第51話-魔王-
夜が明ける。予定より少し遅れる形にはなったが、結果的には良かったのかもしれない。
何故なら、早朝に到着したその場所にあったのは、巨大な城。そこかしこに禍々しい装飾が施されている。
あるはずのないものが、存在してはいけないものが、そこにある気がした。
「なにあれ?」
「行くぞ」
長老を殺めた者を追いかけてきたはずだった。それは俺達の同級生で、同級生の魂を持つはずの存在。でもその裏には白の賢者の気配がして、だからこそ俺とテルペリオンだけで様子を見に来るということになっていた。
テルペリオンは先に行ってしまう。何かを覚悟しているかのような感じがして、それが不安で仕方がなかった。そんな背中を、慌てて追いかける。
「大きいな」
「うむ」
近付いてみると、その巨大さを改めて感じる。正面の扉は、テルペリオンが余裕で入れるほど大きく、まるで巨人の家の扉のようになっている。
テルペリオンの頭に乗せてもらい、巨大な城の中へと入っていく。そこで初めて気づき驚いたことは、城が全て木製であるということ。しかも見たところ魔源樹に見えてしまう。
「なぁ、これって」
「全て魔源樹だ」
怒りのこもった声に鳥肌が立つ。俺に対しての怒りではないはずなのに、強い恐怖を感じる。と同時に、どうしてここまで怒っているのだろうか。人間にとって魔源樹が大事なものだというのはわかるのだが、ドラゴンにとって大事なものなのだろうか。
「なぁ魔源樹ってドラゴンにとっても大事なのか?」
「それはだな」
答えようとしてくれたのだが、その答えを聞くことは出来なかった。
「不勉強だな」
声の主が誰なのか、どこから発せられた声なのか、初めはわからなかった。だがテルペリオンは瞬時に声の主を見つけている。見ている方に目を向けると、ある程度予想は出来ていたが白いヒゲの老人が浮いていた。
「ふん。ドラゴンと人間か。珍しいな」
「そんなことを言いに来たのか。不勉強?全てを知っていてなお、こんな城を築いたというのか」
「なんのことかさっぱりだな」
その瞬間、テルペリオンがブレスを放った。真っすぐに白の賢者へと放たれたそれは直撃したはずだった。なのに何も起こらない。音すらも無く、テルペリオンが喉を鳴らす音だけが聞こえる。
「賢者、どうやって?」
「この魔力か?恒河沙におよぶ魔源樹の力の結晶だ。少々コントロールには手こずったがな、長老どもを誅殺するには十分だったさ。あぁ、まだドラゴンが残っていたか」
見た目に全くそぐわない喋り方と声だった。老人というより若者のそれで、どうしても違和感がある。それに、テルペリオンのブレスを吸収し、そのまま近づいてくる賢者に恐怖を覚えてしまった。
「恒河沙?ありえん。多すぎる」
「ドラゴン。貴様たちは同じ過ちばかりだ。何もかも知っていて、故に見誤る」
「根の国か」
「いかにも。魔源樹がなぜ生まれたのか。知らんわけでもあるまい」
テルペリオンの唸り声が大きくなる。2人の会話は、俺に理解できるものではなかった。そのまま対峙する両者を、ただただ見ているしかできない。
「だが何故だ?賢者たちは皆」
「望んで旅立ったと?その通りだ。だが、同じ望みを持っていたわけではない」
「貴様」
「心配か?では会いに行くのはどうだ?黒の賢者も待っているぞ。そこの人間も一緒にどうだ?ずいぶんとご執心のようだしな。えーっと、名前は確か?ヅ・ブロド・ビジガーだったか」
「いや、それは」
その名は、俺の魂の名前ではない。俺の体のアレンの、生まれながらの名前。アレンという偽名を名乗る前の親から与えられた名前。父親の有り様を見て、捨ててしまった名前。
「違うのか?」
「失礼な賢者だ。貴様こそ名乗ったらどうだ?」
「私の名?それは魂の名を聞いているのか、それとも体の名を聞いているのか。もはやなんの意味もないものだ」
「名すら忘れたか?賢者よ」
「くっくっく」
白の賢者の、老人の姿が変貌する。はじめは同級生の姿へと変わる。妖精の長老を殺した犯人と全く同じ姿。でも、その同級生の名前をどうしても思い出せない。なんとなく不良として有名だった気もするが、トキヒサの魂は覚えておらずアレンの体に残っているわけがない。
制服まで再現された同級生の姿は、長く維持されることはなかった。髪は白く染まり、制服も白装束へ代わり、でも老いていくことはない。
「どうやら若人の姿のほうが安定するようだ。ドラゴン、予見はしていたのであろう」
「馴染むまでに時間がかかっているだけということなら、その通りだ」
「それで単身で様子を見に来たと。ドラゴンらしいな。あぁ、おまけの人間もいたか。それはドラゴンらしくないな」
空気が張り詰めていく。とてつもない魔力が、賢者から溢れていく。それはテルペリオンも同じだった。感じたことのないほどの力が、空気を震わせる。それは俺にも与えられ、ドラゴンのオーラが形作られていく。
賢者の表情が、怒りに満ち満ちていた、葉をむき出しにして笑っていた、目が狂気で輝いていた。激昂する姿を見ながら、俺はどうしても納得できない。
「なぁ、どうして長老を殺そうとするんだよ。根の国は退屈だったかもしれないけどさ、別に長老のせいってわけじゃないんだしさ」
「ほぅ。まぁ何も知らなければ、そう思っても仕方がないな。いいか?人類はな、もっと栄光に包まれるべきなのだよ。選ばれた種族なのだからな」
「自惚れおって」
テルペリオンの一言で、賢者の魔力が一段と強くなる。そしてテルペリオンも高まっていき、いつブレスを放ってもおかしくないほどだ。
「それはお前だドラゴンよ。退屈というがな、根の国は地獄だぞ。何もすることのない地獄だ。故に、我の呼びかけに皆答えてくれたのだよ」
城にいるのは賢者だけだと思っていたが、そうでもないらしい。4人の影が賢者の後ろから現れ、一触即発となる。極限状態となった城の中で、両者は攻撃の隙を伺う。もう話すことは無いという意味なのだろう。賢者は後ろに下がってしていく。
「白の賢者なら分別もあろうに」
「賢者?違うな」
さらに下がりながら、片手を上に揚げている。後ろの4人も手を前にし準備を整えたようだ。俺もドラゴンのオーラに意識を伸ばし、形を固定しテルペリオンの横に立つ。
結局、賢者はどうしてこんなことをするのだろうか。どうして長老を殺すのだろうか。ハッキリと理由が見えないモヤモヤがあるが、次の賢者の言葉でどうしてか全て納得できてしまった。
賢者の声が響き渡る。
『我は、魔王。全ての魔源樹の王』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます