第32話-老年期:旅立ちの前に-
その14
「本当に行っちまうのか。寂しくなるじゃねぇか」
「お互いに、そんな歳でもないでしょうに」
「そうなんだがよ。人間はよ、老いたら全員どっかに行っちまう。墓すら残らねえし、どの木なのかもわからねぇ。魔法を使う代償か?難儀なもんだな」
「はははは」
世界樹へと旅立つ前に、お世話になった人達を訪れていく。最初に来たのはずっと仕事を仲介してくれていたドワーフの所。少し離れたドワーフの街だったが、足しげく通い依頼も定期的に受けてきた。
人間の街が嫌だったわけではないが、良くも悪くも有名になりすぎていた。だからたまにはドワーフの街でゆっくりしながら、ついでに依頼も受けていた。
同じように歳を重ねているはずなのに、ドワーフの見た目の変化は少なかった。髭だらけの顔で昔から年齢がよくわからないだけでもある。
「にしてもよ。世界樹を目指せるんだったか。良かったじゃねぇか。無事に辿り着けるといいな」
「もうこの歳だ。無理だろうな」
「そんなこと言うんじゃねぇよ」
世界樹への旅は、生易しいものではない。観光地でも何でもないし、道が整備されているわけでもない。
そもそも、世界樹へ行くというのは儀式であり試練だ。儀式であるからこそ誰でも行けるわけではないし、試練であるからこそ簡単に辿り着けては意味がない。
どうして世界樹へ行くのか。ただの名誉以上の意味などない。もっと言えば、この旅自体が名誉だ。世界樹に辿り着きたい、でも辿り着いたとしても誰に知られるわけではないない。唯一、以前辿り着いた者の名を知ることが出来るだけ。今後辿り着く者たちに自分の名が知られるだけ。
「おっ、行くのか。じゃあな、元気にやれよ」
ドワーフに手を振りながら、その場を後にする。もう、会うことはないであろう恩人のもとを去る。
◇
「やあアレン。手続きは問題ないぞ。良かったじゃないか、私も嬉しい限りだ」
「はい。誠にありがとうございます」
「はぁ、つれないねぇ。君と私は友ではないか。友の名誉を喜ばぬわけがあるまい」
「滅相もないです」
前王に友と呼ばれ、素直に嬉しかった。皇太子だったパルメリオも、順調に即位し今は隠居生活をしている。ほぼ同い年なのだが、まだまだ元気そうに見えた。
「それにしても、世界樹とは、お前らしい。先人によろしく」
「かしこまりました」
「私も行くかもしれん」
さりげなく言われたことに驚く。王族が世界樹に行くこと自体は珍しい事ではないが、パルメリオはもう歳だ。人のことは言えないがそれでも珍しいことに変わりはない。
「アレン、お前の気持ちはよくわかる。どんなに周りから認められたとしても、魔源樹となってしまえば何も残らん。何か生きた証を欲する気持ちは私も同じだ。私も、世界樹へ向かう人材としては申し分ないからな」
「左様でございますか。では、お待ちしております」
「達者でな」
挨拶するとパルメリオのもとを去る。最後の言葉は、彼なりに発破をかけてくれたのだと思う。立場上、本当の友のようにふるまうことは出来なかった。それでも、生涯で一番の友であったことは疑う余地がない。
もし、また会うことがあるならば、親友として色々なことが出来たらと願う。
◇
「行ってしまうのですね。あの街は、今でも平和ですよ」
「それは、良かったです」
王城に来たついでというわけではないが、どうしても会いたかった人がいた。7体の悪魔と戦ってから、俺が討伐屋として引退した後も話すことが多かった。
アシュリーさんももうすっかりおばあちゃんになっていて、今は孫たちと遊んで暮らしているらしい。1人っ子が好まれる世の中において、たくさんの孫に囲まれるのは幸せなことだといつも言っていた。
「アレンさんなら、当然のことですね。あの時いなかったらと思うと、背筋が凍ります。その後も世話になりました」
「いえ、大したことは」
そこで間を置かれ、何かあるのかとアシュリーさんを見る。
「その、失礼なことだと思っていて、ずっと聞けなかったことがあるんです」
急に神妙な面持ちになった。最後まで聞いていいのか悩んでいた様子がわかる。
「なんでしょう?」
「怒らないで欲しいのですが、どうして結婚されなかったのですか?幼馴染の方のことは聞いていますが、まだお若い頃のことと聞いています。アレンさんならお相手はたくさんいたと思いますし」
「それは」
幼馴染が死んだのは、ショックだった。それでも、アシュリーさんの言う通りまだ若かったころの話だ。良い意味でも有名であったし、結婚を勧められることも多かった。
「あっ、やはり失礼でしたね。申し訳ありません。私は小さい頃から許婚がいて、そんな選択が出来なかったものですから。どういうお気持ちだったのか聞きたくなってしまいまして」
「あぁ、そんなに気にされることではないですよ。ただ、上手く言葉にできないというか。そうですね。親として、どうふるまえばいいのかわからなかったんです。私の母親は物心つくまえに死んでしまい、父親には苦労させられたので、自分が親としてどうすればいいのかわからなかったんです。その点、幼馴染とは上手くやっていけそうな気はしてたんですけどね。他の女性とは、どうしても」
「さ、左様でしたか。言いづらいことをありがとうございます」
アシュリーさんは深く礼をしてくれた。その後は2人で思い出話をずっとして、気づけば暗くなってしまっていた。そのまま王城に泊まるわけにもいかないので、急いで帰り支度をする。
アシュリーさんに見送られてから、自分の宿へと帰っていく。その帰り路の中で考えていたことは、俺が最後まで言い出せなかったこと。幼馴染以外の女性と上手く行く気がしなかったのは本当のことだ。ただ1人を除いて。
アシュリーさんとは、もしかしたらと思ってしまっていた。自分の年齢とか、お互いの立場とか、そんなものを考えなくていいのであれば、結ばれたかったと思っていた。叶うことはなかったし、叶えられるはずもなかったことだ。
もし、また会うことがあるならば、夫婦になれたらと願わずにはいられなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます