第1話-テルペリオンのいない世界で、立ち上がる勇気が欲しかった。-
雨は降り止むことなく、その中で一人立ちすくむ。テルペリオンは逝ってしまい、もう帰ることなく、話すこともできず、共に戦うこともできない。跡形もなく全壊した魔王城の周囲を、銀色の丸いドームが覆っている。
「父さん」
テルペリオンのことを想いながら、最期の一言を思い出していた。あのドームは3ヶ月で消えてしまうだろう。父の名残から目をそらすのは辛いが、いつまでも時間を無駄にするわけにもいかない。気持ちを奮い立たせ、その場を立ち去ろうとしたときに腕輪に気付いた。
腕輪に気付く、というのは妙な感覚だった。それだけ体の一部のようになっていたということだ。でも今の腕輪は、以前とは全く違う。テルペリオンと話すための腕輪からは、もう父の声が聞こえてくることはない。その先にいる父の存在を感じることはできない。
「俺は、アキシギルで、何をしてたんだろうな」
テルペリオンの死を目の当たりにし、心を満たすのは後悔だけ。結局、異世界だからと軽く考えていた代償がこれだ。父さんが肩代わりする必要などないというのに、俺だけ助かってテルペリオンは逝ってしまった。
異世界アキシギルに来たというだけで、それだけで魔法が使えるわけもなく、格闘ができるようになるわけもなく、なにもかも上手くいくわけもない。それなのに何も考えずに受け入れてしまっていた。そんな怠惰な毎日を過ごしていた。
それだけ恩恵を受けていたにも関わらず、周囲に嫉妬までしてしまう始末。唯一の友であるはずのパトリックに嫉妬して、困っているところを助けることを避けてしまった。いくらでもやり方があったにも関わらず。
調子に乗っていた俺は、何でも1人で解決できると傲慢に考えていた。テルペリオンから見放されてしまうかもとは一切考えず。挙句の果てにテルペリオンに喧嘩を売ってしまっていたのだから。
アレンが会得した格闘能力を勝手に使い、テルペリオンに貸してもらった力を使い、なんの疑問も抱かない。借り物の力にすがってきた俺が、肝心なところで役に立たないのは当たり前のことだ。
「それでも、1つくらいはさ。かえさせてくれよ」
返させて欲しいのか、変えさせて欲しいのか。その両方だと思う。
怠惰、嫉妬、傲慢。俺が乗り越えるべきものを教えてくれたのはテルペリオンだった。今思えば、あの時からテルペリオンに父の影を感じていたのかもしれない。
どんなに後悔したとしても、もう遅い。怠惰に過ごしてしまった時間は戻らない。戦う力を持つ者に嫉妬しても意味がない。自分だけでできると傲慢になってはいけない。
「別に、復讐ってわけじゃないさ。ただ、俺は」
憤怒に身を任せているわけではない。父を殺された恨みをぶつけたいわけではない。俺はただ、テルペリオンの最期の願いに応えたいだけなのだから。
「あとは、任せてくれ」
決意の言葉を呟き、魔王城の銀色のドームに背を向ける。雨でぬかるんだ地面はとても歩きにくく、足取りが重く感じる。それは父と別れるのが辛いからなのか、それとも俺の本来の体力がこの程度というだけのことなのか。
いつもなら父に乗せてもらい一気に移動できていたかもしれない。そうでなくてもテルペリオンの力を借りれば軽快に走れたかもしれない。もしかしたらアレンの体を上手く使えればこんなに鈍くなることはないのかもしれない。
それでも歩き続ける。これからどうするとしても、早くこのことを伝えたほうがいい。ドラゴンですら勝てなかった魔王が、明確な悪意を持ってそこにいるのだから。
魔王は言っていた。人類はもっと栄光に満ちるべきなのだと。その本当の意味を、俺は知るべきなのだろうか。何も知らない俺は、それすら判断できない。それは教えてもらうしかない。
歩いて、歩いて、歩き続けた。来る時は一瞬だった道のり、いや、ただ運ばれていただけの道のりを帰る。こんなに歩くのはいつ以来だろうか。独りで歩くのはいつ以来だろうか。こんなに帰り道を長く感じるのはいつ以来だろうか。
それだけ俺が、テルペリオンに頼り切っていたということだ。傘をさすことすらできず、ずぶ濡れのままだった。
相変わらず降り止まない雨の中を、1つの光が近づいて来た。小さな、でも力強く温かい紫の光。雨を避けながら進むその光は、真っ直ぐにこちらに向かって来る。特に危険も感じなかった。むしろ安心感を覚え、歩みを速くする。その光がルーサさんのものだと、近づくにつれて確信していく。
「どうしたのよ。トキヒサ、ずぶ濡れじゃない」
ルーサさんは俺を光で包み雨避けとなりながら、暖かい風で服を乾かしてくれている。その間俺は、なんと言えばいいのかわからず、どこから話せばいいのかわからず、ただそこに立ち止まってしまった。
テルペリオンの腕輪に手をやりながら。
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