第5章 1千万年の記憶 (1)決意 ①
遥か昔、銀河の外れに人類の生まれた星が有った。
生き延びる為に集団生活を送るようになった人々が社会を作り、戦争や災害を乗り越えて、3000年余り続く文明を築き上げてきたのだ。
彼らの星は、生者と死者を繋ぐ大地を意味するタームと呼ばれた。
豊かな科学力によって、永劫に続くかと思われた彼らの文明は、ターム暦3300年に自らが創り出した災厄によって、母星を奪われ、今まさに絶滅の危機を迎えていた。
運よく母星を脱出出来た人々の多くは、母星タームの一つ外側を公転する第4惑星カレンダルへ逃れた。
元々惑星カレンダルは、増えすぎた人類を養うため、おおよそ400年前からテラフォーミングと入植が進められてきた歴史ある惑星だ。
直径がタームよりもやや大きく、大気層も厚いため、太陽光の散乱現象によって夕焼けが鮮烈なオレンジ色に染まる事から、同じ色をした花を咲かせる植物の名がこの惑星に付けられている。
今ではタームと同様に人々が暮らし、政府には自治権が認められ、文明の第二の故郷となっていた。
ディレクトールの暴走によって追われた人々は、いつ侵略があるのかと怯えながら最後の時を過ごしていた。
そのカレンダルの赤道近くに位置する首都にある研究施設の一室で、60代くらいの男性と20代の女性がテーブルを挟んで打ち合わせをしていた。
二人は親子でもあり、会話の内容を別にすれば、仕事で打ち合わせをしているというより、家族会議の延長に近い雰囲気だった。
男性はマーキスといい、タームでは、その名を聞けば知らぬ人はいない天才エンジニアだ。
深刻そうに話す彼とは対照的に、娘の方は明るく受け答えをしている。
「エルマリィ、本当に良いんだな?」
「お父様、一体何度同じ質問をされるのですか。
私が一番この機体に詳しいんです。他に誰が操縦できると言うんですか」
確かに作戦の為に正規軍からパイロット候補が5名送られてきたが、シミュレーターでは、彼女のスコアは飛び抜けて高く、要となる機体との神経接続の親和性についてもトップクラスであることは既に証明されていた。
「だがな、一度手術を受けたらもう・・・」
マーキスは説得が無駄だと分かっていながらも、娘を危険な目に合わせることを許せない気持ちがどこかにあった。
それが例え他人を犠牲にしても、だ。
「そんな事は、もう何日も前に決めたことです」
彼女は笑みを浮かべて平然と言う。
「しかし、やはりこの件は今開発している疑似生体に任せるべきだと思うのだがな・・・」
また同じ話かと言わんばかりに彼女は答える。
「あの子はまだ不完全ですし、学習不足で状況判断を任せられません。
必ず誰かが一緒にいて、サポートしなければいけない状態じゃないですか。
誰かが行くしかないんです」
そこまで聞いて、マーキスはため息混じりに答えた。
「分かったよ。
・・・済まない」
迫りくる人類の危機に、常識ではありえない返事を、さも当たり前のようにしてしまう現実がそこにはあった。
「私が必ず何とかします。任せてください・・・」
最後の打ち合わせを終えて、黄昏の街へ出ると、娘の言葉を反芻した。
何とかします・・・か。
いつもの口癖だったな。
そう思いながらマーキスは一人、研究所を後にした。
母の居ない家庭で気苦労を掛けまいと、誰よりも気丈に育ってしまったな。
あの
本人が最も苦しい立場にあるというのに、他人を思いやる事が出来る娘を誇りに思う気持ちと、他人を犠牲にしてでも娘を守りたいという自分の我儘を天秤に掛け、マーキスは空を仰ぎながら自身の罪を再認識した。
「こんな私でも、まだ涙は流れるのだな・・・
妻は不甲斐ない私を許してくれるだろうか」
マーキスは陽が傾き、空が赤く染まる中を一人歩きながら物思いに耽っていた。
--- 地球軍の戦い ---
ターム人類が母星を失って1000万年の時が過ぎた。
地球艦隊は月軌道周辺で、迫りくる敵に備えて戦闘の準備を始めていた。
その総旗艦アクエリアスでは、バーク総司令が刻々と変わる状況に応じて指示を繰り出していた。
月の裏側にいた100隻を超える機械化艦隊が、月の地平線から、まるで朝日が昇るかの様に出現し、地球艦隊が装備する戦闘用の観測装置で敵の船体のシルエットが直接確認出来るようになった。
「月軌道への侵入コースを維持したまま艦隊を横展開しろ。
敵が食らいつく兆候を見せたら全速で転進するぞ。
観測を厳にせよ。
戦闘機は雷裝させて出撃。アウトレンジで攻撃させろ。当たらなくても構わん。
駆逐艦部隊はジャミングを続けろ」
矢継ぎ早にバーク提督が指示を出す。
地球艦隊は、機械化艦隊に正対して横並びにフォーメーションを変更すると、武装を機動爆雷に換装した戦闘機部隊を発進させた。
ジャミングとは電磁波妨害の事で、敵のレーダー探知を欺瞞したり通信を妨害したりするものだ。
前回の艦隊戦では機械化艦隊もレーザー測距による光学観測の他に、電磁波も利用している事が確認されているから、ジャミングも一定の効果はあると期待されていた。
戦闘機が前進して雷撃が始まると、機械化艦隊はそれを物ともせず、真っすぐ加速を掛けて地球艦隊に向かってきた。
圧倒的な物量差ですり潰そうというのだろう。
バーク提督はその様子を見るなり、少し吹っ切れた様子で艦隊に指令を出した。
「よーし、戦闘機を収容したら月の逆軌道に沿って転進だ。
段取り通りクロソイド軌道で地球へ向かい、月の重力の影響を利用して全速で逃げるぞ。
こちらの方が身軽だから逃げ足は早い筈だ」
しばらく速度面で優位に立った地球艦隊だったが、おおよそ一日逃げたところで重力圏を離脱した機械化艦隊に距離を詰められた。
位置の優位性を失った地球艦隊は、機械化艦隊と一定の距離を保ちつつ、撃っては逃げを繰り返した。
直線的に逃げれば、当然、エンジン出力の高い機械化艦隊に追いつかれてしまう。
そこで地球艦隊は、相手よりも軽い船体であることを逆手にとって、ジグザグにコースを変えながら逃走した。
軽い船体は、方向を変えても慣性力が小さいから、再加速に要する時間が短くて済む。
要するに相手よりも小回りが利くので、カーレースにおいてカーブでは軽い車の方が速いという理屈と同じだ。
それに機械化艦隊も強引に加速して来る様子もなかった。
事前にエマからもたらされた情報通り、無理な加速をすると艦列を維持できなくなり、接近戦で乱戦になった場合、AI同士の連携が維持できないので、そのような場面では人間の即断力には勝てないと分かっているからだ。
地球艦隊の動きは、まさに蜂の巣を啄いては逃げる、子供のいたずらの様ないやらしい戦法だった。
もし相手が人間だったら、精神的にも相当効果があったかも知れない。
だがこの戦法は、光学兵器しか持たない機械化艦隊に対して、思いのほか大きな効果があった。
常に距離を取るようにすることで、相手の光学兵器の効果を軽減出来たし、航続距離の短いドローンの追跡を撒く事が出来た。
地球艦隊は性能の劣る光学兵器で撃ち合うことはせず、実体弾を主軸にして爆雷や電磁投射砲を効果的に活用して戦った。
実体弾の命中率はそれほど高いものでは無いが、宇宙空間では運動エネルギーは失われないから、光学兵器の射程外から使う事が出来たし、命中すれば大きな効果が得られた。
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