第5章 1千万年の記憶 (1)決意 ②
--- 罠 ---
地球艦隊と機械化艦隊が交戦状態に入ったのと同じころ、駆逐艦ダルバンガ以下3隻で構成された独立部隊は、息を殺すように月の周回軌道に入った。
月の裏側に入り、地平線が日の出と共に明るく見え始めた頃、光学モニターには遥か彼方に山のような物体が確認されていた。
「月にあんな山なんてあったか?」
違和感をおぼえたケニー大尉が、月面の地形図と照らし合わせて該当するポイントの観測を始めた。
モニターを解析モードに切り替え、山の様な部分を拡大投影する。
それは山ではなくドーム状の形をしていて、丁度開いた傘の様な形をした構造物が浮上している姿だった。
構造物の下側には長く伸びた噴煙が月面にまで達し、月面に開いた大きな穴の中にまで届いていた。
どうやらその構造物は上昇を続けているらしかった。
そのシルエットを見るなりエマが叫んだ。
「あれはゾルダートです!」
「エマ、知っているのか?」
ウィルは尋ねた。
エマは頷くと、ゾルダートの基本的な情報を説明した。
「ゾルダートは盾という意味で、かつてターム人が建設した拠点防衛用の兵器です。
基地や重要な拠点の上空を守ったり、宇宙から敵が侵入するのを防いだりするための物です。
大きさが7km以上もある大型兵器で、外殻がとても厚くて通常の兵器では歯が立ちません。
大きなドームになっている前面装甲には多数のレーザー砲や対空砲があって近づくのも危険です。
戦闘力は数十隻の戦艦に匹敵します。
でも、あんな物まであるなんて ・・・」
ダルバンガの戦闘指揮所に戦慄が走った。
エマの話す通りであれば、たった3隻の小型艦で敵う相手ではない。
さらにエマが説明を続ける。
「かつて、私の姉がディレクトールを破壊する為に母星タームへ降下しました。
その時は、別働隊が全滅覚悟でゾルダートを引きつける作戦が立案されたって、記録が残っています。
作戦の結果は記録がないので分かりませんが、それが事実なら恐らくモルトファルギロイでも近づけないかも知れません。
ですが、近づく事さえ出来れば何とかなるかも・・・」
ウィルはゾルダートを月面に建造した理由を推測した。
「おそらく、ディレクトールは宣戦布告まで、人類と敵対するような素振りを見せないようにしなければならなかったはずだ。
だから月の地下で兵器を製造していたんだろう。
かといって、地下を要塞化しても意味がない」
そこまで言うと、ヴァラーハがその説明を疑問に感じて割り込んだ。
「なぜだ?
地下をガチガチの防壁と罠で固めてしまえば、負けないんじゃないのか?」
「確かに何よりも硬い壁で基地の周りを囲って、ひたすら防御に徹すれば負けることがないかもしれない。
だが、それでは地下からは攻撃が出来ない。
つまり陣地から出て来なければ、勝つことも出来ないということだ。
相手が諦めて引き揚げる可能性があるなら、それでも良いかもしれないが、あのAIの行動目的は人類の殲滅だ。
優秀なAIだというのなら、おそらく地下基地の防御を固めるだけで、結果的に閉じ籠ったままの戦法よりも、相手を攻撃できて、同時に基地の防御も可能なゾルダートの様な兵器を作って、反撃の機会をうかがう方が、余程理にかなっている」
「なるほど。
だとすれば、アイツが最後の難敵というわけか・・・」
ウィルはヴァラーハの見解を聞きながら、少し考え込むようにして付け加えた。
「そうだな・・・それから、おそらく我々は罠に嵌められた可能性が高い」
「罠だって?・・・それはどういう事だ?」
ヴァラーハは少し怪訝そうに訊ねた。
「戦力の分散というのは、多くの場合では不利になる。
それはディレクトールもこちらも同じだと思うが、考えてみてくれ。
戦力として100隻を超える圧倒的な数の艦隊が残っていて、なおかつ地球艦隊が月にある自分の基地に攻め込んでくることが明らかである以上、わざわざ月軌道から離れて艦隊戦を挑む理由は無いだろう?
ゾルダートを主軸に艦隊を編成して、月軌道で待ち伏せした方が余程効率が良いはずだ。
なぜ、その手段を取らなかったのか・・・」
ヴァラーハはそれを聞くと、何か腑に落ちた様子でエマに目線を向けた。
「やられたな・・・艦隊はオトリか!
モルトファルギロイを相手にしたら、せっかく用意した大艦隊も苦戦を強いられるだろう。
もし艦隊戦で負ければ、今度はゾルダートだけで防ぎきれるか分からなくなる。
だから、モルトファルギロイを集団から切り離した上でゾルダートを使って迎撃しよう、ってことか・・・」
同行する駆逐艦イソカゼとナギに減速を指示した後、オオタニ艦長が作戦会議に加わってきたが、珍しく判断に迷っているようだった。
「どうする。
我々だけでアレは破壊できるのか。
地球の
このまま手も足も出ないとなると、敵の艦隊が戻ってきて挟み撃ちになる可能性もある・・・」
呟くように話すオオタニ艦長の様子を見ていたウィルが、エマに尋ねた。
「完全防御という事は無いはずだ。
必ず弱点はある。あのゾルダートは月面の基地から上がってきたんだよな」
エマが頷く。
「エンジンはどこだ」
エマはモニターを指して言った。
「煙が出ているし、あの傘の裏でしょうね」
ウィルが学生に謎掛けする教師の様に続けた。
「補給やメンテナンスはどうやってやるんだ?」
エマはモニターに映る月面の大きな穴を指差して、上下に動かしてみせた。
「あのまま真っ直ぐ地面に降りるのでは?」
「という事は上昇したり降下したりするために傘の裏にはエンジンがあって、補給やメンテナンスのために基地と連結する機能もあって、もしかすると着陸する脚もあるって事だよな。
そんな複雑な機構に分厚い装甲を付けられるか?」
エマはハッと何かに気が付いたように、両手の拳を胸の前に構えて答えた。
「あっ・・・そうか!
傘の裏が弱点なんですね!」
「きっとそうだ。
拠点の上空防衛用の兵器だというなら、地上からの支援を前提に上面の防御に特化して設計されている筈だ。
だから恐らく傘の上の部分は遠慮なく装甲を強化しているかもしれないが、それ以外は弱いはずだ。
それに、大気圏内から発進して上昇するためには、下向きにエンジンを集中配置する設計にならざるを得ない。
傘の裏にあるエンジンは、おそらく一番守りたい弱点だ」
ヴァラーハが横槍を入れた。
「なるほど、それならあの大きな皿をひっくり返してやれば、簡単に破壊できそうだな。
しかし、テコでも動きそうもないが、一体どうやって傘の裏を攻撃するんだ?
第一、傘の裏はコッチからは完全に死角だろう」
確かに、下側に回り込むのは月面からの距離や、彼我の有効射程を考えると難しそうに見えた。
ウィルは少し間をおいて口を開いた。
「いい考えがある。
ヴァラーハ、月の地形データと我々の位置データを使ってシミュレーションと軌道計算をして欲しんだが。
それから艦長、ちょっといいですか」
オオタニ艦長は難しい顔をして聞いていたが、ウィルの提案に少し前のめりになった。
最早、オオタニ艦長は、ウィルの事をただの学者だとは思っていなかった。
内心を明かす機会があったとしたら、きっとウィルを誘い、統合軍の士官学校に推挙していただろう。
それくらいウィルが、持ち前の学術的知識を応用して作戦に生かしている様に感じていた。
「ああ、聞かせてくれ。
地球軍はいつも、二人の天才と幸運の魔女に助けられて来たんだ、最後までたのむ」
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