第28話-中年期:7体の悪魔との戦いの記憶-
「まだ来るぞ」
「撃ち落せ」
絶えず降り注ぐルシファーからの砲撃の嵐。ケイとアシュリーが協力して迎撃してくれているが、それでも何発かは着弾してくる。
避け続けるのを邪魔するようにまとわりつく大量の虫。ベルゼブブが放ち操る虫は、黒い霧のように飛び回り行く手を邪魔する。身動きが取れないわけではないが、動きにくくて仕方がない。記憶ではそうなっている。
それでも、砲撃の元を断つために前進する。いや、前進しようとした。
嫌な気配を感じた。砲撃や虫に多少は慣れてきたから気づけたのかもしれない。全く見えないが、何かが潜んでいる気がする。よくよく見れば、砲撃が来ていない場所がある。その場所を目で追う。
「アシュリー!伏せろ」
「えっ」
全力で走る。衰えた中年の体で出せる速度が、あまりに遅いことが恨めしい。記憶ではそうなっている。
反応しきれていないアシュリーを、突き飛ばしながら腕でガードした。アシュリーの急所を狙うだろうという予測と、あとは勘で動いたが、なんとか軽傷に抑えることができた。記憶ではそうなっている。
「なんだこいつ?」
「いいから、目を離すな」
驚くケイを迎撃に集中させる。今、砲撃の量が増えてしまったら対応しきれない。
アシュリーを狙ったソイツは、未だ姿が見えない。だが、まだ俺達を狙っている気配は感じる。
「アレンさん」
「下がって」
といっても、どこから狙ってくるのかわからない。どこに下がれば、どこに下がってもらえればいいのかもわからない。
「任せて」
アシュリーが何やら魔法を使った。次の瞬間、視界が変わりソイツの姿がハッキリ見える。まるで蠍のような、でも人のような異様な見た目。アスモデウスが、その尾でケイを狙い撃つ間際だった。
俺はまた走る。今度は狙われている側ではなく、狙っている側へ。本体を崩せば、攻撃されることもないのだから。なので走る。アスモデウスへ飛びかかり、その顔面へ拳を叩きつける。記憶ではそうなっている。
「そこかぁ!」
ケイは雄叫びをあげている。てっきりルシファーに一撃おみまいするのかと思ったのだが、何故か俺が狙われた。
「おいおい」
なんとか避ける。ルシファーの砲撃も降り注ぎ、避けきれない。それでも何発か弾きながら耐える。記憶ではそうなっている。
「こちらへ」
アシュリーの声が聞こえる。急いで後退すると、障壁のようなものが展開され、全ての攻撃を防いでくれる。
「長くは保ちません」
「どうしたんだ?」
「おそらく、幻覚か何かかと」
「なんとかできるか?」
「はい。でも近付かないと」
「わかった」
アシュリーを抱きかかえる。驚かれるが、気にしている暇はない。砲撃のクセをなるべく把握し、障壁が破かれるのと同時にケイへと駆け出す。マモンに幻覚を見せられているであろうケイの目を覚ませるために駆け出す。
心なしかルシファーからの砲撃は緩やかになっていた。ずっと撃ちっぱなしだったので、流石に息切れしてしまったのだろう。それでもケイからの攻撃が加わっていて、容易く突破できるものではない。
アシュリーも何発か迎撃してくれているが、得意ではないというのは本当だったらしい。それでもなんとかケイの所へ運び切る。記憶ではそうなっている。
「あとは頼む」
全て任せた後に、迫りくる敵を見る。ルシファーの砲撃は完全に止んでいて、ベルゼブブの虫もいつの間にかどこかに行ってしまっている。
だが、目の前にいるのはさらなる脅威。体中を燃えたぎらせる、2足歩行の狼人間のような、でも額から1本の角を生やした敵は、圧倒的な速さで突進してくる。その後ろの空気や大地を焦がしながら。
そんなサタンの攻撃を正面から受け止めることなど、とてもではないができないと確信した。なので直撃するギリギリまで待ち、わざと後ろに転ぶように仰向けに倒れる。そのまま片足で蹴り上げることで、サタンを下から突き上げる。記憶ではそうなっている。
攻撃は、上手くいったはずだった。問題があったとすれば、足が燃えるように熱い。まるで溶岩に片足を突っ込んでしまったかのように熱い。
一度は後ろに下がってくれたサタンも、警戒しているのか高速で動きながら拳を叩きつけてくる。高速といっても追えないほどの速度ではないし、ガードも出来るのだが、そのたびに燃えるようで、このままだと体が溶けてしまいそうだった。
「アレン!」
ケイの声が聞こえる。幻覚から抜け出せたのだと信じ、燃えたぎるサタンの腕を掴む。手が溶けてしまうのではないかと感じながらも、思い切りケイの声が聞こえた方へ投げ飛ばした。記憶ではそうなっている。
閃光と爆音。最後まで見る余裕はなかったが、力任せなケイの魔法が炸裂したのは確かだった。
「あぁ、すぐに治します」
体が燃えるように熱い。実際に燃えているのだろう。駆け寄ってくれたアシュリーが治療を始めてくれて、徐々に感覚が戻ってくる。
「悪い。ベルゼブブを倒して油断した」
「いや、いい」
「あぁ、それと、どうにも相手にも回復役がいるらしい。あいつだ」
ケイが指差す方向には、ルシファーを復活させんとするレヴィアタンがいる。またあの砲撃が来るのかと思うと重苦しいし、そもそも防ぎ切る体力が残っているのか不安だ。
「狙えないか?」
「もうやったんだけどな」
そう言いながら放たれたケイの一発は、まっすぐルシファーへと飛んでいく。だが、見えない壁に防がれてしまう。
「ベルフェゴール」
「どうしたもんかね。接近するしかねぇだろうが、すんなり通してくれるとも思えねぇ」
攻撃自体はされていないが、このまま回復されてしまうのを待つのは悪手だ。今はルシファーの回復に集中しているようだが、なんとかしないと他の悪魔も順番に回復されてしまう。
「アシュリー。ルシファーのすぐ横に、俺を転送できないか?」
「えぇ?出来る、けど危ないよ。それなら攻撃だけ転送すれば良いんじゃない?」
「ダメだ。確実に仕留める。出来るなら早く頼む」
ケイの攻撃を転送するというのは、ありではあるが確実ではない。危ないのはわかっているが、このままではどうせ勝てない。
「わ、わかった。じゃぁいくよ」
アシュリーの魔法が発動した。次の瞬間、目の前にはルシファーとレヴィアタン。攻撃する暇を一切与えないまま仕留める。そして残ったベルフェゴールも、3人で協力して撃破した。
そんな、悪魔との戦いの記憶。そのとき、アレンは戦っていた。その記憶を、トキヒサは見ているだけだった。
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