第2話『意味のある代物』 お題 ぬいぐるみ

 机の上に飾られた白い本を手に取る。ざらざらとした表紙には左右対称の図形が刻まれていて、少し開くともはや何の意味も持たない文字の羅列が散らばっていた。


 私だったもの。私の抜け殻。


 魔導書として生まれた私が人型に意識を移されてからいったいどれだけの時間がたったのだろう。ただその間に科学って存在が魔術をほとんど淘汰して、私みたいな存在は顔や形を変えながら隠れるように生きているか、あるいは完全に隠れて社会から遠ざかって生きているかのどちらかだろうと思う。

 ――私は、後者の存在だった。


 「……よし」


 白い本をもとの場所に戻し、私は作業を再開する。

 針を手に取り、切り出した布を縫い合わせていく。


『何個ぐらいできた?』


 近くに置いていた携帯端末の画面が点灯し、そんなメッセージが目に入った。私と同じ時期に生まれた姉妹のような存在。もともと黒色の魔導書だった彼女は、今の私の唯一の社会との接点ともいえた。


『7匹はできてるよ』


 送信するとすぐに既読が付いたのでそのまま返信が来るのを待つ。


『じゃあ、明日取りに行く』

『わかった』


 ……それで終わる短いメッセージのやり取りだった。本来の彼女の性格からは想像もできないほど簡潔なものだ。


 しかし、ぬいぐるみを創ってみないかと彼女から提案されたときはこんなに長く創り続けることになるとは思っていなかった。

 苦労しながら初めて創り上げたときには、私も何かが創れるのだと感動したものだ。そうやってできた白ウサギのぬいぐるみだけは、今も白い本の横に飾ってある。今見るとひどい出来だが、それでもそれは私にとって意味のある代物になっていたから。


「これを明日まではさすがに無理かな……」


 だから、これを今創るよりもやるべきことがある。そう思った。


 7匹のぬいぐるみを前にして、どうかこれが誰かにとって意味のある代物になりますようにと、私は目を閉じてそう願った。

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