第5章 1千万年の記憶 (2)祈り ①
月の軌道上に静止していた駆逐艦ダルバンガの両脇に、2隻の駆逐艦が並んで横一文字のフォーメーションを作った。
「こちらイソカゼ。配置についたぞ」
「マイルズだ。ナギも配置についた。
カウンターは1時間が過ぎた。そろそろ祭りの時間だな」
各艦の通信が流れる中、ダルバンガの正面に異星の戦闘機モルトファルギロイが配置された。
「こちらエマ。皆さん、ちゃんとついてきてくださいね。
では行きますよ!」
エマの声を聞いたところで、戦闘指揮所からオオタニ艦長が号令を掛けた。
「作戦開始だ。全艦、最大出力!」
3隻の駆逐艦のエンジンノズルに閃光が輝き、猛烈な加速が始まった。
それをモルトファルギロイが先導する形でゾルダートに向かって一直線に進む。
しばらく進んで最初の作戦ポイントに入った3隻の駆逐艦は、爆雷を順次投射した。
派手な動きによって見つけてくださいってアピールしているようなものだ。
しばらくすると、敵の接近を探知したゾルダートが、傘の様に広がった巨大な半球状の船体の周囲に配置された12機の旋回式のレーザー砲を起動した。
その内、死角になっていない4機のレーザー砲を、突撃してくる3隻の駆逐艦に向けて射撃を開始した。
レーザーはアンチレーザー爆雷の効果によって弱められ、モルトファルギロイの超機動性能と特殊装甲によって受け流され、全てが弾かれた。
3隻はゾルダートの攻撃が始まると同時にフォーメーションを変更して、今度は縦一直線に並んだ。
ゾルダートは何度か砲撃を加えたあと、殆どダメージを受けない敵に業を煮やしたのか、ドームの頂点部をこちらに向けるように姿勢を傾斜させてきた。
姿勢変更によって全周に配置された12機全ての大型レーザー砲がモルトファルギロイと3隻の駆逐艦に向けられ猛烈な攻撃が始まった。
ウィルは思ったより早いゾルダートの対応に、エマの状況を確認した。
「ゾルダートの反応が早すぎる。まだ耐えられるか?」
「まだ大丈夫です。でもこのままだとマズいかも・・・」
モルトファルギロイのリアクターが唸りを上げて、機体表面の特殊装甲にレーザーを跳ね返し、冷却をする為のエネルギーを送り続けた。
突撃から10分経っただろうか。
「冷却機能が・・・そろそろ限界です!」
モルトファルギロイの特殊装甲に蓄積された熱量が、溶融温度に達する事を警告するアラームが点灯し、エマは状況を苦々しく告げた。
それを聞くや否や、エマのすぐ後ろに追従していたイソカゼが、緊急用のブースターを点火してモルトファルギロイの前に進み出てきた。
エマはその様子に気づき、叫んだ。
「ダメです!!
下がってください!!」
後方のナギとダルバンガをカバーし続けているため、モルトファルギロイはコースを変える事が出来ない。
エマの悲痛な声が聞こえた刹那、ゾルダートのレーザー砲がイソカゼを貫いた。
イソカゼから通信が入った。
「女のコに守られてるだけじゃサマにならん。イソカゼの残骸を上手く使ってくれよ。・・・じゃあな」
ホーガン艦長は最後に敬礼をした。
「すまん」
オオタニ艦長は、キャプテンシートから姿勢を正して返礼をした。
その直後、閃光がモニターを一瞬の内に真っ白く覆い尽くした。
次にモニターが回復したときには駆逐艦イソカゼの姿はなく、いくつかの残骸が漂っているだけだった。
エマはこんな時、人間だったらきっと涙を流したんだろうなと考えた。
エマは初めて自分と自分を作り出した父を恨んだ。
感情を理解する事が出来るのに、なぜ涙を流す機能を与えてくれなかったのだろうと。
オオタニ艦長が指示を出した。
「イソカゼの決意を無駄にするな。
イソカゼの影に入って防御体制を継続・・・」
激しい攻撃の中、ひたすら耐え、沈黙が続いた。
どれだけ時間が経っただろうか。
ほんの数分間が、永遠の様に長く感じられた。
モルトファルギロイの防御機能も回復した頃、ゾルダートに異変が起こった。
これまで傘の頂点にあたる艦首を真っ直ぐこちらに向けて、怒り狂ったようにレーザー砲を連射し続けていたが、突然攻撃を止めたかと思うと、まるで勢いが無くなって止まる寸前の
ゾルダートのエンジンとエネルギー伝達回路が破壊され、レーザー砲へのエネルギー供給が断たれたのだ。
これは作戦開始前に行った細工によるものだった。
モルトファルギロイと駆逐艦3隻の突撃に合わせて、予めゾルダートの待ち構える方角とは逆の方角に向かって機動爆雷をいくつか放り投げておき、月の周りを一周させつつ射程に入ったと同時に加速させ、ゾルダートの背後から弱点であるエンジンに命中させたのだ。
わざわざこれ見よがしに突撃して見せたのは、接近する敵を一刻も早く排除しなければならないと思わせる為だ。
ダメージを受けない敵を前にすれば、必然的に全力を出さざるを得なくなる。
ゾルダートはウィルの演出したシチュエーションによって、全てのレーザー砲を使うために艦首をこちらに向けた。
その結果、弱点であるエンジンを、月の水平面に晒したのだ。
エンジンノズルと制御系の一部を破壊されたゾルダートは、今や糸の切れた凧同然となった。
ウィルはすかさずエマに指示を出した。
「エマ。
今がチャンスだ!」
「はい。了解です!」
エマは素粒子遮断フィールドを全開にすると、エンジンをオーバーブーストモードにしてスラスターを解放した。
そして、直接彼女の中に送られてきた映像の遥か先に浮遊するゾルダートに意識を集中して念じた。
追いつけ、光の速さに!
その強い意思と一体化した機体は、一瞬のうちに極限まで加速した。
まさに光の矢となった機体は、猛烈な速度でゾルダートに近づいて、その懐に飛び込むと、すかさず反粒子荷電砲を放った。
反粒子荷電砲は、モルトファルギロイに搭載されている反物質リアクターが発生する膨大なエネルギーと、反物質そのものを使った兵器で、反粒子を発生させ、荷電粒子砲と同じ原理で反粒子を放射する対消滅兵器だ。
反粒子は、そのままだと発射と同時に射線上の空間に漂う常物質と反応して殆どが対消滅を起こして消えてしまうため、直前にプラズマ放射で射線上の常物質を蒸発させてから発射される。
反物質荷電砲はその性質上、有効射程は最大でも2km程度と極端に短くなっているうえ、膨大なエネルギーを消費するため、他の機能とは同時に使えないという制約がある。
硬いものほど内部からの応力を受けると、発生した内圧によって割れやすくなる。
至近距離で発射された反粒子は、いとも簡単にゾルダートの装甲を貫き、装甲や内部構造を巻き込んで、対消滅反応による爆発を発生させた。
発生した膨大な熱エネルギーによって構造が内部から崩壊し、内部に閉じ込められた内圧に耐えきれず、船体が真っ二つに裂けて月面へ落下していった。
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