第4章 神話 (3)移民船 vs 移民船 ②

 --- 移民船 vs 移民船 ---


 移民船アドファネスが出撃して一ヶ月弱が経過した。


 巨大なガス惑星の軌道上では、二つの人工衛星が睨み合いをしていた。

 その睨み合いは既に10日以上続いていた。


 人工衛星といっても、その大きさは約20Kmにも及ぶ巨大な物で、かつて数千人が搭乗し、恒星間航行を行う移民船として使われていたものだ。


 初戦は装備されていたレーザー砲の撃ち合いが行われたが、お互いの外殻の表層を焦がしただけで効果が無く終わった。


 当初の基本作戦としては、衝突して自爆し、相手を巻き込んで破壊する手筈であったが、これも失敗に終わった。

 アルビタレイシオも移民船ヤカリースの反物質リアクターを起動しており、強力な推進力で回避されてしまうからだ。


「これでは生身のこちらの方が不利だ。

 睨み合いが続けば消耗してしまう」


 ガセル艦長が苛立ちをあらわにした。


「恐らくそれが目的なのでしょう」


 冷静な副長のサオ・シャントが答えた。


 張り詰めた空気の中、ソリルは艦長と副長の間に割り込んだ。


「要は逃げ回らないように、足を止めれば良いんだろう?」


「そんな事が出来るのか?」


 副長が問いただした。


「出来るさ。俺様を誰だと思っているんだ?

 ここ5年の引き合いはギルドでトップだったし、失敗した仕事はねぇんだ。

 嘘はつかねぇさ」


「しかし、どうやるつもりだ?」


 艦長も懐疑的だ。


「アイツに通信用プローブを突き立てる事は可能か?

 アイツの制御端末には、遠隔操作用の端末とインターフェイスが仕込まれている。

 割り込みインターラプトコマンドを送ることが出来れば、一時的に制御プログラムの流れを変える事が可能だ。

 プログラムを作ったときに、ちょっとした悪戯わるさをしていてな、そのルーチンを走らせると、本来、書き換えが不可能なメモリー領域に、ランダムなデータを送り付けるんだ。

 すると、当然書き込み出来ません、ってエラーを返してくる。

 一瞬のうちにそれを何億回も繰り返すと、エラーを返し切れずにバッファ処理が溢れ、オーバーフローを起こしてやがてシステムが停止してしまうんだ。

 安全装置が働いてシステムが再起動するまでの間は、全ての処理が止まるって寸法さ。

 ただし、コマンドを送る端末は近距離でしか通信が出来ない。

 だから表層にプローブを立てて中継をさせ、双方向で通信が出来るようにしてやる必要があるんだ。

 それさえ出来れば30(10進数換算24)・・・いや、40(10進数換算32)数える位は止められるぜ」


「副長、どうかね」


 艦長の質問を聞くまでもなく、副長はライブラリを操作して情報を確認していた。


「もしかすると可能かも知れません。

 採掘用のスレーブアンカーならば、一発や二発のレーザー砲の狙撃くらいであれば耐えられるかも知れません。

 そこに通信ユニットを搭載し、打ち込めば・・・

 しかし、スレーブアンカーの推進機では飛翔速度が遅いですから、撃ち落とされる可能性の方が大きいと思われます」


「撃ち落とす余裕を与えなければ良いんだろう?

 良い考えがあるぜ」


 ソリルの提案を聞いていたガセル艦長は、軍人が思いつく想定の更に上を行くソリルのアイデアを直感的に信用していた。


「聞かせてもらおう」


 ソリルは、待っていましたと言わんばかりに考えを述べた。


「スレーブアンカーを昇降シャフトに運び、昇降機に載せて打ち出すんだ。

 安全装置を解除すれば、物体を高速で打ち出すリニアレールガン《電磁投射砲》に早変わりって訳さ。

 これなら、レーザー砲が狙いを定めている間に着弾させる事が出来る。

 恐らくコイルが焼き切れるだろうから、一発勝負になると思うがな」


「副長、出来そうかね」


 ガセル艦長に促され、副長はモニター上に移民船の構造図とスレーブアンカーの断面図を重ねて確認した。


「中央の大型昇降機ならば、天井に固定することでギリギリ入る寸法です」


「よし、それでは準備に掛かろう。

 伝説では、戦神アドファネスが炎を噴く巨獣に立ち向かう寓話があったな。

 最強の盾ゾルダートで炎を防ぎ、最強の槍タランキで巨獣の心臓を貫いて仕留めたという・・・。

 その槍にちなんで、レールガンをタランキの槍と呼称する。

 計画をアセルファにも通達しておくように」


 艦長の指示を聞いて航法室ナビゲーションルームが慌ただしくなった。

 その場にいたメンバー各員が、副長の指示を受けてそれぞれの持ち場へ散って行く。

 ソリルも昇降機の制御プログラムを書き換える為の準備を手伝った。


 最初は皆、犯罪者を見るような目でソリルを見ていたが、今ではすっかり仲間として受け入れられていた。

 彼の性格は抜きにしても、瞬く間に移民船の制御AIを乗っ取り、改造した手腕を目の当たりにして、その実力については誰もが認めていたのだ。


 --- 大気圏突入 ---


 移民船同士の睨み合いが始まって12日目。


 アドファネスの航法室ナビゲーションルームでは連日の追撃戦による過労によって、交代で休養を取るようにしていたが、今日は全員が持ち場に就いていた。


「移民船ヤカリース、相対位置変わらず。

 本船の前方、惑星エイドラの水平線上にあって速度を保ったまま移動中です」


 オペレーターが暴走したAI、アルビタレイシオの居城でもある移民船の状況を報告した。


 それを聞いた艦長は立ち上がり、作戦を発令した。

「よし、本船はこれより特攻作戦を敢行する」


 航法室ナビゲーションルームに緊張が走った。

 その場にいた兵士は全員起立し、胸に手を当てて艦長の訓示を聞き入っていた。


「我々はここで果てようとも、残された同胞、子孫達は苦難を乗り越え、いつか必ず楽園へたどり着くだろう。

 その道を我々が指し示す。決意と誇りをもって、最期まで戦うのだ」


 ソリルは、すっかり自分のシートになったオペレーションシートに座ったまま、踏ん反り返ってそれを聞いていた。


 また始まったよ・・・兵隊さんは面倒臭いねぇ・・・。


 流石に声に出すことはしなかったが、心の中でいつものように悪態をついた。

 だが、そんな無駄な儀式もこれが最後だと思うと、兵士達のやっていることも士気と統制の為であって、本音はどうであれ、気を紛らわす意味もあるのだろうと思えば、少しは理解出来なくもないなと考えられるようになっていた。


「作戦を説明する。

 標的である移民船ヤカリースは、これまでの戦闘記録から、本船が接近すると常に惑星エイドラを盾にして裏側に逃げ込むように移動する事が分かっている。

 この結果から、常に安全な距離を保って衝突を避けていることは明白である。

 つまり、本船の目的は完全に読まれていると考えて良いだろう。

 そこで直接衝突させる方法は諦め、作戦を2段階に分ける。

 エンジンだけを使用した航法だけでは、本船とヤカリースは同性能だから永遠に追いつくことは不可能だ。

 しかし、近づくだけなら方法が無い訳ではない。

 これまでの半分の距離まで近づく事が出来れば、タランキの槍を打ち込むことが出来るだろう。

 タランキの槍によって、動きを封じ込める事に成功すれば、勝ったも同然ということになる」


「艦長、どうやって近づくおつもりですか?」


 オペレーターの一人が尋ねた。


「惑星エイドラを利用するのだ。

 本船アドファネスは、ガス惑星エイドラの大気圏に強行突入し、そのままガス雲の中を通過して移民船ヤカリースに肉薄する」


「大気の影響で減速し、上昇出来なくなるのでは?」


「確かに本船のメインエンジンは大気圏内で使えないから、化学ロケットのサブエンジンを使うことになるが、そのままでは推力不足で再脱出ができない。

 だが問題ない。

 先ほど本船の航法AIアルターに計算させた。

 ・・・これを見てくれ」


 艦長は、シミュレーション結果をモニターに表示させると続けた。


「船体の進入角度を浅く調整し、サブエンジンを使って一定の速度を維持しながら突っ込む。

 一定の高度まで降下したあと、船体を進行方向に対して横にむけ、縦方向にバックスピンさせる。丁度、ボールが後ろ向きに転がる様にだ。

 すると船体の下面側よりも上面側の大気の流速が早くなり、結果として上面に負圧が生じて船体が引き上げられて上昇を始める、上昇角度が十分についたところで船体を立て直す。

 進入時の運動エネルギーを、低損失で上昇エネルギーに変えることが出来る方法だ。

 これにサブエンジンの噴射と、緊急用のブースターロケットの全力噴射による推進力を加えて大気圏を離脱する」


「そんな事が可能なのですか?

 摩擦熱の影響は問題ないのですか?」


 副長は突拍子もない作戦に、疑問を抱いているようだった。


 そもそも、移民船アドファネスには大気圏に突入する能力は無い。

 それどころか、翼もない船体で大気圏内を飛行しようというのだ。


「可能だ。いや、やらねばならん。他に方法は無い。

 船体の発熱は破壊的だが、外殻は相当頑丈だから、すぐさま燃えてしまう心配は無い。

 外殻に近い居住区は誰もいないから、一時的に灼熱状態になっても問題は無い」


「船体を回転させて、我々は堪えられるのですか?」


「船内の重力制御を航法室に集中させ、回転による遠心力を相殺する。かなり繊細なコントロールが必要になるがな」


「一歩間違えれば全員圧死、ということになりそうですね」


 副長が少し怪訝そうに答える。


「そうだな、成功を祈ろう」


 艦長はそういうと全員に準備に入るように指示を出した。

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