第6話『不運の黒、幸運の白。』 お題 アンラッキー7

「はいどーん」


 騒々しい声とともに扉が勢いよく開く。反射的にわしは扉の方を見て、そこから黒い長髪の人物が入ってくるのをしばし呆然として眺めていた。


「……静かに入ってきてくれんか」

「へへ、普通に入るのは私っぽくないかなって。はいこれ」


 その言葉とともに差し出されたのは灰色のトラのぬいぐるみだった。デフォルメされたそのトラはところどころ銀色の糸で飾られている。


「なんじゃこれは」

「ほら、私って一応神様やってるでしょ。で、私を崇めるために神社へ来る人の中で、特別やばそうだなって人にはチョーっと魔術が込められたぬいぐるみを渡すことにしてるの」

「……つまりなんじゃ? わしがそのやばそうな人ってことか?」

「や、違う。銀君のはついでだから持ってきただけ。私がやばそうってビビッと来ちゃったのは紫君の方だよ。……で、紫君は?」


 きょろきょろと周りを見回すしぐさをする黒。

 

 ここはわしの部屋で、紫がいやしないことはわかっているじゃろうに……。


「残念じゃが紫は調べものがあるとかで『本屋』のアトリエまで遠出したばかりじゃ。今日会うのは難しいじゃろうな」

「え……? 『本屋』のアトリエって、まだ残ってるの……?」

「新しく特定できた場所じゃよ。……わしたち777冊の魔導書が一か所で作られたわけじゃないことは、黒も知っとるじゃろ。ほとんどの場所は魔術の衰退に合わせて消失したんじゃが、いくつかは科学が全盛の現代でも残っておるんじゃ。最近協力者が増えて、魔力に余裕が持てるようになったおかげで、今までより広域の探査ができるようになったその成果じゃの」


 わしの言葉を聞いて、黒は少し思うところがあるようだった。


「……ねえ、今更だけどなんで『本屋』は777冊で魔導書を作るのをやめたんだろ」

「それは、……なんでじゃろうなぁ。777というと、ラッキーセブンとかじゃろうか」

「ラッキーセブンって野球かなんかが語源のやつでしょ。私たちが作られたときそんな競技なかったじゃん」

「……無駄に博識じゃの、おぬし」


 確かに言われてみれば気になってくる。


「そういえば紫は777番目の魔導書じゃったか。あやつに聞けば最後の魔導書が作られたときの『本屋』の様子ぐらいはわかるかもしれんの」

「当初の目的とは別に紫に話を聞きたくなってきたけど、もうそろそろ時間がやばいんだよね。いつも通り無断で神社から抜けてきちゃってるからさ。あー、これ紫の分のぬいぐるみなんだけど渡しといてくれる?」

 

 紫色の猫のぬいぐるみが目の前に掲げられる。


「わしより、赤に渡しておいた方がいいじゃろ。紫は帰ってきたらいの一番に赤のとこに行くじゃろうからの」

「それもそっか。……預けるのと一緒に私の予感のことも赤に報告しとこっと」


 そんなつぶやきとともに黒はそそくさと部屋から出ていく。ばたんと閉じられた扉の音を聞きながら、わしは椅子の背に体重を預けた。


「いつもあやつは急にきて急に帰るのぅ」


 ――どんなテーマで作られたのか。その答えが明確に伝わっている魔導書は多くない。『本屋』は出来上がった魔導書に意思があろうと、お前はこういう意味を持たせて作ったのだと説明することはなかった。

 そんな中、黒と白の魔導書は購入者からの伝聞という形で明確にそのテーマが伝わっている。

 

「不運の黒と幸運の白。不運のほうが神としてあがめられるようになるとはのう」


 彼女には、他人の不運を感じ取る力がある。もっとも、割と外れるあいまいな力だが。

 それでも、人にとっては十分な道しるべになったんじゃろうなと、そんなことをプレゼントされたトラのぬいぐるみを見て思う。

 

「これは、白の魔術じゃな」


 ぬいぐるみに込められているのは持ち主の幸運を祈る願い。


 これまた黒の力のように確かなものとは到底言えないが、気休めにはなるじゃろう。


「赤を助けるための紫の道のりも、終わりが近いのかもしれんの」


 『本屋』にはじめての完成品として作られたわしは、見届ける義務があるのかもしれなかった。

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