後編
第39話-先を見すえて-
一度、立ち止まりたい。立ち止まって、ゆっくり考えたい。
それが正直な気持ちだった。でもそれは、叶わない。
テルペリオンの頭の上に乗り移動しながら会話する。
「なぁ、その白の賢者って、そんなにヤバいのか?」
「今トキヒサが考えているより、遥かに状況は良くない」
「つまり、テルペリオンでもどうにもならないってことなのか?」
その問いの返答は、しばらく来なかった。黙ってしまったテルペリオンの頭の上で、答えられないほどのことなのか、それとも聞いてはいけないことを聞いてしまったのか。その疑問も問いの返答も、どちらともわからずじまいだった。何故ならテルペリオンの次の言葉が、少し話を逸らすようなものだったから。
「いずれにしても、奴の狙いは長老達だ。急いだ方がいい」
「そう、だな」
テルペリオンとの最期の旅になってしまうかもと思っていた。
だが、アレンの記憶の先にあった真実は思いもよらぬもの。まさか一夫多妻制が、一妻多夫制がある意味で全ての元凶だったとは思いもよらなかった。人類が強くなるために作られた制度が、人類を苦しめていたとは不幸としか言いようがない。
「どうにも解せんな」
「あぁ、まぁ、俺もまさか少子化が原因だとは思わなかったけどさ」
「ふむ。それは盲点であったが、理由を聞けばわからなくもない。根の国で自我を保ってしまったのも、唯一の接点である子孫を欲するのも、失くしたが故の怒りも、気付かなかったことだが理解はできる。」
「じゃぁ、何のこと?」
「何故、長老を襲おうなどと考えるのだ?」
思っていたのとは違う疑問だった。でも、テルペリオンがわからないのは無理もないかもしれない。象徴でしかないという長老たちを襲う必要は、確かに無い。でも俺達人間にとっては、象徴というものがなにより大切だったりするのだから。
「恨み、みたいなものなんじゃないかな」
「それが解せぬのだ。賢者ともあろうものが、そんな恨みを持つものなのか?」
「えっと」
そう言われても困ってしまう。賢者というのがどういう存在なのか、俺は何も知らないのだから。そして、考えたくないことが頭をよぎってしまう。
「それはわからないんだ。でさ、あんまり言いたくないんだけど、もうテルペリオンだけで対応したほうが良いんじゃないか?」
「む?」
「いや、だって。テルペリオンなら俺がいなくても戦えるでしょ。でも俺はテルペリオンがいないと戦えない。あんまり弱音を吐きたくはないんだけどさ、もう俺達だけの問題じゃなくなっていないか?」
再びテルペリオンは黙ってしまった。もし、この話が俺達だけの問題であるならば、あの時たまたま同じ教室にいただけの俺達だけの問題であるならば、こんなことは決して言わない。どんなに時間がかかったとしても、きちんと俺達が、もっと言えば俺が決着をつけなければならないと思う。そんなことはわかっている。
ただ、その賢者というのが、それほどまでに危険な存在なのであれば、そんなことを言っている場合では無いのではないかと思ってしまう。テルペリオンは俺の助けなど必要としないはずだ。確かに、手加減して何かをするのであれば俺がいた方が良いこともあると思う。
でも賢者には手加減などいらない。少なくとも、ただ滅ぼすだけなのであればそんなものは必要ない。むしろテルペリオンが本気で戦うのであれば、俺は邪魔でしかない。残念ながら、そうなってしまう。
「買い被り過ぎだ。老いたこの体では、どうせ大したことはできん。それにだ、賢者は元々は人間だ。かなり特殊な存在であるが、人間であることに変わりはない。人間の問題は、人間が解決すべきだ。他の種族は、あくまで助けるに留めるべきだ」
「まるで、俺が人間の代表みたいだ。この世界の出身ですら無いのに、いいのかな?」
「そんなことを気にしていたのか?むしろ、トキヒサ以上の適任はおるまい。何が起きているのか、一番正確に把握している人間であろう?この件の最初の被害者でもある。それに前にも言ったはずだ、魂が人間なら人間だ。どこの出身のどんな存在であろうともだ」
テルペリオンの言葉を聞きながら、また自分が期待を裏切るようなことばかり考えている気がしてしまった。それだけ俺のことを信頼してくれているということだろう。
何がそこまで思わせているのか自覚はない。だが自覚がないだけで、それだけのことができていたのだろう。そう自分に言い聞かせたいと思った。
「わかったよ。悪かったね」
「不安になるのはわかる。だが、私がいるのだ。心配する必要はない」
「あぁ」
もう頼られっぱなしだとか、そんな風に考えるのはやめよう。ここまで来たのだから、共に最後まで歩みたい。そう、決めた。
「なぁ、テルペリオン」
「どうした?」
「全部終わったらさ、旅をしよう」
「旅?」
「そう。この世界のこと、もっとたくさん知りたいんだ。そのための旅に、一緒に行かないか?ああ、アリシアもね」
「それは構わん。だがこの世界の名はアキシギルだ」
「あはは。そうだったね」
つい、この世界だとか異世界だとか、そう言ってしまう。そもそもそれが良くないんだと思う。だってアキシギルという名前が、きちんとあるのだから。
「ふむ。見えてきたぞ」
テルペリオンに言われて前を見ると、何度目かの長老の村が見えてきた。一見、何も起こっていないかのような静寂。本当に何も起こっていなければいいのにと思いながら、到着が間近に迫ってきていた。
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