第4章 神話 (4)エンジニアの心 ①
アルビタレイシオは、これまで執拗に追跡してきたアドファネスが、突然、後退して惑星エイドラの水平線の向こうに見えなくなったのを確認し、次の手を予測した。
一つ目は、再加速してオーバーシュートしながらこちらの後背に回る可能性。
この場合は確かに一時的ではあるが、完全に視界に捕らえられてしまう。
隠れる場所もない状況下で、最大加速の突撃を受ければ避け切れなくなるリスクがあるが、オーバーシュートした分だけ減速時間も長いはずであり、逆進して再加速するためには相当な時間が掛かるはずだ。
これならば十分に有利な位置に移動して、衝突を回避することが可能だろう。
二つ目は、裏側に回り込んで奇襲を掛ける方法だ。
後ろから来るか横から来るか分からない。
しかし、アルビタレイシオには絶対的に有利な条件があった。
それは人間が乗船していないということであり、加速によって生じる影響を考慮する必要が無いということだ。
もちろんアドファネスには船内に発生した人口重力によって加速時に発生するGを相殺する事が可能だろうが、その機能は限定的であって、完全に重力を無効化出来る訳でもないから、必然的に加速も限界がある。
この点を考慮すれば、アドファネスがどの方向から現れようと、緊急加速によって十分に逃げ切る自信があった。
人間は次第に疲弊するが、彼には無限に時間がある。
1か月後、1年後、10年後か分からないが、人間が動きを止めたとき、すなわち彼の勝利となるのだ。
あとは隕石を打ち込んで破壊しても良いし、ハッキングして乗っ取り、戦力に加えても良いだろう。
いっそのこと、アドファネスを隕石として惑星アセルファに送り返す方が効率的で良いかもしれない。
そんな事を思考しながら、彼は距離を維持するのではなく、その場に停止して相手の接近を待つことが最善と判断した。
だが、彼の予想を超えた方向からアドファネスは現れた。
アルビタレイシオに接続されていた接近センサーは真下、つまりガス惑星エイドラの厚いガスの中から巨大な熱源が迫っていることを探知し、警告を発していた。
アルビタレイシオは瞬時に最善策を検討し、緊急加速でその場から移動することで、辛うじて衝突を回避することが出来た。
しかしその結果、これまでにないほどに二つの移民船の間は距離が詰まってしまう事になった。
アルビタレイシオが人間だったら、しまったと地団駄を踏んだ事だろう。
ガセル艦長が立ち上がり、攻撃指令を下した。
「タランキの槍を使うぞ。
直ちに発射用意。照準、移民船ヤカリース」
副長がフォローする。
「スタビライザー作動、姿勢制御を射撃システムに連動、照準固定。発射口解放」
射撃担当のオペレーターが即座に状況を伝える。
「弾道予測、誤差許容内、問題ありません。
いつでもいけます!」
「よし、タランキの槍、発射せよ!」
艦長の命令に合わせてアドファネスの前面にプラズマが輝き、まるで落雷の様な痕跡を残して消えた。
レールガンの電極から発する放電現象だ。
その数秒後には、弾丸となったスレーブアンカーが移民船ヤカリースの表層に着弾した。
アルビタレイシオにとって、それは突然で予想外の奇襲だった。
高速で打ち込まれた弾丸は、迎撃の
着弾点に噴煙が揚がったのをモニターで確認すると、ガセル艦長は振り返ってソリルにアイコンタクトを送った。
「よし、任せろ」
ソリルは目の前のコンソールを叩き、コマンドをいくつか送った。
送られたコマンドは、タランキの槍として打ち込まれたアンテナによって中継され、移民船ヤカリースの制御室に設置された小型端末を起動させた。
端末は、かつてソリルがアルビタレイシオをハッキングした際に、デバッグ用に接続されていた物だ。
手早くキーを叩き、いくつかの手続きを行うと、端末に内蔵されていたプログラムを遠隔で操作して走らせた。
すると、すぐに変化が現れた。
ヤカリースの加速が止まった。
エンジンが停止したのだ。
「ヤツは今、俺が送ったコマンドで処理が止まっている。
システムを復帰させるために再起動しているはずだ。
止まっているのはせいぜいカウント40(10進数換算32)だ。
あとは頼むぜ、艦長さん」
ガセル艦長は、ソリルのその言葉を聞くと、すぐさま命令を下した。
「よろしい、直ちにメインエンジンを点火。
最大加速だ!
コースは手動で合わせろ。
アルターに艦長命令。ヤカリースと衝突したら自爆せよ」
本船のAIアルターは艦長命令に答えた。
「了解しました。
本船は、ヤカリースと接触を確認すると同時に、自爆します。
メインエンジン、緊急加速を開始します」
アルターがそう告げると船体に強烈なGが加わって、モニター上に映るヤカリースが急速に近づいて来るのが見えた。
人口重力発生装置でも相殺できないくらいの強烈なGが掛かって、全員がシートや端末にしがみついた。
壁に打ち付けられた者もいた。
画面一杯にヤカリースの船体が投影された頃、ヤカリースのメインエンジンから噴煙が伸びているのが見えた。
衝突を避けようとして、加速しているのだろう。
艦長は一瞬ニヤリと不敵な表情を浮かべて叫んだ。
「遅かったな、もう逃がさんぞ!」
正面に並んだオペレーターシートには、若い兵士が二人、隣同士で手を繋いでいるのが見えた。
確かあの二人は同郷で・・・そうだ、姉妹だったな。
あと数秒ですべてが終わる。
自暴自棄になったのか、勝利の雄叫びなのか、訳の分からない大声を上げている者もいた。
もう、誰がどうだとか、何がどうだとか、ソリルにはそんな事はもうどうでもよかった。
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