第5話-父親を持てたからこそ、父親となる勇気を持てるのだと思う。-
「お久しぶりです。トキヒサ様」
「ああ、久しぶりだねベンジャミン」
ルーサさんに聞いた俺がやるべきことはかなり衝撃的だった。急ぎアリシアがいる王都へ向かうが、テルペリオンとは比べ物にならない遅さでヤキモキしてしまっていた。それでもエルフに手伝ってもらったおかげで1日程で移動できているのだが、どうしても比べてしまう。
そしてやっと到着した王都で、ベンジャミンに出迎えられる。とても懐かしく感じながら、いつもより嬉しそうな様子を見て緊張してしまう。
「テルペリオン様のことは、非常に残念でした」
「あ、ああ」
いつも以上にキレイに掃除された屋敷の中をベンジャミンに案内される。テルペリオンのことを話しているのに目が笑っている様子を、事情を知らなければどう思っただろうか。でもベンジャミンにとっては何もかもが関係ないほど嬉しいことに違いない。
「あのさ、実はまだ詳しく聞いてなくてさ」
「トキヒサ様。私からお伝えするよりも、アリシア様から直接聞いたほうがよろしいかと思います」
「そ、そうですね」
そのまま廊下を歩いていき、アリシアの部屋に着く。以前はベンジャミンだけだった屋敷の中に、女性の使用人が何人もいる。それを見ていると、本当だったんだと実感してさらに緊張してしまっていた。
△
「トキヒサ、戻ったのね」
「遅くなって悪かったよ」
アリシアはいつもとは違う見慣れない服を着ていた。かなりゆったりとしたシルエットで、少し大きなお腹がとても目立つ。あれから、巨人の家から旅立ってからそんなに時間が経過していたのかと驚いている自分もいた。実感がないのは、きっと根の国にずっといたせいで時間感覚が狂ってしまったからだろう。
案内を終えたベンジャミンは一礼するとそそくさと部屋を後にしていった。椅子に腰かけたアリシアと2人きりになってから、お互いに黙ってしまう。アリシアとの会話が途切れてしまうのは、とても珍しい。
「テルペリオン様のこと、大変だったね」
どう切り出せばいいのかわからなくなってしまっている間に、アリシアから話しかけられる。もっと話すことがあるはずと思いつつ、そのまま話を続けてしまう。
「ごめん、すごく待たせちゃって」
「うん」
「テルペリオンとさ、俺達がどうしてこの世界に来たのか突き止めたよ」
そういえば、アリシアにはちゃんと話していなかった。一番に話すべき人に、俺は何をしているのだろうか。
どう思われるのか気になり様子を見ながら、流石に怒るのではないかと恐れながら、転移のことを話す。アレンの人生も、魔源樹の目的も、白の賢者と魔王のことも、全て話す。これから俺が、魔王に挑もうとしていたことも全て。
「そう、じゃぁこれから魔王と戦いに行くんだね」
「いや、それは」
気持ちが揺らいでいる自分がいた。どうしてもアリシアの大きなお腹に目がいく。あの時、最期の旅の前の夜にやってしまったのはわかる。だが父となる覚悟もないままにこうなってしまったことを恥じるとともに、これ以上アリシアを1人にしていいのかと気持ちが揺らぐ。
「怒らないの?」
「怒ってるよ」
恐る恐る聞いたことの返答は、当たり前のことでもあり聞きたくはなかったことだった。でも俺は、どんなに怒られたとしても仕方がない。
「やっぱり、魔王と戦うなんて反対だよね」
「そうじゃない」
思わず目を見張る。てっきり子供を置いて困難な戦いに挑むことに怒っていると思ったのだが、そういうことでもないらしい。では何に怒っているのだろうか。考えてもよくわからない。
「私が言いたいのは、私に気を使いすぎってこと。前にも言ったよね?私達はお互いの邪魔をするために結ばれたんじゃなくて、お互いに幸せになるために結ばれたんだって。トキヒサは自分のやりたいことをやっていいんだよ」
「いや、それは、だって」
だとしても、子供が産まれるのであれば話が違うのではないだろうか。アリシア1人だけに押し付けるのはどうなのだろうか。俺も一緒に育てるのがあるべき姿なのではないだろうか。例え父となる自信がなかったとしてもだ。
「ココアさんから聞いたよ。地球じゃ夫婦2人で子育てするんだって。でもここは地球じゃないよ」
「えっと」
「トキヒサはテルペリオン様とずっと一緒だったから、あんまりわかんないかもしれないけどね。魔物に殺されちゃう人って多いんだよ?」
それは、確かに考えたこともないことだ。テルペリオンがいる限り、自分が殺されるなどとは想像もできなかった。でもそれとこれとどう関係があるのだろうか。
「だからね、いつ伴侶が死んでしまってもいいように1人で子育てするのは普通だよ?男でも女でもね。私も、覚悟はしていたし。第一、一夫一妻じゃないんだから、2人なんて意味ないし。それにこれは、私が望んだことだから」
「それは、全然知らなかった」
アキシギルの人間は、常にそんな覚悟をしているのだろうか。いつ死んでもいいように、愛する人がいつ死んでもいいように考えているのだろうか。テルペリオンがいない今となっては、俺はより深く考えないといけないのかもしれない。
「だから、私のことは気にしないで。あっ、ちゃんと言ってなかったけど、赤ちゃんできたの。触ってみる?」
そして大きなお腹を触るように促される。促されるままに手を当てながら、お腹の中の赤ちゃんが動いているのを感じる。アリシアは行っていいと言ってくれているが、本当にそうすべきなのか考えていた。
ずっと自信が持てなかった。自分が父親となることに自信を持てなかった。なのに勢いで妊娠させてしまったことは良くなかったと思う。
でも今の俺は違う。ギリギリで間に合ったんだと思う。テルペリオンに父の影を重ね、俺も父親となることの自信を少しは持てたんだと思う。少なくとも、地球のダメな父とは違って、目標にしたい父親像を持つことができた。
テルペリオンの腕輪を見て、俺も立派な父になれればと願っていた。
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