第4話『神様になった黒い本』 お題 深夜の散歩で起きた出来事

 星がきれいだ。実家の神社まで歩いてみた甲斐があったかもしれない。

 

 こんな時間に出歩く少しの恐怖心をごまかすように、私はそう考えていた。


「やほー、深夜に外出なんてわるいこだねぇ」


 唐突に真横からそんな声が聞こえる。

 心臓が大きく跳ねて、反射的に声の方角から距離をとった私。そんな姿を見てか、その人はおかしそうに笑っていた。


「あはは! ごめんごめん。そんなに驚くとは思わなくって」


 暗闇の中でなおその黒い長髪ははっきりと視認できる。この神社にまつられていて、私が巫女として仕えている神様。彼女はいつのまにかそこにいた。……まあ瞬間移動だとかそういうんじゃなくて、ただ私が空に夢中だったから近づいてくるのに気付けなかっただけだろうと思うけど。


「今日は巫女のお仕事の日じゃないでしょ。どしたの?」


 さっきまで私を見て笑っていたくせに、今は少し心配そうにこちらをのぞき込んでいた。


「……別になんでもないです。その、なんとなく非日常を味わいたくなって」

「それで深夜に散歩? うーん」


 彼女は少しだけ悩んだ後に破顔して、告げる。


「いい機会だし、ちょっと話をしよっか。ついてきて!」


 返答を待たず、彼女は境内の奥に歩いて行ってしまう。私は慌ててそのあとを追いかけた。




 ――彼女が立ち止まったのは、ご神体がまつられていると私が聞いていた場所だった。一枚の小さな扉の先には、一冊の黒い本が置いてあることを私は知っている。触れることは禁止されているから、中身がどんなものかはわからないけれど。


 そんなご神体を平然と手に取った彼女を見て一瞬ぎょっとするが、まつられてる神様本人だし、まあいいのかなと思いなおす。


「これは今まで仕えてくれた巫女には毎回言ってるんだけど、私は神様なんかじゃないんだよね」


 真っ黒な本の表紙をなでながら彼女はそう告げた。


「……?」


 私のお母さんも、そのまたお母さんもこの人に仕える仕事をしてたって聞いている。つまり彼女は何十年も、あるいは何百年も生きているのだ。そんな存在が神様じゃないなら何なのだろう。私にはわからない。


「そもそもさ、私がここにいるのに何でご神体があるんだろうって不思議に思わなかった?」

「え……?」

「ふふ、……私はさ、この本だったんだよ。魔導書ってやつ。それも意識を持った特別製のね!」


 そうして彼女が語ったのは遠い昔のことだった。『本屋』っていう人が彼女を作ったこと。その人に売られた魔導書がいろんな偶然から神としてあがめられるようになったこと。そして、ある日やってきた彼女と同じような存在が意識を人型に移してくれて、今に至ることを。


「なんで私にこの話を聞かせようと思ったんですか?」


 私はそう問いかける。彼女はこちらの目をまっすぐ見つめていた。

 

「……もともと神様なんてたいそうな存在じゃないってことを知ってほしかったわけだよ」

「でも、神様はやっぱり神様だと思います。誰かが願ったから、期待をかけたから。そうやって神様は生まれるんだろうなって、そう思います」

「みんなこの話を聞くとそう言うんだよね。……まあ、今更私も神様を辞めるなんて言わないけどさ!」


 そう言いながら神様は黒い本をもとの場所に戻し扉を閉じる。これで良し、と小さな声でつぶやく声が聞こえたかと思うと、再びこちらに向きなおり、口を開いた。


「本当は神様なんかよりもっと対等な存在として提案したかったんだけどね」


 そんな前置きの後。


「――私たち、友達になろう!」


 私の手を取って神様はそう告げた。


「そうして私に相談してくれよ。何か悩み事があるんだろ? こんな夜中に苦しそうに散歩なんかしてないでさ!」


 ずいっと縮められた距離は、彼女の言う友達の距離感なのだろうか。


 やっぱり神様は神様ですよ。心の中で私はそう独り言ちる。


 こんな時間に実家の神社まで歩いてきた甲斐は確かにあったみたいだった。

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