第5章 1千万年の記憶 (2)祈り ②

 --- 最後の抵抗 ---


 月から約6万km離れた空間には、地球艦隊の残存部隊と、それを追跡する機械化艦隊の姿があった。


 地球艦隊の有効な戦力は旗艦アクエリアス以下、僅か14隻の戦闘艦しか残っていない。

 これに対して機械化艦隊はまだ70隻近い艦影が確認されている。


 数の差でも、性能差においても、圧倒的に地球艦隊が不利な状況だ。


 彼我の距離は300~400km前後を維持しているが、いよいよ推進剤も弾薬も残り僅かとなっていた。


 地球艦隊総司令のバーク提督は、覚悟を決めた。

「我々は敵艦隊を十分引き付けた。あとは、残った連中に頑張ってもらおう」


 そうつぶやくと最後の指令を発した。


「副長!

 奴らを地球に遣るわけにはいかん。

 本艦隊はこれより、最後の対向戦闘を行う。非戦闘艦は戦域から離脱させろ。戦列艦は敵へ向けて直ちに回頭。

 攻撃目標、敵大型艦艇。

 全兵装装填!主砲、チャージ開始。

 出し惜しみするなよ!」


 副長がバーク提督の指示を復唱し、各艦へ伝達される。

 残存する艦が、一斉に追跡してくる敵艦隊に向けて回頭した。


「敵艦隊正面、急速接近中。

 間もなく射程に入ります」


 彼我の距離が縮まりつつある中、観測オペレーターが違う方向から接近する一群を捉えて報告した。


「提督!

 ポイント82、エレベーション28よりレーダーに感あり。

 接近する物体その数25以上、急速接近中です。おそらく敵艦隊と合流するようです」


 報告によれば正面の敵艦隊に向かって右から接近する一群があることを伝える内容だった。


 その報告にバーク提督は思わず声を荒げた。

「何だと、奴らめ、まだ湧いて来るのか!」


 しばらくアクエリアスの戦闘指揮所に重い空気が流れ、誰もが沈黙のなか、敵艦隊の接近を見守るしかなかった。


 観測オペレーターが上擦った声で叫んだ。

「・・・あれは、敵ではありません!

 偵察ドローンからの映像を解析。先頭に巡洋艦スコーピオを確認しました。

 火星艦隊です!!」


 そう補足訂正すると、予想外の援軍来援の報に、巡洋艦アクエリアスの指揮所がたちまち沸き返った。


 接近する敵艦隊の側面から、火星艦隊が単縦陣で突っ込んで行く。

 かなりの相対速度だ。


 機械化艦隊と火星艦隊の間で多数の火花が散った。

 戦闘が始まったようだ。


 旗艦アクエリアスへ、火星艦隊から通信が入った。

 オペレーションモニターに、火星軍のサザーランド司令長官の顔が映し出される。


「こちら火星艦隊。遅くなり申し訳ない。

 途中で手荒い待ち伏せに逢いましてな。

 お陰でとんだ寄り道をしてしまいましたよ」


 バーク提督はサザーランド司令の敬礼に軽く答礼すると、挨拶した。


「こちらは漸くようやく盛り上がってきたところです。

 最後にまた一緒にやれて良かった」


 状況がお互い切迫している中で、古くからの盟友へ精一杯の感謝の言葉であった。


 短い通信が終わると、バーク提督は改めて攻撃の命令を出した。

「火星艦隊と連携して攻勢を掛ける。

 全艦主砲斉射、突撃せよ!」


 火星艦隊は敵艦隊の中腹に突っ込んで、その速度差を利用した一撃離脱戦法を取ろうとしている事は明らかだった。


 高速で突入しながら爆雷攻撃を加えれば、より大きな運動エネルギーによる打撃力が得られる。

 敵が密集していれば、爆雷攻撃の効果はさらに高まるだろう。

 うまくいけば起死回生のチャンスになるかもしれない。

 しかし、この戦法には大きな欠点が一つだけある。

 それは敵と交錯したあとに、背中を狙われる危険性があるということだ。

 無防備な背面を攻撃された場合、最悪は壊滅のリスクも有り得る。


 バーク提督は突撃によって敵を引き付ける事で、この弱点を少しでもカバーしようと試みた。


 あとどれだけ持ち堪えられるだろうか。

 もう、彼らに賭けるしかない。

 バーク提督は、モニターに映る月を見つめながら座席に深く座り直した。


 --- 祈り ---


 ゾルダートの撃破から3時間後、ディレクトールが作り出した月面基地の上空にモルトファルギロイと駆逐艦2隻があった。


 基地周辺には特に防衛設備などはなさそうだ。


 もっとも、そのような設備を作っていたとしたら、すぐさま人類と敵対していると気付かれてしまうだろうから、地下でゾルダートの様な防御兵器を作っていたのだろう。


 ウィルが通信に向かい、エマに状況を確認する。

「エマ。ディレクトールはここに居るのか?」


「はい。

 先ほどゾルダートが出てきた穴が宇宙港の様です。隣にある構造物が、たぶん港湾施設ですね。

 スキャンの結果、その周辺一帯の地下に巨大な空洞が有るようです。

 その地下の中心部からディレクトールの識別信号が出ています」


「わざわざ識別信号を出しているのか?」


「はい。

 もともと彼はターム人が管理していた人工知能ですから、遠隔で状況を確認出来る様にする為に残された機能だと思います。

 記録によれば、遠隔操作をされない様に自身を改造したらしいですが、恐らく識別信号の発信機能は基礎プログラムの書き換え不可能な領域に組み込まれていて、自分では解除出来なかったんだと思います。

 彼が機械化艦隊に指令を送るときも、必ず専用の識別信号が含まれています。

 80年前、私もそれを受信して目覚めたんです」


「そうか、なるほどな」


 ウィルは答えると、一呼吸おいて続けた。


「エマ。

 いよいよだな。ここからはお前のケジメだ。

 決着を付けて、必ず帰ってこい」


「はい。

 ウィル。ありがとう。

 ダルバンガの皆さん。一緒に旅が出来て、とても楽しかったです。

 皆さんが助けてくれなければ、ここまで来られなかった。

 父が仲間と共に進めと言っていたことの意味が、分かったような気がします」


「エマちゃん。

 負けたら承知しないからね」

 レイラは涙を堪えながら、震える声でエマを励ました。


 ウィルのヘッドセットを掴んでヴァラーハが横から注文を付けた。

「帰ってきたら皆で映画を観にいこう。約束だ」


 エマはモニター越しに頷いた。


 ウィルはヘッドセットを着け直すと命令した。

「エマ。

 最後の作戦だ。

 破壊目標、敵性人工知能ディレクトール。

 必ず勝って帰れ。よし!行け!!」


 エマは真っすぐ前を見て、その指示に頷いた。


「モルトファルギロイ2号機、出撃します!!」


 エマが叫ぶと同時にモルトファルギロイのスラスターから眩い光が輝いて、機体は瞬時に流星になった。


 お姉さんに出来たことだもの、私だって出来るハズ。

 父さん、姉さん、私を導いてください。

 エマは祈った。


 月面に接近すると、物資搬入用とみられる構造物が並んだ港湾エリアの中で岩盤の薄そうな部分に的を絞り、反粒子荷電砲をバーストモードで照射した。


 瞬時に対消滅反応によって300mもの深さに達する穴があき、内部で連鎖的に大爆発が起こって地下空間への入り口が開いた。


 エマは速度を緩めず一気に突入した。

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