第53話-そして手にした大切なもの、そして-
「どうするんだよ、その翼」
「問題ない」
テルペリオンは強がっているのかもしれないが、片翼の半分が溶けて無くなっているのだから問題ないわけではない。
「まぁ、でも逃げれてよかったよ。一旦、村まで戻ろう」
そのために魔王城から逃げたと思っていた。溶けた翼でどう移動するかは置いておいて、逃げるために脱出したのだと思っていた。
「飛べないと厳しいのか?」
「いや、そうではない」
テルペリオンは体を大きく動かし、俺は乱暴に振り下ろされてしまう。立ち上がりながら、言いようのない悪い予感がする。ぞんざいに扱われたというのに、不安の方が大きすぎて文句をいう気にもなれない。
「そうではないって、どういう意味?」
「トキヒサ、私は逃げん。お別れだ」
「お別れ?」
「ここからは、私だけの戦いだ。勝てないだろうがな、それでも放っておくわけにもいかん」
一瞬テルペリオンの言っていることが理解できなかった。なんでそんなことをいうのかわからない。いや、わかりたくない。当たってほしくもない悪い予感が当たってしまった気がした。
「まだ、戦うのか?その翼で。なら、それなら俺も一緒に」
「ダメだ。トキヒサ、後を頼む」
テルペリオンはこちらを正面から見つめてくる。後とはどういう意味なのだろうか。頼まれたとして、俺1人で何ができるというのだろうか。不安からなのか、単に別れるのが嫌なのか、良くないとわかっていながら追及するような口調になってしまっている自分がいた。
「なぁ、こうなるってわかっていたんじゃないか?」
「わかっていたとしても、これがドラゴンの戦い方だ。トキヒサをここまで危険な目に合わせたくはなかったが」
「ただ様子を見るんじゃなかったのか?」
「もちろん、そのつもりだった。それで終わればよいと考えてはいた。だが同時に、こうなる可能性も考慮はしていた。白の賢者が相手なのだからな。今は魔王などと名乗っているようだが」
最近知ったことを思い出した。ドラゴンは孤高な生き物であると。勝手に決めて勝手に死んでいく。なんだかんだあっても、最後は誰にも頼らず行ってしまう。そんなテルペリオンに、行ってほしくない。
「別に、テルペリオンが死ぬことはないじゃないか」
「いや、これが正解だ。奴らは舐めている。全員で戦えば逃がすこともなかったであろうに、逃げることができた。特に追いかけてくることもない。奴らは、ドラゴンは玉砕と逃走の2択しか持っていないと思い込んでいる。どちらを選んだとしても問題ないと思い込んでいる」
「じゃぁ何しに行くんだ?」
「この身を犠牲にすれば、一時的に封印することはできる。その間に、魔王と戦う準備ができる。後を頼むとは、そういう意味だ」
そんなことを言われても、俺に何ができるというのだろうか。アレンの体を動かせず満足に戦えなくなっているというのに、テルペリオンの力も、それで作り出したドラゴンのオーラも無くしてしまった俺に何ができるというのだろうか。俺の考えていることがわからないからなのか、それともわかっていてあえてなのか、テルペリオンは自分の言いたいことを言ってくる。
「アキシギルでのトキヒサを一番知っているのは私だ。ずっと見守ってきた。良いところも悪いところも、私は知っている。だからこそ、ドラゴンのように育ってしまったのではと危惧していた。故に、あの7体の悪魔との戦いは良い機会だと思ったのだ。そんな、強引なことしかできなかった。いいか、これがドラゴンの戦い方だ。我らはこんな戦い方しかできん。だが、トキヒサは人間の戦い方をするべきだ。頼れるものは全て頼れ。アレンも含めてな」
不思議とテルペリオンの言葉は心に突き刺さってきた。お別れと聞いて混乱しているはずなのに、言葉だけが入ってくる。一言一句聞かなければならないのだろうと思うが、俺にも言いたいことはある。
「アキシギルのこと、教えてくれるんじゃなかったのか」
「そうだな、すまん。約束は破らせてもらう。魔王か、時代の転換点となってしまうのやもな。私は、アキシギル第七紀と共に生まれ、七紀と共に生きてきた。故に、七紀と散るのも悪くない」
そこまで潔く約束を破られるとは思いもしなかった。それにアキシギルの歴史を話して欲しいわけでは決してない。テルペリオンの意図はわかる。その考えも、覚悟も、それが必要な理由も、全て理解できている。でも受け入れられない。でも受け入れなきゃいけない。受け入れて、伝えなきゃいけない。言いたいことはいくらでもあるんだ。伝えたいことはたくさんある。
「そんなことを知りたいわけじゃない」
「だろうな」
「ちょっと待ってくれ」
「ふむ」
ずっと引き止められるわけではない。伝えたいことを全て話す時間はない。伝えるための言葉は、1つだけだった。
「父さん、ありがとう」
父さんという呼び方が、一番だった。ありがとうの一言が、全てだった。テルペリオンにとってどうなのかはわからないが、俺にとっては父のような存在。実の父とは違い、こうなりたいと憧れることのできる存在。
言った後で照れくさくなってしまい無言になる。対して、テルペリオンも何故か無言のままだ。少しの間の静寂のあとに発せられたテルペリオンの言葉は、完全に予想外のものだった。
「そうか、私のことを父と呼んでくれるのか。であれば、もう思い残すことはない」
「な、なんだよそれ。勝手に満足するなって、だって俺は、俺は」
「私の願いは、トキヒサの父となることだった。もう十分だ」
「そんなわけないだろ。だって俺は、まだ。まだ何も返せていないじゃないか」
そう、俺はテルペリオンにもらってばかりで、何も返せていない。命を助けられ、ずっと力を与えられ、ダメな所を教えられ、転移の真実を突き止めてもらった。
そして最後に、父にまでなってもらった。どんなに願ったとしても、手にできないかもしれない大切なもの。アキシギルに来てテルペリオンに出会わなければ一生手にすることが出来なかったかもしれないもの。
アキシギルにとって、みんなにとって、あるいはこれがただの物語であったのならば、異世界転移の真実の方が重要に決まっている。だが、俺にとっては違う。俺は、俺だけは、父という大切な存在を手にしたことが大きすぎる。
なのにテルペリオンに返せたものが、父と呼んだだけだなんて、それだけで良いはずがない。
「いいんだ、トキヒサ。これでいいんだ。最期の時をトキヒサと過ごせて良かった。感謝する」
俺のことをよくわかっている父親は、俺が考えていることもよくわかってくれている。
「俺もだよ、父さん。全部、なにもかも、同じ気持ちだ」
涙をグッとこらえる。これで最期なんだから、全てを見なきゃいけない、全てを見ていたい。テルペリオンは天を仰ぎ力強く咆哮する。ドラゴンの、本物の咆哮が轟く。それは、覚悟の証のようにも、最期の慟哭のようにも聞こえる。咆哮を終えると、テルペリオンは再度こちらを向く。
「さらばだ」
テルペリオン。銀の鱗を持つ赫々たるドラゴン。屈強な尾は数多の敵を薙ぎ払い、強靭な両脚は地面を穿ち、脈動する胴体には無尽の魔力が潜在し、鋭利なかぎ爪は全てを切り裂く。片翼となった翼は、何度となく敵を排除し友を守った。そして1つの時代を見守った両目には、アキシギルの叡智が宿っていた。
空が黒い雲に覆われていく。真昼というのに薄暗い。テルペリオンの片脚が地面に食い込み、地響きと共に一歩踏み出した。一歩、また一歩と、地響きは大きくなり、魔王へ向かい加速していく。翼を大きく広げ、尾を真っすぐに伸ばし、前傾姿勢になり、前だけを見て。鱗が輝く、銀色に輝く。薄暗い天気において、眩しすぎるくらいに輝いていく。失われているはずの片翼も、銀色のオーラに包まれ、その姿を取り戻している。
両翼を取り戻し、飛翔を始める。高度が上がっていき、それと共に銀色の輝きも増していく。翼が上下に大きく動いている。テルペリオンの影が小さくなっていく。やがてその巨体は雲の上へと消えてしまう。そして轟音が鳴り響き、そして一段と輝きが増し、雲の上にいるはずなのに、空も大地も銀色に染まっていく。
あまりに眩しすぎて、もう何も見えない。全てを見たかったのに、これで最期なのに。こらえていた涙が溢れてくる。唯一わかるのは、テルペリオンが地面に降りていくことだけ。轟音が地響きに変わっていく。轟音はすぐには収まらない。魔王と戦っているようで、勝って欲しいと心から願い、その願いは儚くついえる。
爆風に飛ばされそうになるのをこらえ、そして地響きが終わり、轟音が止まり、銀色の輝きが失われた。残ったのは静寂。その中でただ1人立ちすくみ、テルペリオンが輝いていた空を見ながら呆然とし、声を上げて泣いてしまう。この10年で、こんなに泣いたことはなかった。どれくらい泣き続けたのか、全くわからなかった。そして涙を拭って気付く、まだ銀の鱗の腕輪をしていたことに。テルペリオンと話すためのもの、共に戦うためのもの。でも、もう動くことはない。もう、話をすることは出来ない。
泣き止んでいたはずなのに、また涙があふれてきて、袖で涙を拭ってもキリがなくて。雨が降ってきた。激しい雨が降りやまなかった。
5章-そして手にした大切なもの、そして亡くした大切な人-【終】
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お読みいただきありがとうございます。
これにて5章は終了となり、次章が最終章となります。
次回更新は6月上旬予定です。
さて、5章投稿中も高評価が順調に増えてきており大変うれしく思います。
引き続き作品をお楽しみいただければ幸いです。
今後ともよろしくお願いします。
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