第34話-老年期:アレンの最期-

 「あれが、世界樹」

 それは、アレンとして初めて見る世界樹。子供の頃からずっと聞いていた。雄大で、完璧で、拝めることが出来ただけでも光栄だった。 

 それは、トキヒサとして初めて見た世界樹。ただ大きいだけでなく、どこか神秘的で力強い。その偉大さを体で感じ取っていた。

 「真っすぐは無理か」

 それは、アレンとして見た世界樹への道筋。もう見えているのに、間にあるのは断崖絶壁ばかり。一度戻って迂回しなければならないのは煩わしい。

 それは、トキヒサとして見た世界樹への道。そういえば、あんなものを見たのに俺はどうして世界樹へ向かわなかったのだろうか。人里などどうせどこにあるのかわからないのだから。わかりやすい目標である世界樹を目指してもおかしくない。

 いや、おかしい。あの時の、転移したばかりと思っていたトキヒサが、どうして世界樹へ行こうとしなかったのか。あんなにわかりやすい目的地は、他に存在しないというのに。

 「仕方がない。戻るか」

 それは、アレンとして歩いてきた道。何度も倒れそうになりながら、実際に何度も倒れながら、なんとか歩いてきた道。

 それは、トキヒサとして初めて歩いた道。逆走ではあるが、右も左もわからなかった時、最初に歩いた道。

 「ダメ、かもな」

 それは、思うように足が動かないアレンの歩み。過酷な世界樹への旅で、もう体力の限界。ボロボロの体をやっと動かしている。

 それは、思うように足が動かないトキヒサの歩み。そういえば、どうも歩きにくく、まるで自分の体ではないような変な感じがしたことを思い出す。他人の体を動かしていたからだと、ようやく気づけた。

 「うぅ」

 それは、アレンの命が尽きる時。世界樹を見ることが出来て、緊張の糸が切れてしまった。とっくの昔に限界をむかえていた体は、倒れたまま指の一本も動かない。

 それは、トキヒサとは関係がない。アレンの最期。


 アレンの死。


 「お、終わりなのか?」

 「そのようだ」

 意識をトキヒサに戻し、景色が黒く染まっていくのを見る。アレンとしての記憶はここまでで、記憶は閉じていく。そのまま魔源樹へと変化していくアレンを感じながら、本当にこれで終わりなのかと戸惑う。

 「どうしようか」

 「ふむ。帰るしかないのだが」

 歯切れの悪い答えをするテルペリオンは珍しい。だが、アレンは魔源樹となってしまっているし、これから先には何もないはずだ。

 「待って」

 魔源樹となったはずのアレンの記憶が、再び始まっていた。体が魔源樹となったとしても、まだ魂が残っている。そして、魂にも記憶の一部が宿る。

 「時間か」

 「いや、でも」

 「これからアレンの魂は、根の国へ行き溶け会う。体験するのは危険すぎる」

 「そうじゃなくて」

 何かがおかしい。本当にこれで終わりなのだろうか。何か重要なことを見落としている気がする。

 「進もう、テルペリオン」

 「なんだと?」

 「これからが大事なんだ。ほら、魔源樹の魂が杖になっていた。アレンの魂も、杖になるはずなんだ。なのになっていない。それに、アリシア達の杖に魂があるんじゃないんでしょ?」

 「ふむ。確かにそうだ」

 杖の中に人間の魂が封じられていたら、気づくはずだ。少なくともテルペリオンがわからないわけがない。なのに知らないということは、魔源樹が持っていた、ケイ君も持っていた禍々しい杖が特別ということになる。

 アレンの魂が、正確に言えば俺達のような地球の住人の体となっている魔源樹の魂が、根の国にあるのはおかしい。本当はそうなるべきなのだとしても、そうはならない特別な何かが起こるはずだ。

 「本当に良いのだな?」

 「頼む」

 「いいだろう。少し待て」

 返事を聞くとすぐに、テルペリオンが準備を始める。光のオーラに包まれ、いつの間にか失われていた手足の感覚が戻ってくる。だがそれは、人のそれではない。トレントと戦ったオーラと同じようにドラゴンの形を模している。

 「これで少しは軽減されるはずだ」

 「ありがとう」

 ドラゴンとしてふるまえば、形のない根の国でもなんとかなるということか。今も根の国にいるが、あくまでアレンの記憶として動いている。その記憶がさらに根の国へ行くのだから、自分の形を定める必要があるのだろう。

 「始まったのか」

 「そのようだ」

 アレンの死後が始まる。魂が根の国へと引きずり込まれていく。そして、そのまま形も何もかも失い、溶けあっていく。そのはずだった。

 「妙だな」

 「こういうものなのか?」

 「そんなはずはない。うーむ、まさか、そうか、そういうことか」

 アレンの魂は、いつまでも溶けあうことはなかった。だがその姿は、人間のものではない。魔源樹の姿となり、いつまでも存在している。テルペリオンは何かに気づいたようで、勝手に納得していた。

 「どういうことなんだ?」

 「魔源樹として形が残っているからだ。遥か昔、まだ魔源樹が存在しなかった頃。人類は死体を焼き、骨を壺に収めて地面に埋めていたと聞く。墓という文化だったか。骨を介して根の国の死者の魂と触れ合いたいというものだが、骨だけであっても死体が残っている以上、根の国でもある程度は魂として独立できていたということだ。それが、魔源樹として形が残っているのであれば、根の国で完全に独立できている説明ができる」

 「えっと」

 「つまり、魔源樹となった人間の魂は、根の国で生きているということだ」

 「いや、それは」

 だとして、何が問題なのか。その答えは、アレンの死後の記憶。あるはずのない、死んだ後の記憶の中にある。

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