第4章 神話 (4)エンジニアの心 ②

 --- ソリルの最後 ---


 気がつくとナビゲーションルームの照明は消えており、非常灯が点いていた。

 けたたましいアラームでソリルは目を覚ました。


 長い時間が過ぎた様な気がしたが、状況から察すると衝突してからまだ数十秒しか経っていないようだった。


 足が動かない。

 手の感覚もない。

 顔が床についているのを感じ、感覚が戻って来ると共に頬にベットリとした液体が張り付いているのが分かった。


 血だ。

 俺の血か。

 だが痛みは感じない。

 ・・・こりゃ助からんな。

 咄嗟にそう直感した。


 なんとか声を張り上げてみたが、誰からも返事は無かった。


 聞こえてくるアラームや、何かが焦げる臭いが非常事態を伝える中、感じ取れる緊張感には現実味があった。


 どうやら、まだには行ってなさそうだな。

 ソリルは簡単に楽にはしてくれなかった神の悪戯いたずらを呪った。


 少なくともこの状況から察するに、自動で自爆する為のプロセスが、何らかの原因で動かなかったのだろう。

 準備は完璧だと思っていたが、何か手違いがあったのか。

 いまさら思い返しても遅かった。


 しかしまだ生きている以上、何か出来る事が無いか、考えを巡らせた。

 起き上がるのは無理そうだったが、辛うじて声を出すことが出来たので、悪あがきをすることに決めた。


「アルター、音声指令モード」


 ソリルは平衡感覚が麻痺しているのを感じながらも、まだ意識はハッキリしていたので、できる限り声を張り上げてアルターに指令を出した。


「音声対話による拡張指令モードが有効になりました、命令をどうぞ」

 単調な声でアルターが答える。


 幸いなことに、どうやらこの船のAIは、まだ正常に機能しているらしかった。

 拡張指令モードは、音声だけで殆どの指令をこなせる制御方法で、艦長とソリルだけが使えるように追加、改造されたアルターのインターフェイスプログラムだ。


「状況を教えろ」


 ソリルの命令を受け、アルターは少しノイズの混じった音声で、アドファネスの受けたダメージ状況について報告を始めた。


「本船は移民船ヤカリースとの衝突事故により、正面側の外殻に重度の損傷を受けました。

 基礎フレーム構造にも壊滅的なダメージが認められます。

 居住区画の生命維持機能についても深刻なダメージがあり、シェルター、人工冬眠装置は完全に使用できません。

 さらに酸素供給システムがダウン。漏洩リークも各所で発生しています。

 早急な処置が必要です。

 メインエンジンはエネルギー伝送路の損傷により、使用不可能になりました。

 リアクターの保護機能に部分的な問題が生じていますが、今のところ正常に機能しています。

 なお、現在船内に確認できる生命反応は貴方一人です」


「アルター。

 何故自爆しなかったんだ」


 率直な疑問に、アルターは抑揚もなく答えた。


「衝突事故の際、最優先で本船の保護を優先する予備システムが働いたため、それ以前に出された指令は強制的に撤回されました」


「・・・そういうことか、別系統で安全装置を組み込んでいやがったのか。

 余計なことしやがって・・・やってくれるぜマーキス先生よ」


 そう言いながらも、なぜか悔しいという気持ちはなかった。

 むしろ、4000年も前から厳重に安全対策をしていたその仕事ぶりに、感銘する気持ちの方が勝っていた。


「アルター、ヤカリースはどうなった」


 質問を受け、アルターは即座に答えた。


「本船と衝突した移民船ヤカリースは、現在本船から離脱しつつあります」


 モニターは既に機能を失っていて状況を投影して確認することができない。


「くそぅ、まだ出来ることはあるんだ、逃がしてたまるかよ・・・

 アルター、係留アンカーは使えるか?」


「前面の8本は圧壊して動作不能ですが、側面の3本がまだ健在です」


「それをヤカリースに撃ち込め」


「ケーブルの強度不足で長時間は持ちませんが・・・」


「構わん、やるんだ」


「了解しました。係留アンカーを射出しました」


 しばらくすると、強い衝撃を感じて船体が引きずられて行くのが分かった。


 周囲の瓦礫が大きな音を立てて崩れた。

 重傷を負ったソリルは、床に突っ伏したまま、移民船のナビゲーショAIアルターに最後の命令を下した。


「リアクター、リミッター解除、全力運転だ・・・

 直ちに自爆しろ」


「・・・非常事態と認められる状況のため、特別保護規定により自爆命令は却下されました。艦長権限であっても、その命令には従うことが出来ません」


 慎重な創造者によって念入りに仕込まれた安全機能は、長い年月を経ても有効に機能していた。


 なぜ彼はAIの暴走を許したのか、疑ってしまえる程だ。

 いや、おそらく、そのような経験が生かされているという事なのかもしれない。

 ソリルは彼の想いを、今になって判りかけたような気がした。

 だが、ゆっくり考えを巡らせている暇などなかった。

 だんだん痛みも消え、全身の感覚が無くなってきている。

 ソリルにはもう時間が残されていなかった。


「くそぅ、しょうがねーな。

 エクステンションプログラム、“タームの門”を起動しろ」


「了解しました。

 プログラム、“タームの門”を起動します」


 続けて、最上位のコマンドを指示する為の段取りを行う。


「アルター、スーパーバイザーモードだ」


「スーパーバイザーモードは、最高権限保持者の確認が必要です。

 お名前をどうぞ」


「マーキス、ドクターマーキスだ」


 ソリルはアルターの開発者であるマーキスの名を答えた。


「声紋認識、ドクターマーキスを確認しました。

 お帰りなさい、ドクターマーキス」


 アルターが、開発者用の最高権限による、特別な命令で動作するようになったことを告げた。


 本船の制御の全てを司るAIは、ソリルが追加したプログラムによって、音声認識処理の制御を奪われ、ソリルの声をアルターの開発者、マーキスのものと勘違いしたのだ。


「アルター、反物質リアクターのリミッターを解除だ、リアクター全力運転、自爆シーケンス、起動・・・」


「了解。

 移民船アドファネスは自爆します、最終承認をお願いします」


「承認」


「自爆シーケンス作動しました、自爆までカウント2000、1777、1776・・・」


「遅い、カウントを短縮しろ」


「了解。

 カウント16に変更します。16、15、14、ドクターマーキス、さようなら」


「ふっ、俺は偉大なマーキス先生じゃねぇよ・・・ったく・・・」


ソリルはいつものように悪態をつくと、失血によって目の前が真っ暗になって来るのを感じながら、遠退く意識の中で薄笑いを浮かべ、そのまま瓦礫の中に消えていった。

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