第52話-敗走-

 テルペリオンがブレスを放とうとした瞬間、重力に押しつぶされる。俺達は床に押し付けられてしまい、身動きが取れない。

 「舐めおって」

 重力が薄れていくが、それでも俺は身動きが取れない。なんとかテルペリオンを見るが、ぎこちなく顔を魔王達へと向けていた。ギリギリと重いものを持ち上げるように抵抗していて、それにつれて俺も少しずつ動けるようになっていく。

 薄ら笑いを浮かべる魔王に向けて、テルペリオンがブレスを放つ。先ほどとは桁違いの威力で、にもかかわらず魔王は避けようとしない。代わりに後ろに控えていた1人の男が割って入り禍々しい杖を構えていた。

 防がれているというより、吸収されているというより、まるで別の場所に転送されているようだった。何故なら、空気中の裂け目にブレスが吸い込まれてしまっているのだから。

 「その程度か?」

 あざ笑うかのように言い放つ魔王の後ろから、別の女が躍り出てきた。空中に金属の塊が生まれ、まるで剣山のようになっていく。1本の長さが3m程もある巨大な剣が、無数に現れた。

 剣山は花のように並び回る。ある花は戦輪のように、ある花は歯車のように、ある花は丸鋸のように。高速で回転する剣の花々が襲い掛かってくる。テルペリオンはブレスを止めて剣の花を迎撃しようとするが間に合わない。

 「吹き飛べぇぇぇ」

 俺も何もできなかったわけではない。重力にあらがいながら、呼吸を整えて咆哮の準備を終えていた。テルペリオンに代わり剣の花に向けて咆哮を放つ。剣の花は全て吹き飛んでいき金属音が響き渡る。  

「ほう。やるではないか人間」

 剣の花は魔王に向けて弾き返せてもいるが、そのすべてが空気中の裂け目に吸い込まれてしまう。咆哮自体も裂け目に到達するが、テルペリオンのブレスでも突破できなかったものをどうにかできるわけもない。

 テルペリオンが直接動き出した。体を反転させながら尾を鞭のようにしならせて裂け目に叩きつけていた。そんなことをして意味があるのかと最初は思ったが、なんということもない。尾は裂け目を砕き、魔王を捉える。

 だが残念なことに命中することはない。吹き飛ばし切れていなかった剣の花が整列し尾を防ぐ。肉が抉られる嫌な音と、テルペリオンの苦悶の声が聞こえてくる。

 「耐えてくれ。テルペリオン」

 痛みを理解しながらも、そのまま攻撃することを要求しながらドラゴンのオーラを操る。テルペリオンの尾にオーラを重ね、2重の尾で剣の花を押し切る。

 剣の花を吹き飛ばすのではなく砕いていく。金属の割れる音と尾が地面に叩きつけられる音が重なり轟音となる。だがその場に魔王達はいない。

 「なかなか良かったぞドラゴン。だが、そろそろ終わりにしよう。せっかくだ、相手をしてやれ」

 魔王に指示されて残っていた男女2人が同時に動き出した。目の前の壁が赤く燃えたぎっており、魔源樹が燃えているだけなのかと思ったがそんなわけもない。女が生み出しているそれは、もはや溶岩のように溶けている魔源樹は、波のようにテルペリオンに押し寄せてくる。

 テルペリオンはブレスを放ち溶岩の波を近づけまいとするが、止めることはできない。動きの遅い溶岩の波を飛散させてはいるが、すぐに戻ってしまう。溶岩の波は無尽蔵に生み出され、途切れることがない。

 ブレスの出力がどんどん上がっていくが、防ぎ切ることができない。このままでは押し切られてしまうと、加勢しようとしたところでそれに気がついた。

 男の作り出した嵐が、形を変えていく。嵐はまるで羽のようになり、羽ばたきとともに突風を巻き起こす。溶岩の波に挟み撃ちされてしまい、当然嵐の羽にテルペリオンは対応できない。

 だから俺は、加勢しようと貯めていた力を嵐の羽へと向ける。オーラをぶつけて打ち消そうとするが想像以上に高威力で、なんとか抑えるので精一杯だった。だがテルペリオンのブレスと違って、俺のオーラはずっと維持することができない。

 「ダメだ。耐えられない」

 俺の言葉を聞き、テルペリオンはブレスの向きを変える。何故か上に向けられたブレスにより、天井に巨大な穴が開く。だが溶岩の波が消えたわけではなく、当然のように襲いかかってくるそれをテルペリオンは翼で直接受け止めた。

 肉の焼ける匂い。苦悶の声。テルペリオンの片翼は溶け落ち、半分ほどの大きさとなってしまっている。そんな翼を羽ばたかせ、飛び立とうとしていた。天井の穴から、逃げ出そうとしていた。

 そんな状態で、ドラゴンのオーラが消えてしまう。抑えていた嵐の羽が動き出し、迫り来る。だが直撃することはない。その前にテルペリオンは飛び立っていたのだから。

 「ハハハ。逃げるかドラゴン」

 そして敗走する俺たちを、魔王は高笑いしながら嘲笑する。溶岩の波も、嵐の羽も、ついでに剣の花も追撃してくるが魔王自身は何もしてこない。何もしないのか、何もできないのか。いずれにしても追撃を振り切ることはでき、魔王城の上空を飛ぶ。

 「なぁ、その翼」

 「心配無用だ」

 そんなわけがない。溶岩の波に溶かされてしまった片翼以外も、全身傷だらけだった。剣の花に襲われた体には裂傷が広がり、特に打ちつけた尾がヒドい。嵐の羽の追撃を受けた箇所は、ところどころ折れてしまっているようだ

 ふらつきながら飛ぶテルペリオンは、高度を維持することもできないようだ。そのまま近くにあった開けた場所に、倒れ込むように不時着した。


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