第2話-死を受け入れる勇気が、俺には足りないのかもしれない-
「テルペリオンはどこ?あの銀色のドームは何?」
服が乾くとすぐに、ルーサさんから質問された。振り返ると、銀色のドームがまだ見える。ずいぶん歩いた気がするのに、それがまだ見えてしまっていることが少しショックに感じる。
「あれが、あのドームがテルペリオンなんだ」
前を向き直し、後ろ手に銀色のドームを指差しながら伝えた。そんな変な格好になったのは、これ以上直接ドームを見てしまうと、また涙が止まらなくなってしまったから。ルーサさんをみると、ドームと俺を見比べながら困惑しているようだった。
「何があったの?」
「それは、負けたんだ。一度は逃げることが出来たんだけど、テルペリオンは放っておくわけにはいかないって。それで」
それで。この言葉の先を口にする事ができなかった。ふさわしい言葉がわからなかったのか、それとも単に言いたくなかっただけなのか、いずれにしても黙り込んでしまう。ルーサさんは察してくれたのか、それ以上詳しく聞こうとはしなかった。
「わかった。もういいわ。心配で来てみたんだけど、まさかこんなことに」
ルーサさんも、その後の言葉が思い浮かばないようだった。俺の様子を見て気を使ってしまっているのか、2人とも黙り込んでしまう。でもずっとこのままというわけにもいかない。さっきそう決意したはずなのに、いつもテルペリオンに頼っていたからかぎこちなくなってしまう。父の手助けはもう無いのだから、俺が話を進めなければならない。伝えるべきことは、いくらでもあるのだから。
「ルーサさん。あのドームだけど、3ヶ月ぐらいで無くなるんだ」
「3ヶ月?」
「そう。一時的に動きを止めているだけで、3ヶ月は大丈夫って言ってた。前後するかもしれないけど」
それを聞いたルーサさんは、ドームを見ながら何かを考え込んでいる。その様子を見ながら、俺は何故かこの旅の始まりを思い出す。これで最後になるかもしれないと予感していた。魔源樹の正体次第で、テルペリオンとお別れになってしまうかもと予感していた。
だが俺の正体を知って、この体のことを知って、魔源樹の動機を知って、賢者と魔王のことを知った。少なくとも魔源樹のことで俺が責められるようなことはない。むしろ俺は、転移者と言われていた同級生は全員被害者といえる。だから予感は外れて、これが最後になったりしないと思っていた。
全てが終わったら、以前と同じ日常に戻ると信じていた。テルペリオンがいて、アリシアがいて、パトリックとはあまり会えなくなるかもしれないが、ヨシエさんやマコト達と仕事を探す日常が始まると信じていた。
何より、アキシギルを知るための旅をテルペリオンとできると思っていた。いつから、どれだけ、だれと行くのか、何も決まっていなかったが一緒に行こうと約束していた。でもそれはもう、叶わない。
「トキヒサ、話はわかったわ。とりあえず村に戻りましょ。あとはゆっくりしてちょうだい」
ゆっくり。その言葉の裏に、俺はもう何もできないと思われているように感じた。事実として、俺にはなんの力もない。テルペリオンの力はおろか、魔源樹からも魔力を引き出せない俺はアキシギルで一番弱いのかもしれない。それでも、父に頼まれたことは間違いない。俺だけは、ゆっくりと事の顛末を見守るわけにはいかない。
「ねぇ、ルーサさん。これからどうなるの?」
「どうって?」
「魔王のこと、どうするのかなと」
「魔王?」
魔王と名乗っていることを、まだ伝えていないことに気付いた。ルーサさんにとっては、まだ賢者としか認識していない。
詳しく話そうとするが、それは止められてしまった。長くなるのを予期したようで、それなら村に戻ってからにしたいらしい。なので、また長老の村に向かって歩き始める。ルーサさんの雨避けのおかげで、幾分か歩みが速くなった気がした。
黙って長老の村へと歩いていく中で、上手く話を進めることができない自分の不甲斐なさが身に染みる。一方で、これが本来の姿、俺の本当の実力なのかもしれない。
今までは、テルペリオンの力技でなんとかなっていただけということだろう。でもそれは、父への信頼があったからこそのもので、俺だけになってしまえばこんなものだ。協力的であるはずのルーサさんに対して、自分の意思をどう伝えればいいのか。それすらわからないのが、とても情けなかった。
テルペリオンの腕輪に、すがろうとしてしまっている自分が情けなかった。
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