不利を抱えてしまう。俺は特殊な存在なので、居たところで無意味かもしれないが居るに越したことはない。アリシアは母親のいない事で苦労していて、その話は周囲から散々聞かされてきた。いつ死んでもいい覚悟をしているとは言っていたが、それはあくまでも心構えの問題だ。実際は生きている方が良いに決まっているし、アリシアもそれを望んでいるのではと考えていた。

 でもその考えは間違っているようだった。

 「なんでって、それはトキヒサの本心じゃないでしょ?」

 「そ、それは。でも親がいない子供がどうなるか、アリシアが一番わかっているじゃないか」

 「それは関係ない」

 どうしてそこまで言うのだろうか。いっそ赤ちゃんと一緒にいることが俺の望みだと押し切ってしまおうかと考えてしまう。

 「もしトキヒサが赤ちゃんのことを想ってそう言っているんだったら、むしろ魔王と戦わないと」

 「それは」

 「トキヒサが魔源樹の体だとしても、私は気にしない。それで周りに何を言われたとしても、私は気にしない。トキヒサと一緒にいるだけで幸せだから。でも赤ちゃんはそうじゃないでしょ?」

 赤ちゃんの気持ちを言っているのだろうか。嬉しいことを言われている気がするが、その本意を飲み込めていない。何であろうが、親がいたほうが良いのではと思ってしまっている。

 「何を気にするのかな?」

 「何って、だってどんな子が産まれるかわからないから。魔力量は少ないと思うし、それに魔王と同じ扱いをされるかもしれない」

 「それは流石に」

 「だから、ルーサ様もエルフ様も、テルペリオン様だってトキヒサに解決させたかったんでしょ?同じ立場の人間として、しっかりと解決できるんだって全ての種族に納得させるために」

 そこまで言われて、やっと理解できた。テルペリオンの意思も含めて、俺は何も理解出来ていなかったのかもしれない。言葉に詰まってしまっていると、アリシアはやさしい言い方で諭してくれた。

 「もう戦うって決めてたんでしょ?私も望んでいるから、ね?」

 「あ、ああ」

 「あのね、別に死んでほしいわけじゃないよ?でもね、やるべきことを見失わないで?テルペリオン様にもお願いされているんでしょ?」

 「うん」

 自分の本当の気持ちはどちらなのだろうか。アリシアもテルペリオンも大事であることは間違いない。どちらを優先すべきかと言われれば、考えるまでもない。

 だが両者の願いを叶えられるのであれば、それに越したことはない。どうにも俺が戦いに行くということはアリシアの本心では無いような気もするが、それは俺が期待しているだけなのかもしれない。行かないで、とアリシアに言って欲しいと心の奥底で考えてしまっているのだろうか。嫉妬深い俺の良くないところなのかもしれない。

 「あっ」

 どうして今思い出したのだろうか。忘れてはいけないことを忘れてしまっていた。ついこの間、アリシアと同等に大事にしないといけない人が出来たというのに。ただ1人を愛するという地球の文化で育ったのだから、慣れないのは仕方がないと思いたい。でもそれは言い訳にしかならない。

 「トキヒサ?」

 「いや、この話、ココアさんにもしないとなって。呼んでもらえないかな?」

 ココアさんはアリシアと一緒に過ごしているはずだった。同じ転移者の中でも、俺と結婚することになってしまった彼女はかなり立場が特殊だ。エルフの里でパトリックに面倒を見てもらうのも悪くはないが、それ以上にアリシアのところで色々と教えてもらった方が親睦も深まるし良いだろうという判断をしていた。

 「それはね、んっと私達は止めたんだけど、デンメス様とどこかに行ってしまったのよ」

 「はぁ?」

 「あぁ違うの。無理矢理連れて行かれたとかじゃないの。ココアさんも悩んでたみたいで、止めたんだけど自分からデンメス様に頼みに行っちゃったの」

 「は、はぁ」

 ココアさんは何を悩んでいたのだろうか。あの直後に放っておいた俺が一番悪いのだが、2人目の妻だというのに何もわかっていない自分が不甲斐ない。

 「理由はね、直接聞いてあげて?」

 「あぁ、わかってる」

 元より代わりに聞いてもらおうなんて考えていない。これは俺が、きちんと向き合うべきことなのだから。ココアさんのことだけでなくて、同級生全員と俺は向き合わなければならないのだから。

 「じゃぁ、明日の朝には出発するよ」

 「うん。気を付けてね」

 そしてアリシアと赤ちゃんとともに一晩を過ごす。これは最後の寄り道。あとは魔王と決着をつけるまで立ち止まる訳にはいかない。たとえどんな結末を迎えることになってしまっても。


 テルペリオンの腕輪を眺めながら、静かに決意を固めていた。

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