【サイカイ、カノジョ スピンオフ!】ホウヨウ、カノジョ

opening 幕は間もなく上がります。



 二年の8月2日。

 雨屋あまや れん水原みなはら 夢莉ゆうりが再会した。

 そして、二人結ばれた。

 しかし、その外側にも出会いがあり、結ばれる物語がある。

 これは再会した二人の外側のお話。

 時は少し戻り、雪の季節。

 春の芽生えを待つ頃。

 ふきとうが雪から顔を出すように時が運ぶ、ちょっとした出来事だ。

 出会いと別れ、別れがなくても、始まりは必ずある。

 どんな関係でも、どんな人間でも、途切れても、どうでもよくても、意味のない出会いがないように。

 出会いには必ず意味がある。

 これは相川あいかわ 恵紀よしき逢坂おうさか 海華梨みかりの出会い。

 そう、外側の話で、出会いのお話。






EP0 出会いはいつでもあるもので



 相川 恵紀は何時ものようにふらりといつものことを流すように過ごしていた。

 楽しみや興味以外は基本、流れ作業。

 楽しむことを企画するのは苦とは思わないが、学内行事の企画は勝手に企画してくれと言うようなスタンスの相川はあくびをした。

 現在、春休み。

 三月中旬から末まで、二週間ちょっとの長期休暇。

 昼間なのだからと遊べそうな連中に声を片っ端から掛けるが、本日は全敗。

 単純に暇だ。 

 

「ハスもダメかぁ…」


 どうせ暇だろと頼るような、いつも暇な奴ですら、今日は用事があるらしい。

 さて、どうしたもんか。

 家に居るのも少ししんどい。

 父は単身赴任、母は何も言わずにどこか外出している。

 父がいるのなら、買い物に出も手伝いがてら付き合って遣ろうというのに、それすらもならない。

 学校側から終業式に何故か渡されたドリルは初日で解き終わり、持ってるゲームはやりつくし、バイトはやっているやつは隠れてやっているそうだが、学校側で厳しく禁止されているからできないし、何か欲しいものすらもない。

 虚無だった。


 「どうしたもんか」


 そう言いつつも体は外出の準備をしていた。


 「…どうしたもんか」


 また同じことを呟いたころには、錠をかけ、外を歩きだした。




 外は寒い。

 雪はほんの少し残って、太陽は暖かくて、空気と風は寒い。

 風邪を引きそうだ。

 だけども、それに趣をかんじた。

 移り変わる光景というのは変化がある。

 変らない光景よりも、変わりゆくものに感じるものがあった。

 じゃりじゃりとシャーベット状になった地面に足跡を付けていると、ふと、ばったり。


 「あ、逢坂じゃん」


 声を掛ける。

 呼ばれて立ち止まる少女、逢坂おうさか海華梨みかり

 何故、こいつは私を呼び止めたのかと不思議そうな表情を受けべる逢坂に相川は訊いた。


 「大丈夫だったか?」


 大雑把かつ主語のないものだったが、それだけで逢坂は理解した。


 「…うん、あの時はどうも」


 小さく頭を下げた。

 時間は少し前。

 後期の期末テストの最終日のことだ。

 駅のホームへと階段を降る、下校のその時。

 後ろから飛び出すように通り過ぎた人に逢坂はぶつかり、階段から踏み外し落ちてしまう。

 その瞬間をたまたまそこにいた相川が助けた。

 その際、相川は何も無かったが、逢坂は急に着地することになったことで、足首をひねってしまった。

 その一連の出来事を相川は訪ねていた。


 「今はもうっすかり」


 改めてと言うように逢坂は言う。

 そんな彼女は笑顔を浮かべる。

 相川はその姿に安堵あんどした。


 「なら良かった」


 そう言って立ち去ろうと、手を振ってまたどこかの道に進もうとしたその時、相川の手を逢坂は掴み止め、思いついたのかのように、こう言う。


 「ちょうどよかった。付き合ってよ」


 「…へ?」


 そう言われ、呆けた音を喉から鳴らす。

 呆けた音に相川の当然な心境を察し、付け足した。


 「お礼、させてよ。できてなかったから」






EP1 価値感なんてそれぞれな訳で



 お礼という事で食事を誘われたがお互いに昼食をとっているし、夕食に行くほどの仲でもないという事で却下。

 何がしたいんだというモヤツキを抱えた二人は現在、大規模商業施設を歩く。


 「へぇ、今日、部活急に休みになったんだ」


 「そうなんだよ。顧問の奥さんが陣痛で病院に運ばれたとかでさ」


 「女バスも大変だな…」


 「あはは」


 何をしたいか見つからないまま無言というのも嫌な訳で、二人は自然と会話を始めていた。

 相川も逢坂もただ単純に無言の時間が苦手なだけだった。

 無言で過ごす友達もいることはいるが、少なくとも今はそうじゃなかった。

 どうにかして話を絞り出そうと流れを引いて、相川は訊いた。


 「バスケ、いつからってんの?」


 「中学から。小学校は少年団に通うにしても家が遠かったから」


 「そうなんだ。じゃあ、小学校はよくバスケして遊んでた、とかそんな感じ?」


 「そうそう。結構やってた。路線の高架。下にコートがあってさ、いろんな人とやってたよ」


 「へぇ。高架下って言ったら、高校の二つ隣の駅のあそこ?」


 「うんうん。そうそこなんだよ」


 「そうなんだ。今度そこで遊ぼうよ」


 「あ、いいねぇ」


 「部活の都合がいい日に俺も人呼ぶからさ、3x3スリー・バイ・スリーやろうよ」


 「うん、やろうよ。部活はもうやめるからいつでも大丈夫だよ!」


 「…?」


 会話が続いて、その流れに混ざる事が少ない言葉が入ったことで、相川は思わず、言葉を止めた。


 「いやいや、時間はいつでもあるんだって」


 何がいやいやなのか。

 しかし、それはわかっていて逢坂は言っていた。


 「付いて行けなくてさ。なんか熱量が違うんだよね。」


 そう付け加えた逢坂の言葉でどっちがどうなのか、何となくわかった。


 「楽しさの先の勝負がある、なんて私は思ってたんだけど、ウチのバスケ部は勝利するためにやってるってカンジからさ」


 さらに付け足された言葉でなんとなくが明確になった。

 こればかりはどちらの考え方が違うなんてことはなく、ただ、方向性やスタンスの違いなだけ。

 どっちもあっていて、向かう先が同じでも経路が違っているだけ。

 しかし、さっきまでなんなに好きそうに話していたものを諦めるなんて言葉を聞いて、相川は何とも言い難くなる。

 だから、それに触れずに別の話のように言う。


 「そうだ。明日、空いてるんだったらさ、さっき言ってた高架下のコート、あそこに行こう」


 「え」


 「明日さ、超暇でさ。運動もしたいと思ってたし、ボールあるし、どうかな?」


 「…、うん。わかった。そうしよう」


 そして、逢坂は了承する。

 相川はそれに笑顔で返し、言う。


 「それじゃ、お礼はそれにしようか」


 さらにと相川は言うと、逢坂は笑って頷いた。

 そして、二人で良好な状況下で歩き、お互いに気付く。


 「「ここにいる意味なくない?」」


 見合せて、同時に言いあう。

 その通りだ。

 話がついたのに、探すように歩くのはナンセンスだった。

 しかし、ナンセンスと言えど、このままでは今日は徒然つれづれ


 「なんか折角だし、どうする?」


 思いつかず、相川は逢坂に投げた。


 「え。んー、・・・あー、うん…」


 キャッチした者どうやら同じくだったらしい。

 致し方ない。

 そう思って、相川は提案。


 「DVD、ほしいのがあってさ。付き合ってくれる?」


 「サブスク時代に?」


 「うん」


 「なんで?」


 「サメ映画がないから」


 「え、さ、サメ?」


 「そう」


 「うーん、まぁ、いいか。よくわかんないけど」


 どうやら逢坂は了承を仕手はくれたらしい。

 という事で、とりあえずの目的は決まり、足元はふらつくことはなくなったのだった。




 CDショップにはDVDも兼ねて売っている。

 最近じゃ割と知られていないことだ。

 今いる様な大型商業施設にこそはないが、VHSビデオ・ホーム・システムを取り扱っている個人販売店もないことはない。

 本当は街の外れにある店でVHSを買う予定ではあったが、いつぞやのチラシに逢坂と来た店舗にて、DVDの安売りが開催されるという情報を思いだし、欲と共に提案したという事で今に至る。

 そして、相川は目の前の光景に微妙な声を挙げた。


 「対象商品外…?」


 対象商品とかで範囲は限っているんだろうな、という事は詳細も何も見ずともわかってはいたが、ちょっと前の有名作だけが値下げ。

 あとは定価。

 売り方や、利益の問題もあるのだろう。

 そりゃそうだ。

 だがしかし、一買い手の感想だが。


 「汚くない?」


 手に取った、双頭のサメ、タコと融合したサメ、口が二つある某天空竜みたいなサメ、等々等等などなどとうとうエトセトラなサメたちが竜巻に乗って、街のみんなをバクバクむしゃむしゃなこの作品も対象外だった。

 唯一の救いはあまりにも売れなかったのか、なぞの値下げの跡、値札シールの重ね貼りがあるくらいだろうか。


 「あはは、仕方ないよ」


 悲しみに暮れる相川の肩をポンポンと叩き、逢坂は憐れんだ。

 そうしている間に何かを見つけたらしく、逢坂は声を出す。


 「あ」


 一枚のパッケージを手に取った逢坂はそれを懐かしそうに眺める。

 相川もその視線が気になり、パッケージを覗き込む。

 それはばバスケ選手の半生を描いたものだった。

 幼少期にスラムでバスケをしていた所をスカウトされ、そこから世界的に有名なプレイヤーになる、そんな昔の映画だったはずだ。


 「最後、スポーツ賭博で嵌められて、転落人生で終わっちゃうんだよね」


 逢坂は呟く様に言う。

 それはこの作品の結末。

 転落人生の結びはあまりにも空しいモノだった。

 それが相川の作品に対する感想。

 確か、この作品の主人公も、勝敗の前提にバスケットボールを楽しむという信条があったはずだ。


 「私、この映画を見て、バスケ始めたんだ。」


 その信条と逢坂のバスケへの向き合い方を重ねた相川に逢坂は話した。

 そうか。

 相坂は納得し、ならばという。


 「俺が訊くべきこと、じゃないけどさ。どうしてやめようって思たんだ?」


 改めて。

 理由はもう聞いているけど。

 そういうわけじゃなくて。

 その意図を汲むように逢坂は考えて、納得して、溜息を吐いた。

 吐いて、その息で云う。


「そうだなぁ・・・・。空気感違うって言ったじゃん?それは、そうなんだけど、楽しめる環境ではなかったんだよ」


 楽しい。

 その感覚は人それぞれで、曖昧だ。

 曖昧を揃えよう、なんて無理な話。

 しかし、それを生きがいにしたり、目的にしたり、モチベーションにしたり、利用するのは正しいし、間違っているなんて言える訳のないことだ。

 それでも曖昧だからこそ価値観によるずれは生じる。

 甘い、その一言で厳しく断じることが出来るだろう。

 でも、そうではなかった。

 周囲との価値観の違いうという温度差が生む環境は価値観を削り出し、同じ方向へ向いた価値観を生む。

 しかし、そいだものの中に価値観があるのだとしたら?

 簡単なことだ。

 価値観が合わず、何も見出すことが出来ない辛さになる。

 逢坂はいま、そんな状況にいる。

 やめてもいいよ、なんて吐くのは無責任だろう。

 かと言えど、何か否定して続けるように促すのも間違っている。

 本人の心もち、次第。


 「そうか」


 だからこそ、それだけ。

 相川は何にもない返事を呟くだけだった。

 しんとした空気が流れる様な気配がして、慌てて、


 「「あのさ、・・・あ」」


 二人同時に何かを振ろうと思って、失敗。

 苦笑いを二人で浮かべて、各々はもやを抱えた。




 そんなこんなでCDショップをあとにした二人。

 相川の手にはCDショップのビニール袋。


 「いいの?」


 「え?」


 逢坂の質問に疑問形で相川は返す。


 「もともと値下げがあったにせよ、セール対象外のモノ買ってさ」


 改めた内容をまた逢坂は投げると、相川は手に下げた袋を目の前に挙げ、溜息を吐いた。


 「いいのよ。まぁ、あんまりどこでも売っているものってわけじゃなかったし」


 「そうなんだ」


 短い返事。

 そう言いながら、二人は用事を作って、終えて、大型商業施設の出口へと向かった。





EP2 君は君のままな訳で



 来たる当日、約束通り二人は高架下の半分ほどの面積のバスケットコートにいた。

 屋外の広場にコートのラインが引かれているだけの場所。

 時期が時期だからか、他の日は居ない。

 タイマンには良い日だった。

 タイマンすることは決してないけれど。


 「準備体操は終わりだな」


 相川は背中を伸ばしながら言う。


 「そうだね。そろそろ、始めよう」


 バスケットボールをリズミカルにバウンドさせながら相坂は言う。


 「じゃ、俺が素人だから合図やるわ」


 腰を落としながら相川が。

 それに頷き逢坂は了承した。

 そして、少しの間を設けて、「スタート」、相川の合図で始まった。

 相川はバスケットボールを少し遊ぶくらいでしかやってはいない。

 だけど、その中で本気で挑んだ。

 オフェンス攻めは逢坂。

 ディフェンス守りは相川だ。

 ゆったりとしたドリブルで近付いてきた逢坂に腰を低く移動面積を機動力を損なわないに程度に広くしながら相川も構えた。

 タン。

 短い音と共に逢坂は強く踏み出して視界から、横に倒れるように外れた。 

 構えたのだが、一瞬、逢坂が滑って転んだのかと思った。

 だが、事実はそうじゃなかった。

 恐ろしいほどの大回り。

 構える相川2人分横のスペースへと急な加速と共に回った。

 距離が遠くなるほど、初動の遅さが如実に出る。

 全速力で反応して、逢坂に追いついたときには彼女は相川の守っていたラインよりも先に出ていた。

 それでも、諦めずに食い入るように相川はボールに手を伸ばす。

 しかし、ピボットターン。

 片足を軸にして、前方へ回転するように方向転換をするフロントターンと言われる初歩的な技術。

 たった、それだけでいなされる。

 ぱ。

 そして、彼女の手からボールが離れ、3Pスリーポイントシュート

 シュパ。

 美しいアーチを描いて、バックボードにあたる事もないリングにも掠ることもなく、ネットを揺らした。

 相川が振り返った頃にはネットをくぐり終わったボールが地面に落ちるころで、バン、バン、とボールはバウンドした。

 

「・・・うっま」

 

素人目で分かった。

 本気じゃないという事も分かった上でやられたことをおっもいだしながら、簡易な感想を口にすることしかできなかった。

 

「いやー、バスケやってたでしょー」

 

軽い口調で唖然とする相川に逢坂は声を掛けた。

 

「バスケは遊び程度だったし、このレベル差でそれを言うか…?」

 

煽っているのかと思いつつも、逢坂の爽やかな笑顔でそれはないなと思い直す。

 しかし、そんな話が挙げられるのかわからないほどの状況にやはり戸惑いを覚えるのみだった。

 こんなことが出来るのに、やめるのか?

 相川は思う。

 少なくてもここまで来るのには遠い道のりがないとおかしい。

 

「もー。あ、もしかして、運動神経がいいか、才能の原石か、どっちかだな」

 

 相川の返答にどうも納得しなかったのか、少し膨れたかと思ったら、やけに高く相川を笑顔で評価をした。

 十秒も満たない瞬間に爆速で感情をアップダウンさせていた。

 楽しそうだな、その雰囲気や言動で思った。

 楽しんで、楽しんで、道のりを歩いてきた。

 字で行く『好きなのこそ上手であれ』か。

 相川はその体現を体感して、溜息を吐く。


 「もう一回やろうぜ。次は俺がオフェンス」


 転がったボールを手に取り、相川は開始時に逢坂のいた場所につく。


 「いいねー。やろうやろう」


 さっきの一戦でどこに熱くなる要素があったのかはわからない。

 しかし、好きなもの、楽しいものに熱が入るのはよくわかる。

 二人の位置は逆になり、また、相川の合図で始まった。


 「スタート」




 「・・・疲れた・・・」


 相川は膝に手をついて言う。


 「あはは、よくやってる方だよ?」

 

 逢坂は余裕そうに笑った。

 かれこれ三時間ほど走り回った。

 汗だく、という程でもないがそれなりに汗を流し、持って来ていたタオルで額を拭う。


 「お疲れ」


 ポンポンと逢坂は相坂の背中を叩き、労いの言葉を掛けた。


 「どうも…」


 予想の数倍もの疲れにあまりにもそっけない返答を相川はするが、別に逢坂は気にしてはいなかった。


 「今日はありがとね」


 独り言、そうしてくれと言わんばかりに彼女はそこから話し始めた。


 「相川はなんでこんなことを頼みごとにしたのはわかるよ。でも、そうしなくてよかったのに」


 そして、ポンポンとたたく手は離れた。

 まるで、下を向いたまま、汗をタオルに拭き取らせている相川に何かを察そうとさせないように。


 「おかげで、すっきりした。それに、ちゃんと、部活、やめることができる。このままでもいいよ。上達よりももっといいものがやっぱりあったしね」


 声色はフラットだった。

 だけども、悲しさなんてなくて、喜びや爽やかさがそこには在った。

 なら良かった。

 相川はそう思って口しようとしたが、単純に声を出すほどの空気が喉を通らず、安堵に似た息だけが口から洩れた。

 それに、逢坂は表情を浮かべたが相川は相変わらず下を向いたままで知る由もないものなったが、決して、暗い表情じゃない事だけはわかった。






EP3 君は誰でも助けるからさ



 バスケでの一対一を経て数日。

 逢坂と相川は度々会って、遊ぶようになった。

 今日も二人はそろって外にいた。

 そして、逢坂はふと思った。


 「相川は、人助けが趣味なの?」


 「は?」


 そんなのが趣味になっている奴いないだろ。

 そんな感情一杯の『は?』を相川は迷子の子供の手を握りながら吐き出した。


 「今何でその反応ができるの・・・?」


 逢坂は心底不思議そうに相川に反応した。

 十数分前、どうしようもない予定の曖昧さに右往左往していた二人は路上で泣いている子供を発見し、付近には親無し、子供は迷子という判断が下され今に至る。

 子供が迷子になる前に通ったと主張する道を歩いているが、一向に見つかる気配がなく、そろそろ焦りが相川と逢坂の間に流れ始めた頃。


 「あ、ママー」


 子供が相川の手を振りほどき、女性の元へと駆けていった。

 どうやらその女性が母親だったらしく何かを話していた。

 そして、子供が相川たちのほうへ指をさすと、女性は指に誘導される形で二人を見つける。

 見つけるや否や、恐ろしいほどに睨み、そそくさと子供と共にどこかへ人混みと共に消えていった。


 「・・・何なの、あの人」


 その背中を見て、逢坂はそのあとを追おうとした。


 「いーの、いーの」


 その肩を掴んで相川は笑顔で止める。

 

 「よくあるからさ」


 「でも…」


 相川のなだめの言葉に気付き、出掛けた言葉を止めた。

 逢坂はここ数日の付き合いの中でひとつわかったことがある。

 それは、相川は人助けしすぎであるという事と何かルーズな人間であるという事。

 困っている人を見かけたら、とりあえず、声を掛けている。

 どうにかなりそうだと、端から見ていてもわかる様な事態以外はとりあえず、首を突っ込んでいた。

 それが怖そうな人でも、英語すらまともに話せない癖に外人にでも、かまわず、恐れず。

 そして、結果良ければすべてよしなルーズさがる、そんな気がする。

 時間も待ち合わせ時間ギリギリだったり、道を間違えてもそこから辿り着ければいいだろう的なルート設定をしたりと、状況場合は洋々だが、事態は多々に。

 今日は迷子の外にすでに老人、恐らく個人業の怖い人の道案内をしたりしている。

 逢坂としては、いい奴半分、いつかは死ぬぞ半分で眺めるだけに徹している。

 しかし、今の光景はひどかった。

 ないがしろ、そのままの反応に怒りを超えた呆れも覚える程だった。

 だが、相川はそれでも笑っていた。

 何が彼をそうさせるのかはわからない。

 もしかしたら、何もなくとも、そいうしているのかもしれない。

 だから、逢坂は息を吐いて、訊いた。


 「・・・相川はなんでそう、優しく、というか、人助けしてるの・・・?」


 それに相川は少し考えて、答えた。


 「・・・突き動かすまま?」


 「何に、何が?」


 「さぁ…?」


 何もなかった。

 どうやらそういう生き物だったらしい。


 「でもさ、喜んだり、安心したり、いい顔されるってのは良いもんだよ」


 相川はそれだけはというように、のんびりにいるこそ、やけにはっきり言った。

 それだけなんだ。

 良くも悪くもたったそれだけが、彼の原動力らしい。

 だからこそ、逢坂にバスケをしようなんて言ったのだろう。

 ちょっとでも何かを掴めるように、なんて。

 そんな、人助け。

 だれも褒めてくれることはないだろう。

 例を言われている瞬間はあるが、彼自身が困ったところは見たことがない。

 いや、困らないように生きている、困っているのを隠しているのかもしれない。

 そう思うと、彼は誰が助けてくれるのだろうか。

 逢坂は思う。

 都合のいい神様ではないにせよ、都合よく助けてくれる善性マンがそこらかしこにいるとは思えなかった。


 「…。」


 だから、逢坂は納得する答えをもらっても、相川に何か答えることができなかった。




 迷子の一件から時間を経て、昼食をとり、名も知らない公園のベンチで二人座っていた。


 「子どもが元気だぁ…」


 公園の遊具でわぁわぁと騒ぐ子供たちを見て、老人のようなコメントを相川は口にした。


 「そう言えば、相川って兄弟多いんだっけ?」


 コメントから逢坂は話題をちょっと引き出した。


 「そうなんだよ。俺が一番上で、下に妹2人、弟3人。中学は妹一人だけであとはみんな年子の小学生」


 「もう公園じゃん」


 「うん」


 「うんって…」


 「そりゃそうよ、飯作ってるときも、洗濯物を干してるときも野郎連中は蹴り入れて来るし、嬢さん連中はオカンの化粧品どっからか、引っ張りだしてバケモンに大変化だいへんげよ」


 「そりゃ、大変だぁ…。…ん?」


 「ん?」


 「家事って、誰やってるの?」


 「俺時々親」


 「放置されているの?」


 「いや、ネグってはないよ。単純に会社が忙し過ぎて会社に留まるか、会社の近くにある社員寮に寝泊まりするかがいつもだからさ。あるかないかの休日に帰って来て、早朝に出ていくくらい忙しいの、俺の親」


 だからこそ、バイトしなくていいレベルの小遣い貰えてるんだから感謝だよな、なんて相川は付け足した。

 逢坂は一人っ子で、母親は専業主婦で、父親は大体定時に帰って来る家庭だ。

 帰ったら、親が大体のことはしてくれて、自分のことは最低限。

 そう思うと、ますます、相川は誰が助けるんだろうと、思えた。

 そして、逢坂は思いついて、思いついたまま言う。


 「私、今日、バイトあるんだけどさ。夜十時に終わるんだ。でさ、今日、パパとママ、結婚記念で夫婦旅行に行っていなくてね」


 「…?」


 「前説まえせつ長すぎてわからないみたいな顔しないでよ!あぁ、もう。だから、前、バ先教えたじゃん、そこで十時に待ち合せして、私の家に着て!!」


 「…怒らんでもいいじゃんかよ」


 「うっさいわ」


 言っている途中で、初めて異性を家に、それも両親が家に居ない状態で上げるという事に気付き、恥ずかしくなりながらも、逢坂は言いきった。

 顔を真っ赤にしている逢坂を見て、溜息を吐いた、相川は、


 「遅刻しないようにするわ」


 了承した。





EP4 ホウヨウ、カノジョ



 午後十時。

 逢坂のバイト先であるコンビニの外で相川は立っていた。

 一番上の妹は粗方の家事を教え込んでいるため、さっさと行ってこいと反抗期された。

 いってらっしゃいと言っていたのゲームをしていなかった末っ子の弟だけだった。

 今日も全身全霊で成長期している兄弟たちを家に春に近づき温かくなってきたとはいえ、まだ寒い外で、珍しく五分前に到着することが出来た相川はスマホを弄ることなく、星もない星空を眺めていた。

 一等星だけが微かに見える静でないとは言いづらいが、ちゃんと見えるかと言われれば、ノーと首を振りたくなる夜空が少しおかしく見えた。


 「相川!」


 その声に首を動かすと逢坂がいた。


 「終わったの?」


 「じゃないと来ないでしょ」


 「そうか」


 短い言葉を交わして、


 「いこっか」


 逢坂は相川の手をパッとにぎり、二人、歩きはじめた。




 逢坂の家に上がり、案内されるがまま、逢坂の部屋に相川はいた。

 何するの?

 単純な疑問符のみが相川の頭をめぐっていると、逢坂は彼女自身のベッドに座った。

 座って、彼女の横にあるスペースをポンポンと叩いた。


 「へ?」


 言葉なしのジェスチャーに変な声の疑問符が声からでた相川に何故か切れ気味の声色の逢坂は言う。


 「ここ、座って!」


 「…怒らんでもいいじゃんかよ」


 二度目の言葉を口にして相川はまた促されるまま、座る。


 「抵抗しないで、力を抜いて、なすがままにされろ」


 なんの三原則だろうか。

 しかし、その通りにしろと言う事なので、相川はそうすることにする。

 すると。

 ぽす。

 やわらかな感触が、相川の身体を包んだ。


 「?」


 声というか、唸りというか、何にもならない音を相川は喉から出す。

 取り合えず、逢坂の胸元で抱かれ、頭をなでられているのはわかった。

 でも、なぜ?

 そんな疑問に答えるように逢坂は話始めた。


 「相川…、ううん、恵紀はさ、いつも人助けばっかりで、礼言われなくても、睨まれても相変わらずでさ。家も一人で、姉弟も手伝ってくれているとは思うけどさ、頑張って、私、心配になっちゃった」


 相川は答えない。

 そっと聞くだけ、そんな姿勢で逢坂の言葉に耳を傾ける。


 「たぶん身近の人もいるだろうし、友だちの雨屋君とか、浜村君とか助けてくれる人はいると思うけど、いざっていう時、誰が支えてあげるんだろうって思ったら、思い浮かばなくって。だから、こうして君のこと、褒めて、支えられたらなって。あの日、私が決断で来た時みたいに、背中を押したり、肩を叩けたらなって。だから、たまにこうさせてよ。これからも。恵紀が頑張れるようにちょっと休めるように。一緒にいない?」


 最後に振られた疑問。

 相川は少し考える。

 茶化すべきかとか、真面目にどう返せばいいとか、考える。

 良く考えて、その上で、一拍空けて。


 「…海華梨、これからも、いいか?」


 訊く様に答えた。


 「うん」


 そう言って、相川は撫でられるまま、少しの時を過ごした。





Ending 関係はなぁなぁで、それでもゆくゆくとするもので

 


 あの日の夜以来、逢坂は相川の家にいったり、逆に逢坂の親がいない日に相川が彼女の部屋にいったりしている内に、自然に恋愛の中になっていた。

 決してお互いにお互いが告白することはない。

 しかし、お互いがお互いに想っているのはわかっている。

 そんな関係。

 今日も相川は誰かの背中を押して、逢坂は相川は優しく見守る。

 それで、毎日、笑顔で居られるのなら、お互いに、お互いは、お互いでいいなって、思い合っているのだから。

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