第47話-旅の始まり-
そして始まってしまった旅を、俺は楽しんでしまっていた。目的は違うものの、アキシギルのことをもっと教えてもらうための旅をしようと約束していた。楽しみにしていたテルペリオンとの旅を堪能してしまっている。
やるべきことも、必要性も、わかっているはずだった。なのに、一番大事な何かを見逃してしまっているような感覚はまだ消えない。それが何なのかわからないまま、旅は続く。
「なぁ、テルペリオン」
「どうかしたか?」
テルペリオンに乗り目的地へ向かう間、どうしても不安になってしまい話しかける。でも、その後に続く言葉がどうしても出てこない。
「いや、なんでもない」
「そうか」
わざわざ追求してくるようなこともしてこない。そのまま無言の時間が続き、ただただ目的地が近づいてくる。
「今日はどこかで休むか」
「え?でもまだ早くない?」
「そうだな」
そう言いつつも高度を下げている。まだ昼過ぎで、夕暮れまでには目的地に到着するはずだったのだが、もしかしたら気を使ってくれたのかもしれない。
そのまま手頃な空き地に着陸すると、俺は黙々と野営の準備をする。帰り道まで使うことはないと思っていたテントなどを作っていく。一通り準備が終わると、珍しくテルペリオンが作ってくれた焚き火の前で休む。
「どうしたんだ?これ」
「どうとは?」
「いや、だって」
珍しいことをするものだと最初はそう感じたが、よくよく考えれば信じられないことだ。すっかり忘れかけてしまっていたが、戦闘以外では手伝わないという約束だったはずなのに、こんなことをしてくれるのは嬉しいがおかしい。
「今更だけどさ、最初の約束はもういいの?」
「約束?」
「戦い以外は手伝わないって約束」
「ふむ」
焚き火を囲うようにテルペリオンが横たわる。そして真正面から俺のことを見つめてきて、そういえばこうやって面と向かって話すのは久しぶりかもしれない。いつもはテルペリオンの頭の上で話したり、それこそ腕輪を介して会話しているから。
「細かいことだ」
「まぁ、別に迷惑ってわけじゃないんだけど」
「ではなんだ?」
「そもそもさ、どうして俺のことを助けてくれたんだ?なんというか、気まぐれか何かかなって軽く考えていたんだけど、そうじゃないのかなって」
その質問に、テルペリオンは笑っていた。といっても目の前でされると結構大きな音になる。焚き火とともに軽く吹き飛ばされそうになりながら、それはおさえてもらえた。
「何を考えているのかと思ったのだがな。気まぐれであることに変わりはない。あの時助けようと思ったのも、戦い以外手伝う気にならなかったのも、私の気まぐれだ」
「そう、なのか?じゃぁアレンを助けたのも気まぐれってっこと?」
「いかにも」
本当にそうなのだろうか。ドラゴンがそういう存在なのであればそうなのかもしれない。だが、今まで出会った人々は皆ドラゴンが俺という人間と共闘しているという事実に驚いていた。
特に王族として各種族とも交流のあるパトリックも聞いたことがないと常に言っていたのだから間違いがない。
もっと言えば、前例のないことだったからこそ俺は稀有な存在として好待遇を受けてきた。テルペリオンの口添えで犯罪者扱いされなくなったのもあるが、それ以上のものを手に入れられたのは間違いなく特別な状態だったからだ。
「気にかかることでもあるのか?」
「えっと、なんか、俺はずっと手伝ってもらってばかりで、テルペリオンに何も返せてないから」
そうだ。それが頭の隅に引っかかっていたこと、何だと思う。少し違う気もするのだが、少なくとも大事なことであることは間違いない。
「気にすることはない」
「でもさ」
「トキヒサのお陰で私の願いの一部はもう既に叶えられている。一部だがな」
「え?」
一体何のことだろうか。思い当たるところが全くなく、そもそも願いとは何なのか。テルペリオンのことを何も知らない自分に嫌気がさすし、一部しか叶えられていないというのもモヤモヤする。
「それって」
「ふむ、私の願いか。それを知るものはもうほとんどいない。長老たちは皆知っていたのだが、今となっては数えるほどか」
どこか寂しそうな雰囲気だった。ドラゴンの寿命は長いらしいが、その中でも長老のテルペリオンのことを理解している者はいないということか。
「あのさ」
「いや待て。直接願っても意味がなくなってしまう。そういう類のものだ」
「えっと」
「加えると私の欲するものを理解するには、あまりに知識が少なすぎる」
「知識?」
「アキシギルの知識だ。歴史と言った方が正しいかもしれん。これが終わったら旅をするのだろ?その後の方が良い」
「じゃぁ、頼むよ」
何も知らないではないかと、そういう意味ではないとわかっていても言われた気がした。そしてそんな風に言われると何も言い返せない。
とはいえアキシギルのことを教えてもらうための旅は予定通りに進められそうで安心した。もっと言えば、楽しみが増えたとも言える。
「楽しみにしているよ」
それからはテルペリオンとずっと昼過ぎから日暮れまでの長い時間を思い出話に費やした。
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