第43話-サナギ-

 「こっちこっち」

 ルーサさんに案内されて移動する。その様子を見るに無事なのだろうが、会って何を話せばいいのか悩んでしまう。

 アキシギルの記憶を全て消して、地球の記憶だけ残し、転移したてと勘違いさせるということになっていた。上手くいっていたとして、どう接するべきなのだろうか。アキシギルが、俺達の常識が通用しない世界であることに変わりはないのだから。

 「記憶はちゃんと消せているのかな?」

 「記憶?」

 どうしてか答えに困っていた。成功か失敗くらいなら、すぐに答えられそうなものだが何故だろうか。

 「わからないっていうのが正しいわね。まっ、見た方が早いわよ」

 そう言った後にルーサさんはどんどん進んでいく。どうなってしまったのか、いろんな想像をしてしまうがどれもしっくりこない。ルーサさんの言う通り、見た方が早そうだ。

 「これよ」

 「えっと、どうなっているんだ?」

 案内された先にあったのは、なんなのかよくわからない虹色の巨大な物体。この中にケイ君がいるということなのだろうが、どうしてこうなってしまったのか。

 「一言で言うのなら、サナギね。羽化するための、準備期間よ」

 「あの」

 「どうしてなんて聞かないでよね。私だってよくわからないんだから。テルペリオン、記憶はちゃんと消せているのよね?」

 サナギと言われれば、そんな風に見えなくもない。虹色なのでよくわからなかったが、手触りは岩のようで、どことなく脈動している。ルーサさんは理由がわからないと言っているが、それはどうやってこうなったのかという問いに対してのものだ。どうしてこうなったのかという問いに対しては、目覚めたくないからと思えて仕方がない。

 「アキシギルの記憶は、確かに消している」

 「じゃぁ、どうしてよ」

 「ケイの体は、アキシギルの住人のものだ。たとえ記憶を消したとしても、元通り地球のケイへと戻るわけではない。その不整合が、この事態を引き起こしている可能性はある」

 「無理に引きずり出すのは、やっぱり良くないわよね」

 「だろうな」

 中は一体どうなっているのだろうか。無理矢理が良くないというのは同感なのだが、確かめてみたくなる気持ちは強い。

 「中の様子は見れないのか?」

 「もう確認してあるわ。スヤスヤ眠っていたわよ。頭の中まで探るのは、流石にやってないわ」

 さらっと言われたルーサさんの言葉を聞きながら、なんとも言えない気持ちになってしまう。人の記憶を覗けるのだから、何を考えているのか頭の中を探れたとしても不思議ではないのだが、それでも顔をしかめてしまう。

 「そんな顔しないでちょうだい。勝手に覗いたりはしないわよ」

 「いや、それはわかっているよ。ごめん」

 「いいわ。でも、何にもわからないっていうのもね。テルペリオンはどうなの?」

 「私も同じだ。調べないとわからん」

 誰も何もわからないまま、沈黙が続く。サナギが脈打つ音だけが場を支配する。

 「ケイについては、長い目で見る必要があるだろうな。喫緊の課題は、私とトキヒサは白の賢者と対峙せねばならんということだ」

 「そうなんだけど、このまま放っておくのもね」

 辺境の地なので、誰かに見つけられたり何かされたりすることは少ないはずだ。でもこんな状態のケイ君を、この場に放置するのは避けたい。そうなると、頼れるのはルーサさんしかいないということにはなる。

 「いつ羽化するかわからないのに、ずっと見守れっていうこと?悪いけど、そこまでは無理よ」

 ルーサさんは何を求められているのか理解したようだった。先んじて主張していて、その言い分はもっともだ。なのだが、まさかこんなことになっているとは思わなかったので、何も準備ができていない。

 「エルフに任せちゃえば?」

 そんな適当でいいのだろうか。とはいえ、他に適任も、他の手段も、他の案も思いつかない。

 「動かして大丈夫なの?」

 「多分、大丈夫。重いからテルペリオンじゃないと運べないだろうけど」

 「少し待て」

 テルペリオンが再確認しながら持ち上げられないか確かめている。牙や爪で掴めば壊れてしまうのではと心配したが、そういうわけではないようだ。テルペリオンが力を込めると、サナギが宙に浮く。

 「問題ないな。このまま運ぶ、乗れ」

 安定したところで促された。ルーサさんを手で包んだあと、いつも乗っている頭の上へと跳ぶ。そして重いものを運んでいるとは思えないほどいつもと変わらずテルペリオンは飛び立った。

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