第30話-中年期:決断-

 「さて、どうする?」

 後ろに、誰かいるのだろうか。もはや自分の体がどうなっているのか、どっちを向いているのか、どこまでが自分なのかすらわからない。

 「ちょっとトキヒサ、しっかりしなさいよ」

 「しかたあるまい。アレンとトキヒサ。2人が混在しやすいのはわかっていたことだ」

 俺がトキヒサだとはわかっていた。忘れていたわけではなく、アレンになりきっていたわけではない。あの時とは違う。

 でも、どうして忘れてしまっていたのだろうか。一緒に根の国に来てくれたドラゴンと妖精のことが、今まで頭から消えてしまっていた。

 「テルペリオン?ルーサさんも?」

 「なによ?アレンの記憶に、私達はいない。だから見えなかったのよ」

 「トキヒサ、もう時間がないぞ」

 いつもいつも、時間がない。自分がどれだけ時間を無駄にしてしまっているのか。そんな後悔する時間もない。

 「ケイ君は、どうなっているんだ?」

 「まだ根の国に同化しているわけではない。本人は根の国で人生をやり直したいと思っているようだ」

 「バカね。こんなところに何もないわよ。だからこそ自分の思い通りになった気はするかもしれないけど、現実じゃないわ」

 話している間に、テルペリオンとルーサさんの姿がハッキリしてきた。よく見ると、光の玉のようなものの中でケイ君が眠っている。

 「戻せるのか?」

 「彼はもう、自分が何者なのかはわかっている。今なら戻すことは可能だ」

 「記憶は?」

 「もちろん。全て覚えている。根の国での出来事もな」

 そうなって、しまうのか。記憶を全て保ったままに戻ってもらったところで、同じことになってしまうのではないか。俺に止めることが出来るのだろうか。

 「記憶を消すことは出来るんだよな」

 「いかにも」

 「トキヒサ、まさか」

 驚くルーサさんを、テルペリオンが制してくれた。俺も、そんなことをしていいのかわからない。でも、ケイ君を救うにはそれしかないと思った。

 「地球の記憶は全て残して、1年後に目覚める。なんてことはできるかな?」

 「ふむ。可能ではあるが、1年間どうする?根の国に置いていくわけにはいかん」

 「そこは、眠っていてもらおうかなって。1年くらいなら、体もなんとかなるだろうし」

 全ての記憶を消すわけにはいかない。そんなことしたら、もはやケイ君と呼べなくなってしまう。仮に同じ魂だとしても、生まれてからの記憶は大事なものなのだから。

 地球の記憶を消し、1年後に目覚めてもらう。そうすれば、あたかも1年後に初めて来たと思ってくれるだろう。それからどうすべきなのか、今はわからない。だからこそ、1年の猶予が欲しい。俺自身が、答えを出すまでの時間が欲しい。本当はもっと長い方が良いが、魔法があるとはいえ、ずっと眠ったままにするのだから1年後が適当だろう。

 「いいだろう。ルーサもかまわんな?」

 「別に文句はないけど、トキヒサはこれからどうするの?」

 「俺は」

 死んでしまった幼馴染に、3人組の盗賊、皇太子に夜這いを仕掛けた元貴族の女、7体の悪魔に体を乗っ取られてしまった貴族達。アレンの記憶の中で見てきたものは、特に印象が強かったその人たちは、どう考えても同級生達と繋がっているようにしか見えない。

 人里ではなく、果ての地へと向かって行った3人組。皇太子パトリックと出会うように動いたであろうヨシエさん。7体の悪魔の封印を解き、その身に宿したマコト達7人。

 だとしたら、アレンとは何者なのだろうか。どうして、アレンの知る人達ばかりが同級生の体になっているのか。そして、アレンはどんな目的を持っていたのか。

 知るのが怖い。でも知らなければならない。

 「俺は、このままアレンの記憶を辿るよ。最後まで、見ないと」

 「本気?」

 「ああ」

 ついさっきまで、アレンの記憶に引きずられて大事なことを忘れていたというのに、何を言っているのだろうか。でも、危ないということは最初から分かっていたことだ。

 「では、私が共に行こう。ルーサ、ケイのことは任せるぞ」

 「わ、わかったわよ。でも力はよこしなさいよ?」

 「ふむ」

 テルペリオンが力を分けている。それもすぐに終わると、ルーサさんはケイ君を連れて行ってしまった。

 「待たせたか?」

 「いや、行こう」

 「いいだろう。次は最期の記憶を見るとしよう。アレンの死の間際の記憶を」

 「わかった」

 つまり、もう終わりにするということか。アレンは最期に何を思ったのだろうか。本当に、アレンが俺達を呼んだのか。だとして、アレンに何があって、俺達に何をさせたいのか。テルペリオンに運ばれながら、何が待っているのか想像してしまった。

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