第29話-中年期:追いかける背中-

 「な、なんとかなるもんだな」

 「そうね。初めは驚いたけど、結果的には良かったのかも」

 倒した悪魔をとりあえず1か所に集めている。あとは封印すれば全て解決する。ただ殺してしまうと魔源樹となってしまうので、トドメを刺すことはできない。

 それはまだ良いとして、問題はその姿。発見後に調査のために残った貴族の残留組の姿で、アシュリー曰く体を乗っ取られてしまっているということだった。

 何せ悪魔と戦うつもりだったのに、いきなり残留組が元々の人間の姿のままで現れたので、みんな油断してしまった。俺は妙な気配を感じて警戒できたが、ケイ君は何とも思っていなかったようだし、アシュリーさんは喜んで駆け寄ってしまった。

 悪魔の不意打ちからアシュリーさんを守りながら、そのまま戦闘に発展してしまう。思っていたような精神攻撃が弱く、かなり直接的な戦いになったのは予想外だった。

 体を完全に乗っ取った影響らしい。もっと時間が経過してしまったら、強力な精神攻撃を受けることになったかもしれない。ただ、物理的に戦えたのは幸いだった。

 などと、記憶の中でアレンが考えていたことが頭に湧いてくる。だがトキヒサが気にしていることとは少し違う。知りたくないとかいうわけでもないが、知りたいことでもない。

 「ところで、この7人はどうなるのかな?」

 「それは、残念だけど」

 目を伏せながら口ごもっているが、言わんとすることは理解できる。目の前で倒れている男3人と女4人を見ながら、脳裏に浮かぶのはマコト達だ。

 「ぐぅ。でも、まだ生きているんだろ?助けようって、思わないの?」

 「お、おい。大丈夫か?」

 「問題、ない。それより教えてくれ」

 ケイ君はずっと調子が悪そうだった。ついに頭痛が激しくなってしまったようで、頭を抑えながら苦しそうにしている。

 にもかかわらず、休もうとしないどころか意地でも答えを聞こうとしている。まるで、もう時間がないことを知っているかのようだった。

 「まさか、気付いたのか?」

 「頼むから、教えてくれ」

 アシュリーと顔を見合わせる。答えてあげて欲しいと目で訴え、戸惑いながらも応じてくれた。

 「正確には、魔法で延命したり蘇生することは可能です。でも残念なことに、こちらの7人に施されることはない。王族や、有力な貴族、あるいは子供がいる場合は延命したり、無理して蘇生するでしょう。ただ残留したこちらの方々は、王族でも有力貴族でもないですし、子供もいません」

 「そんな。助けられるのに助けないのか?だってこの人達は、危ないのをわかっていて残ってくれたんでしょ?」

 「魔力も、無尽蔵ではありません。全員を、助けることはできないのです」

 「それは、違う。魔力なら、いくらでもある。だってここは、根の国なんだろ?」


 その瞬間、全てが終わった。


 アシュリーさんの姿は消え、7人の悪魔の姿も消え、空も、地面も、全てが消える。残ったのは、ただただ何もない空間。

 「いつから、気付いてたんだ?」

 「わからない。でもあの皇太子の護衛が終わったあたりから、変な感じはしていた」

 「そうか」

 無理に場面を区切ったのだから、そこで気付いてもおかしくはない。そのあとの酒場でもずっと苦しそうにしていたし、あの時からわかり始めていたんだと思う。

 「帰ろう。ここは、現実じゃないんだ」

 手を差し伸べる。本来であれば、体という区別の無い根の国で、ケイ君の姿も薄くなっている。こうなってしまった以上、早く帰らなければならない。

 だというのに、俺の手を掴んでくれない。むしろ遠ざかっていく。

 「初めはさ、嬉しかったんだ。だって、僕のことを男だって認めてくれたから。男女差別もないし、王族みたいな権力者が率先して危険に飛び込んでくれる。最初から、こういう国に生まれたかったなって、思っていたんだ」

 「わかった。わかったから。帰ろう。こっちに来てくれ」

 右も左もわからなくなっていく。そんな不安定な根の国で、必死にケイ君を捕まえようとするが何故か近付けない。

 「でもさ、おかしいよ。結婚相手を自由に決められないなんて、仕事を選べないなんて、助けられる命を助けないなんて、おかしいじゃん」

 「それは、それには理由があるんだ」

 「わかってるよ!そんなこと!そうじゃない、そうじゃないんだ。わかってる。ただのわがままだってわかってる。全部思い通りにならないなんて、そんなことはわかってる。でもさ、トキヒサ君はどっちを選ぶ?」

 「どっちって」

 一向に近付いている気がしない。それでももがき続ける。ケイ君の手を掴もうという気持ちまで手放してしまったら、もう2度と話すことが出来なくなる気がしたから。

 「トキヒサ君は、すごいよね。結婚の自由もない。仕事の自由もない。命も助けてもらえない。いくら性別の差別がなくったって、権力者が仕事をしてくれるからって、もっと大事なことがあるじゃん」

 「いいから、頼むって」

 ケイ君が、遠ざかっていく。必死にもがくが、近づいている気がしない。根の国において、物的な距離など意味がない。近寄ることができないのは、2人の心の距離が開いているから。


 そして、俺は独りになった。

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