第5話 『緑のお仕事』 お題 筋肉

 金属製のベットの上で目が覚めた。


「具合はどうですか?」


 いつもと違う感覚。魔導書として存在していた時には感じなかった感覚ばかりだ。拡張されたところもあれば、そうでないものもある。


「……視界が狭くなるのはちょっと不便だねぇ」

「理論上は従来通り魔力での視界も確保できるはずです。センスと訓練は必要ですけど」

「うへぇ、ボク努力とかあんまし好きじゃないんだよねぇ」


 上体を起こし、右手に力を込めてみる。動作に戸惑いは少ない。不思議と動かし方もよくわかる。


「人型のほうに基本的な動かし方をなじませてあるんです。最初期に人型へ意識を移した時は大変でした。ちゃんと動けるようになるまで長い時間がかかったりして。……僕たちが作られたとき意識を移すことは想定されてましたけど、それがどんなものになるかまではわかりませんでしたから」


 紫色の目をした少年は遠い昔を思い出すような眼をしていた。……まあ実際に遠い昔なんだろう。ボクは結構すぐに永い眠りに入ったし、それからたたき起こされたときには魔術がいつのまにか衰退してるしで。それに代わって新しく科学ってやつが浸透するぐらいの長い時間、ボクは眠っていたわけだから。


「これ、どうぞ」


 少年がこちらに差し出したのは緑色の本だった。ボクはそれを受けとって中身を見る。何の意味も持たない文字列が永遠と並んでいる。白紙の部分も多くあった。


「意識が抜けるとこんな風になるんだねぇ」


 ボクだったもの。深緑の魔導書だ。


「それは抜け殻で何の力もないので、どんな風に扱うのも自由です。皆さんお守りみたいに近くに置いておくことが多いみたいですけど」

「……紫君。君のはどうしたのぉ?」

「僕のは研究に使ってその時に焼失しちゃいました」

「研究って原初の赤の意識移すためにやってるっていうあれ?」

「はい、それです」


 正直少し狂気的だなぁ、と思う。魔導書から意識を移す機能はボクたち完成品には最初から備わっている機能だけど、原初の赤――プロトタイプにはそれがない。原初の赤も一応は魔導書だから人より長い時間を生きることはできるけど、それもさすがに限界が来ているらしく、ボクの目の前のこの紫君はそれをどうにかしたいらしい。

 それで、少しでも人手を増やそうと世界を旅してまわってる黄色君に紫君が協力を要請して、発見されたボクがたたき起こされたわけだ。


「で、ボクは何をすればいいのかなぁ」


 紫君には人型を用意してもらった恩が確かにあるし、ここに来た時魔導書の姿で赤と会ったけど、紫君のことを迷惑に思っているような感じはなかった。

 まだ終わりたいと赤が思っていないなら、それを手助けするのはやぶさかではない。ボクが生き続ける目標としても、それはちょうどいい気がしたし。


「あなたはどうやらほかの魔導書に比べて魔力容量がとてつもなく多いみたいです。……ですからその、魔力倉庫になってもらおうかと」

「……なんか、思ってたのと違うなぁ」

「重要な仕事ではあるんです。……まあ、特定の部屋でぐーたらしてもらうっていうのが仕事の主な内容になるんですけど」

「ますます想像と違うなぁ」


 紫君も思うところがない、というわけではないのだろう。すこし言いにくそうな風だった。


「うーん。ボクは結構ぐーたらしてるのが好きな性格だから、それはまあ疲れなくていいかなとは思うんだけどぉ。ボクだって多少の罪悪感があるからこれやってって言われれば普通にするよぉ? なにかないのぉ?」

「……それが、人型を魔力倉庫にするには動くことそれ自体に結構問題があるんです。人型は人間でいう筋肉を動かすのに魔力を使ってるんですけど、魔力容量が大きい意識はそのままアウトプットも大きい傾向があって、筋肉の出力は大して変わらないのに放出される魔力量は膨大に……」

「わぁ、よくわかんない。つまりぃ、どういうことぉ?」

「恐ろしく燃費が悪いってことです。部屋の構造で外に逃げる魔力をもう一度人型の中に押しとどめることはある程度できるんですけど、完ぺきとは程遠くて。だからぐーたらしてもらうのが一番生み出す魔力を浪費しなくて済むんです」

「……ボク、魔導書のままのほうがよかったんじゃない?」

「……赤の意識をいまだに外に出せないように、魔導書の仕組みはまだわかっていないことが多くて、魔導書のままだと魔力を別のものに転用することができないんですよ」


 働くことそれ自体あまり好きじゃないボクが、割と本気で働こうと思ってたのに……。


「ボクが眠ってた場所へ人型になってから何回か戻ろうと思ってたんだけどぉ、それはできなかったりするぅ?」

「黄色から事情はきいてます。外出を制限する気はないです。事前に言ってくれれば、助かりますけど」

「……うん、わかったぁ。じゃあそういう感じでいいよぉ」


 ボクは少しだけ目が死んでいたかもしれない。黄色君から事情をきいてるってことは、紫君はボクがあの人に幸福を願われて、その結果眠りから覚めてここにいることを知っているのだろう。ぐーたらするだけの生活は幸せといえるのかもだけど……。

 ボク、あの人に顔向けできないかも。


「それじゃあ、これから専用の部屋を作るので、出来上がったらよろしくお願いします」


 紫君はそう言うと携帯端末でどこかと連絡を取り始めた。


「まあいっかぁ」


 これもボクにしかできないことではあるみたいだし。ボクらしいと言えばらしい気がする。

 紫君の後姿を眺めながら、赤を助けられるといいねとボクは心の中でそう願った。

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