魔導書のあれこれ
因幡寧
第1話『魔導書の選択』 お題 本屋
「さあ、好きなものを手に取りたまえ。三冊までだぞ」
僕の後ろに立つ先輩が画面を指さしながらそう言った。その指の先にはドットで描かれた魔導書が六冊並んでいる。どれもそこそこ意匠が凝っていて、その上それぞれの個性がわかりやすく示されていた。
「いつもの先輩の絵じゃないんですね」
「……君が前回指摘してきたからだよ。あまりにもこれはってさぁ! そう思ってたんなら一作目をプレイさせたときに言ってほしかったなぁ!」
「いや、さすがにはじめは遠慮がありましたし、個人製作のゲームなんてこんなもんかなって思ってたんですよ」
僕は少しだけ悩んでからあえてシンプルそうな赤色の本と複雑そうな紫の本を選ぶ。
「RPG、脱出ゲーム。そこらへんならまあイラストも伝わればって思ってたんですけど、先輩が急に恋愛ゲームなんか作るからさすがに突っ込んじゃったんですよね。後単純に面白くなくてしゃべることがなかったのでついぽろっと」
「……回数を重ねるごと辛辣になっていくね君は。……まあ、前回で私にああいうずっと明るい感じのノリは作れないってわかったから。だからこそ! 今回はこう気合い入れて重苦しい雰囲気にしてみたんだよね! どうよ!」
「まあ、いいんじゃないですか。結構好みのイラストですね。ダークファンタジーって感じがちゃんと伝わってきますよ」
「さっきイラストは私じゃないって君自身で言ってたよね……。言及するところが違くない?」
画面上で選んだ二冊がハイライトされそのほかの魔導書は炎にまかれて消えていく。……これエフェクトは先輩が作ったんだな。あまりにもイラストとの差ができすぎている。エフェクトぐらいそこらに転がってるフリーのやつを使ったりすればいいのに。こういうところ先輩は妙に頑固だ。それなのに今回のイラストは外部に頼んだということは僕の言葉が想像以上に効いていたのかもしれない。
「それで、カードゲームなんでしたっけこれ」
「そうさ。好きな魔導書を選びそれによってくみ上げられたデッキを用いて戦うゲームだ。今回は結構本腰を入れているぞ? 一応これをちゃんと完成させて公開するつもりだからな!」
「……いくつかの候補から三冊まで選ぶと自動でデッキが組みあがるシステムはまあ、敷居は低いとは思います」
画面の中で六冊の魔導書を主人公に差し出してきた人物。――名前欄には本屋と書かれている。が勝負を挑んできていた。要はチュートリアルバトルということか。自分の選んだ魔導書がデフォルメされた状態で画面端に並び、そこから初期手札であろうカードが配られた。
「カードにイラストはなしですか」
「……そこはほら製作期間の都合とか、イラストそんなにいっぱい頼めないぜってやつさ」
「うーん。わかりやすさのために簡単なアイコンぐらいは欲しいですよね」
「それはわかってる。鋭意制作中さ。後から一覧見せるから君にも少しアイデアを出してほしいかな」
「……わかりました」
戦闘が始まる。
「で、チュートリアルは表示されないんですか?」
「まだ作ってないのさ」
「だから今日は先輩ずっと後ろにいるんですね」
「そういうことさ」
――目を開ける。共鳴空間から出た僕は腕輪を外し、耳に付けた端末も取り外した。そうしてようやく部屋の機械が動いているのに気付く。石板に光が走り、それが紙に押し付けられることで複製する機械。先輩の言っていたカードリストだろう。その複製速度は外のプリンターとやらには遠く及ばない。
「多分、このまま詰めてけばちゃんとおもしろくなると思いますよ」
赤い本が取り付けられた機械に向かってそうつぶやくと表面に文字がうかびあがる。
『具体的な感想を聞こうか』
「カードゲームって言うとちょっと語弊があるようなシステムでしたけど、必殺技が相手の盤面を一部物理的に壊して使用不可にするとか、避けろって叫ぶことで攻撃を無効にするとか。ぶっ飛んでるのは良かったです。……世界観には、合ってなかったですけど」
『ふむ。もうすこしストーリーをシステムに配慮して練り直そうかな。……ありがとう。もう少し形になった時またテストプレイを頼むよ』
「それは……、構わないですけど」
何気なく窓から外を眺める。空はオレンジ色だ。永遠に。……ここはまだ魔術が全盛だった時代に僕たちを作ったあの人が築いた空間だから。朝もなければ夜もない。終わらない夕暮れ。黄昏の世界。
「……どうして、魔術は衰退しちゃったんだろう」
他愛もない独り言だった。でも、赤い本はかすかに光り、機械に文字が浮かび上がる。
『衰退したというより、科学に取り込まれたというほうが正しいだろうね。局所的な世界改変能力は魔術の専売特許だが、科学のように大勢に同じものを見せたり、大量に同じものを複製するのに魔術は向かない。かつて魔術がなした世界渡りで輸入された科学が、魔術より人を豊かにした。要はそっちのほうが便利だったってことさ。きっと理由はそれだけだよ』
先輩は納得しているような言葉を発した。でも僕はあのゲームをテストプレイして、そこに出てきた『本屋』の存在を見ていたから。
「先輩は何で僕たちを作ったあの人をゲームに登場させたんですか。『本屋』なんて、昔のあの人の呼び名まんまじゃないですか」
『私はきっと、知っておいてほしいんだよ。どんな形でも、たとえフィクションだと思われたって。『本屋』って存在が確かにいたってことをさ』
だからゲームを作る。外の世界の人に遊んでもらうために。外の世界の人にどんな形であっても『本屋』という存在を知ってもらうために?
僕にはよくわからなかった。
『君もほかの魔導書みたいに外で生きてもいいんだよ。私みたいなプロトタイプに付き合ってずっとここにいなくてもいいんだ。テストプレイだって、科学の力を使えば遠くの君にゲームを送ることぐらいできるんだぞ?』
赤い本がぼんやりと光る。僕に言葉を伝える。端が風化してきている赤い本が。
「僕は先輩をそのまま終わらせる気なんてないですから。きっと僕たちみたいに人型に意識を移して見せます」
それが777番目に作られた僕の、あの人が最後に作った僕の、願いなのだから。
『困った後輩だなあ。私はそもそもそういう設計じゃないんだぞう?』
「それでも、です」
魔術は衰退した。『本屋』はすでにいなくなった。それでも、僕はあきらめない。
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