第32話-老年期:旅立ちの前に-

その14

 「本当に行っちまうのか。寂しくなるじゃねぇか」

 「お互いに、そんな歳でもないでしょうに」

 「そうなんだがよ。人間はよ、老いたら全員どっかに行っちまう。墓すら残らねえし、どの木なのかもわからねぇ。魔法を使う代償か?難儀なもんだな」

 「はははは」

 世界樹へと旅立つ前に、お世話になった人達を訪れていく。最初に来たのはずっと仕事を仲介してくれていたドワーフの所。少し離れたドワーフの街だったが、足しげく通い依頼も定期的に受けてきた。

 人間の街が嫌だったわけではないが、良くも悪くも有名になりすぎていた。だからたまにはドワーフの街でゆっくりしながら、ついでに依頼も受けていた。

 同じように歳を重ねているはずなのに、ドワーフの見た目の変化は少なかった。髭だらけの顔で昔から年齢がよくわからないだけでもある。

 「にしてもよ。世界樹を目指せるんだったか。良かったじゃねぇか。無事に辿り着けるといいな」

 「もうこの歳だ。無理だろうな」

 「そんなこと言うんじゃねぇよ」

 世界樹への旅は、生易しいものではない。観光地でも何でもないし、道が整備されているわけでもない。

 そもそも、世界樹へ行くというのは儀式であり試練だ。儀式であるからこそ誰でも行けるわけではないし、試練であるからこそ簡単に辿り着けては意味がない。

 どうして世界樹へ行くのか。ただの名誉以上の意味などない。もっと言えば、この旅自体が名誉だ。世界樹に辿り着きたい、でも辿り着いたとしても誰に知られるわけではないない。唯一、以前辿り着いた者の名を知ることが出来るだけ。今後辿り着く者たちに自分の名が知られるだけ。

 「おっ、行くのか。じゃあな、元気にやれよ」

 ドワーフに手を振りながら、その場を後にする。もう、会うことはないであろう恩人のもとを去る。



 「やあアレン。手続きは問題ないぞ。良かったじゃないか、私も嬉しい限りだ」

 「はい。誠にありがとうございます」

 「はぁ、つれないねぇ。君と私は友ではないか。友の名誉を喜ばぬわけがあるまい」

 「滅相もないです」

 前王に友と呼ばれ、素直に嬉しかった。皇太子だったパルメリオも、順調に即位し今は隠居生活をしている。ほぼ同い年なのだが、まだまだ元気そうに見えた。

 「それにしても、世界樹とは、お前らしい。先人によろしく」

 「かしこまりました」

 「私も行くかもしれん」

 さりげなく言われたことに驚く。王族が世界樹に行くこと自体は珍しい事ではないが、パルメリオはもう歳だ。人のことは言えないがそれでも珍しいことに変わりはない。

 「アレン、お前の気持ちはよくわかる。どんなに周りから認められたとしても、魔源樹となってしまえば何も残らん。何か生きた証を欲する気持ちは私も同じだ。私も、世界樹へ向かう人材としては申し分ないからな」

 「左様でございますか。では、お待ちしております」

 「達者でな」

 挨拶するとパルメリオのもとを去る。最後の言葉は、彼なりに発破をかけてくれたのだと思う。立場上、本当の友のようにふるまうことは出来なかった。それでも、生涯で一番の友であったことは疑う余地がない。

 もし、また会うことがあるならば、親友として色々なことが出来たらと願う。



 「行ってしまうのですね。あの街は、今でも平和ですよ」

 「それは、良かったです」

 王城に来たついでというわけではないが、どうしても会いたかった人がいた。7体の悪魔と戦ってから、俺が討伐屋として引退した後も話すことが多かった。

 アシュリーさんももうすっかりおばあちゃんになっていて、今は孫たちと遊んで暮らしているらしい。1人っ子が好まれる世の中において、たくさんの孫に囲まれるのは幸せなことだといつも言っていた。

 「アレンさんなら、当然のことですね。あの時いなかったらと思うと、背筋が凍ります。その後も世話になりました」

 「いえ、大したことは」

 そこで間を置かれ、何かあるのかとアシュリーさんを見る。

 「その、失礼なことだと思っていて、ずっと聞けなかったことがあるんです」

 急に神妙な面持ちになった。最後まで聞いていいのか悩んでいた様子がわかる。

 「なんでしょう?」

 「怒らないで欲しいのですが、どうして結婚されなかったのですか?幼馴染の方のことは聞いていますが、まだお若い頃のことと聞いています。アレンさんならお相手はたくさんいたと思いますし」

 「それは」

 幼馴染が死んだのは、ショックだった。それでも、アシュリーさんの言う通りまだ若かったころの話だ。良い意味でも有名であったし、結婚を勧められることも多かった。

 「あっ、やはり失礼でしたね。申し訳ありません。私は小さい頃から許婚がいて、そんな選択が出来なかったものですから。どういうお気持ちだったのか聞きたくなってしまいまして」

 「あぁ、そんなに気にされることではないですよ。ただ、上手く言葉にできないというか。そうですね。親として、どうふるまえばいいのかわからなかったんです。私の母親は物心つくまえに死んでしまい、父親には苦労させられたので、自分が親としてどうすればいいのかわからなかったんです。その点、幼馴染とは上手くやっていけそうな気はしてたんですけどね。他の女性とは、どうしても」

 「さ、左様でしたか。言いづらいことをありがとうございます」

 アシュリーさんは深く礼をしてくれた。その後は2人で思い出話をずっとして、気づけば暗くなってしまっていた。そのまま王城に泊まるわけにもいかないので、急いで帰り支度をする。

 アシュリーさんに見送られてから、自分の宿へと帰っていく。その帰り路の中で考えていたことは、俺が最後まで言い出せなかったこと。幼馴染以外の女性と上手く行く気がしなかったのは本当のことだ。ただ1人を除いて。

 アシュリーさんとは、もしかしたらと思ってしまっていた。自分の年齢とか、お互いの立場とか、そんなものを考えなくていいのであれば、結ばれたかったと思っていた。叶うことはなかったし、叶えられるはずもなかったことだ。

 もし、また会うことがあるならば、夫婦になれたらと願わずにはいられなかった。

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