第33話-老年期:過酷な旅を見ながら-

 断片的なアレンの記憶を見た後に、テルペリオンに時を早めてもらう。世界樹へと向かう過酷な旅をする記憶を感じながら、今まで自分が何をしてきたのかと考えてしまう。

 「なぁテルペリオン」

 「どうかしたか?」

 「俺は、アレンが欲しがっていたものを、全部手に入れていたのかな」

 パルメリオとパトリック、アシュリーとアリシア。ドワーフはよくわからないが、アレンが欲していた親友関係や結婚関係。人生の最期に欲しがっていたものを、俺は持っている。

 「気に病む必要はない」

 「いや、そういうわけにはいかないじゃないか。だって俺は、何の苦労もしないで、全部手に入れているんだから」

 つい反論してしまった。でも、俺はその事実から目を逸らしてはいけないと思う。確かに、来たばかりの頃は多少苦労したかもしれない。なにせ、いきなり犯罪者扱いされていたのだから。

 でもそれだけだ。テルペリオンに出会ってからは、俺はほとんど何もしていない。魔法はテルペリオンに借りた力を使っていただけだし、自分の力で会得していたと思っていた格闘技もアレンの体が覚えていただけに過ぎない。

 なら俺は、一体何をしてきたのだろうか。他人の力の上であぐらをかいていただけの俺は、一体何なのだろうか。

 「確かに、人に頼りきりは良くない。だがなトキヒサ、人に全てやらせていたわけではあるまい。私の力を頼っていたとしても、アレンの力を使っていたとしても、トキヒサ自身が戦っていたことに違いない」

 「そう、だけどさ」

 「いいか、何もかもすべて、最初から最後まで自分の力だけで成し遂げることが出来るのはドラゴンだけだ。成し遂げねばならんのは、私達ドラゴンだけだ。人間に、トキヒサにそこまで望むものなどおらん」

 熱弁するテルペリオンに対し、何も言えなくなってしまう。それでいいのかと思いつつ、そうであったらと思いつつ、そんなことではないと思いつつ。

 「納得できんのか?周りにトキヒサを責める人がいたのか、よく思い出すことだ。あまり自分のことを責めすぎるのも、時に他人に失礼なことになる」

 「わ、わかったよ」

 まさか、そんな理由で怒られることになるとは思いもしなかった。でも言いたいことはよくわかる。

 「悪かった」

 「ふむ」

 「あのさ。アレンはさ、なんで世界樹を目指したんだろうか?」

 「ん?」

 困らせようという意図はなかったのだが、流れで聞いてしまった。頭に流れ込んでくる過酷な旅の記憶は、どうしてここまでと思ってしまうし、俺にはとてもできないと思ってしまう。

 「これは短命な種族であるが故の特徴だ」

 「短命?」

 「そうだ。生きた証を残したくなるものだ。世界樹へ向かい、その名を刻む。人間にとっては、これ以上ない名誉なことだ」

 「そんなものなのか?」

 全く理解できないのは、俺がまだ若輩者だからなのか、それとも価値観の問題なのか。もしかしたら、一生その気持ちはわからないのかもしれない。歴史に残るということに、そこまでする価値があるのだろうか。

 「人間とはそういうものだ。いつかわかるはずだ。それにしても、まさかトキヒサとアレンが同じ悩みを持っていたとはな」

 「悩み?」

 「父親がわからないという悩みのことだ」

 「えっと」

 確かに、アレンは父親とのトラウマが原因で父としてのふるまいがわからなかったらしい。俺にも同じことが言える。俺も未だに父親としてどうすればいいのかわからないのだから。

 だから言うことは間違いではないのだが、テルペリオンからその言葉が出てきたことに驚いてしまう。

 「なんだ?」

 「い、いや。知っていたんだなって」

 「不快だったか?」

 「そういうわけじゃないけど」

 不思議と不快ではなかった。それに知っていてもおかしくはない。俺達はずっと、一緒だったのだから。

 「ならいいのだが、さて、そろそろ到着だな」

 「え?でも世界樹までは、まだある」

 「その通り。だが残念ながら、体力の限界だ」

 「そんな」

 そう言いながら、意識をアレンに寄せると確かに体力の限界が近づいていた。だとすれば、辿り着けなかったということなのか。

 「ここまで来たのに」

 「そういうものだ。辿り着ける人間の方が少ないと聞く。それより近づいた方が良い。何かが起きるとしたら、これからだ」

 「あ、ああ」

 もう一度意識を寄せる。

 記憶をずっと見て来て、アレンがどういう人物なのかわかってきている。どうしても、悪意を持って俺達の魂だけ連れてきたとは思えなかった。それならば、一体何があってそんなことをしたのか。答えが目前に迫っている。

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