第31話-老年期:世界樹に行こう-
「これは、移住命令書?」
「そのようだ」
「なんでこんなものが。いや、そんな歳になっているということか」
気づけば小さな部屋の中にいた。そして、その手に握っていたのは1枚の書類。期限までに指定された街へ移動するように命令するもので、行ったこともない街の場所と名前が記されている。
よくよく自分の体を見ると、手は皺だらけだし、体の節々が痛む。かなりの老齢であることはすぐにわかった。
そしてどうしてこんな命令をされるのか。それは街中で魔源樹となってしまうことを避けるためだ。アレンの少年の頃の記憶にもあった、村の老人がどこかへ旅立ってしまう光景。自分にも同じ時期が来たのだと、ただそれだけのことだ。
「くっ」
「どうかしたか?」
「いや、アレンの記憶と感情が入ってくるんだ」
悲しみか、怒りか、それとも安堵か。人生が終わってしまうことを通知されたようで、今までの人生を振り返りながら複雑な感情を抱く。
誰しもが魔法を使うようになった時代。親父はそれが気に食わなかったらしく、幼かった私から杖を取り上げ、格闘技の訓練ばかりの日々が続いた。だが成人する頃には魔法の使い道が飛躍的に増えていて、魔法をまともに使えない私にはまともな仕事が無い。唯一の取柄になるはずだった格闘技も、魔法の前では何の意味もなかった。
周囲から罵倒され、蔑まれ、酷評される。それに耐えきれずに逃げ出して、魔物と戦いながらやっと辿り着いたドワーフの街。決して住みやすい街ではなかった。誰の助けも無く、妖精のイタズラによって見ず知らずの土地に飛ばされてしまう。
そこで出会ったテルペリオン様と、辿り着いたガーダンの街。まさか、人生の転機がそこにあるとは思いもしなかった。何をしていいのかわからなかった私に、テルペリオン様は生きる意味を与えてくれた。ガーダンに鍛え直してもらっている日々も、とても充実したものだった。でも、いつまでも頼りきりというわけにはいかない。
昔住んでいた街の競技会に参加しようと思い立った。トラウマがある街をあえて選んだのは、過去から逃げてはいけないと直感的にわかっていたから。それは正解だったと思う。自分の格闘技がどれほどのものなのか、魔法を使えなくても通用するのか。俺を知っている人がいる街で、より強く自分の成長を実感できた。
そして再び始まった人間の街での生活。気の合う仕事仲間もできて、幼馴染ともいい感じの雰囲気になれた。ゆくゆくはと思っていた矢先に、幼馴染が死んでしまったことは、人生で一番の後悔。
それでも生き続けた。生涯独身だったが、充実した人生だった。振り返ると、あれから色々な仕事をしてきたと懐かしく思う。
盗んだものの隠し場所が最後までよくわからなかった盗賊3人組。皇太子の護衛の仕事で唯一忍び込もうと試みた女性。7体の悪魔に乗っ取られてしまった貴族達。
たくさんの魔物を討伐してきたというのに、印象に残っている仕事は人間絡みのものばかりだった。
そういえば、ずっと一緒に仕事をしていたアイツは今どうしているのだろうか。7体の悪魔の封印を見届けた後に、討伐屋として店じまいになった。少しの間は一緒にいたが、やはり仕事仲間という印象が強すぎて、いつしか離れ離れになっていた。
それから俺は、仕事で仲良くなったパルメリオやアシュリーさんと意味もなく喋ったり、ガーダン譲りの格闘能力を指導したりしながら余生を過ごしていた。
唯一無二の人生、それもここまで、もう体が動かない。妻もなく、子もなく、あとは孤独に死にゆくだけ。
本当に、これで終わりなのだろうか?
何かやり残したことがあったような気がする。何かはわからないが何かある気がする。何かしないと心の穴が埋められない。
「てっきり悪魔を倒してから何かあったと思ったんだけど、そんなわけじゃないんだね」
「ふむ。続きへ行くとしよう」
「そうだね」
モヤモヤした気持ちは、それほど長く続かなかった。それは、アレンの中で結論が早く出たのが大きい。
世界樹に行こう。
どうしてそう思ったのか、どうしてそうするのか、どうして気分が晴れやかなのか。
今の俺にはわからない。トキヒサとして記憶を見ているだけではわからない。アレンにしかわからない。
所詮は他人の記憶だ。だから本当の意味で理解できるわけがない。それでも断片的にわかるのは、世界樹というものがアレンにとって憧れであること。そこを訪れるということが、誰にとっても特別なことであること。
「なるほど。アレンなら許可されてもおかしくない」
「どういうこと?」
「世界樹は神聖な場所だ。誰でも行けるわけでもないが、アレンならば許されるだろう。それだけの功績がある」
「そ、そうか」
確かなことは、それが栄誉なことであること。それからアレンは街を駆けずり回り、世界樹を目指す許可をとっていく。途中で失敗し、死に至り、魔源樹となっても問題ないように、問題ない道筋をたてていっていた。
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