第4章 神話 (2)アセルファの黄昏

 軌道から降り注ぐ塵の中、アセルファの首都ゼンガーの外れにある施設に、AIが暴走した要因を作った疑いで拘束されたソリルは、警護付きの部屋で処分を待っていた。


「俺だって、好きでこんなところに来たわけじゃねえ。

 いつだって役人やお偉いさんの言いなりでやってきたんだ。

 ハッカーで食って行くには色々やらんと、飢えちまうご時世だからな。

 そりゃぁ、法律的にヤバイ仕事だってしたさ。ギャラはそれなりに良かったがな。

 特に今回のギャラは破格だったんだ。たぶん俺が引き受けなくても誰かがやったさ。

 それに、どのみち人類は滅びの道を進んでんだ。それが、ほんのちょっとだけ早まったってだけさぁね」


 ソリルは椅子に半ば踏ん反り返る様に座ったまま、取り調べを受けていた。


 やけっぱちにベラベラ話し続ける相手に、取り調べを行っていた担当官は呆れた様子で話を遮った。

「もうその話は散々聞いた。

 お前がどんな目論みでAIを暴走させたのか、必ず吐かせてやるから覚悟しておけよ」


 ソリルは横を向いて愚痴り始めた。

「要するにアレだろ?

 誰か悪役がいないと、誰を責めたら良いのか分からなくなって困る奴らがいる、ってことなんだろう?

 分かったよ、俺が全て悪いんだ。謝るよ。この通りだ・・・」


 ソリルは立ち上がり、さっきまで座っていた椅子を退けると、床に片膝を付いて頭を下げた。

 伝統的な謝罪をする時の作法だ。


「貴様!それで民衆が納得するとでも思っているのか!」


 恥も外聞も無く、簡単に頭を下げて見せたソリルを見て、担当官は思わず立ち上がって苛立ちをあらわにした。

 今にも殴り掛からんばかりだ。


「おい、その位にしておけ」


 丁度、部屋に入って来た男が、担当官を宥めた。

 担当官は、その男を見るなり姿勢を正して一歩下がった。


「君がソリル・デラムかね。

 私はアセルファ防衛軍のゼンファだ」


「今度は大将のお出ましかよ・・・

 昨日は党首の補佐官だと名乗るヤツが来たよ。

 名前はなんて言っていたかな・・・

 奴は俺を見るなり、即刻死刑にするとか言っていたが。今度は宇宙の果てに追放するとでも言い出すのかい?」


 ゼンファと名乗った男は、軍の上級大将で、5本の指に数えられる権威者だ。

 彼はソリルの不遜な態度を気にもとめる様子もなく、話しをはじめた。


「随分と威勢が良いじゃないか。

 天才ハッカーが、連日尋問を受けていると聞いていたから、

 きっと体力も尽きて、くたばっていると思ったんだがな。

 まぁ、その方がこちらとしても都合が良い」


 横を向いて話を聞いていたソリルは、ふて腐れる様にシートを回して、上級大将に背を向けた。

 取り調べの担当官は、ソリルの度重なる不遜な態度を見て我慢の限界が来たのだろう、ドアの近くで姿勢良く立っていたが、ソリルの方へ一歩踏み出した。


「貴様!ふざけるな!」


 怒りのままに声を上げる担当官を制して、ゼンファは続けた。


「そのままでも構わん。

 話を聞いてもらいたい。少しだけ、生き延びるチャンスをやろうって話だ。

 ただし、処刑までの猶予期間が少し伸びただけだがな。

 罪人として即刻死刑になるのとは違って、名誉回復も含んだ特典付だ」


「なんだと?」


 ソリルはその意外な内容に、シートをさらに回して正面に向き直った。


「名誉回復とは、・・・まさかアイツとドンパチやるって事か?」


「流石に察しが良いな。

 今、我々人類は全滅の危機に瀕している。

 毎日の様に飛来し続ける隕石は激しさを増して、最早、全てを防ぐことが出来なくなってきている。

 このままの状況が続けば、居住コロニーはことごとく壊滅し、地表は放射能で人が住めなくなるだろう。

 第三惑星に移住しようにも、あそこには原生生物が住み着いているから、疫学的にも外来生物である我々が定着できる可能性は、非常に低いと科学者たちは言っている。

 そこで我々は、この惑星を死守し、攻勢に出てアルビタレイシオを破壊する作戦を立てた」


「軍隊って言ったって、ろくに戦艦も無いんだろう?

 無茶な話じゃないか・・・」


「まぁ、聞け。

 我々には祖先が遺した移民船が三隻ある。

 今は隕石からこの惑星を守るために全力で稼働しているが、その内の一隻、アドファネスをエイドラに向かわせる。

 当然、一隻少なくなった分だけ爆撃を受けてしまうだろうが、これは賭けだ。

 民間船を武装させて侵攻する作戦も考えられたが、そもそも、戦争を原則的に放棄した我々には、何をするにしても準備期間が足りない。

 今の状況で可能な選択肢は限られている。

 そこで、移民船に対抗できる手段は、同じ移民船だけだという判断に至ったのだ。

 アドファネスは3隻の中で最も大きく、武装も僅かではあるが装備されている。

 可能性は未知数だが、これが最も有効な手段だと考えている」


 黙って傾聴していたソリルは、事の大きさに少し真面目に話を聞く事にした。


「何となくその理屈は分からなくもないが、移民船の外殻は要塞並みに硬いんだろう?

 要塞を攻撃できる様な強力な武装も無しに、一体どうするんだよ?」


「そうだな。

 そこが一番の課題だな・・・

 最悪は反物質リアクターが有る」


 上級大将の言葉にソリルは愕然とした。


「・・・まさか!・・・そういうことか。

 つまり、その制御を俺に何とかしろっていうんだな?」


「流石に天才と噂されるだけあるな、物分かりが早くて助かる」


 一通り話を聞いて、大筋については飲み込めはしたが、その手段は少なからず犠牲を伴うものだ。

 何か他に手段は無いのか。


 ソリルは遥か昔に聞いたことがあった、伝承を思い出した。

「そういえば、別の移民船フェリオリスには旧世界の超兵器が搭載されているという伝説があったはずだが、それを使えないのか?」


「亜光速で戦闘が可能な戦艦が眠っている、という言い伝えだろう?

 伝説は伝説でしかない。

 フェリオリスには、古くから故障をしたり放棄されたりした事によって進入出来ない区画が多いから、そのせいで生まれた只の噂話に過ぎんよ」


 実際に誰かが調査したわけでもないのだろうが、旧世界で起こった災厄の話は何千年も前の出来事だし、4つの移民船の内部は、居住区画と航法区画を除けば最早遺跡の様なものだ。

 誰も立ち入らない状態になって、何千年も経っていれば、噂話の一つも出てくるだろう。

 確かに当てのない話だ。


 ソリルはため息交じりに自分がすべきことを尋ねた。

「で、具体的に何をしろっていうんだ?」


「まず、アドファネスの制御プログラムを戦闘タイプに改造してもらいたい。

 それから反物質リアクターの制御だ。

 システムには強力な保護機能が備わっている、恐らく改変は困難だろうが。

 もし出来なければ、自前で作るか、あるいは付け足すしかない。

 その後はエイドラまで行って、アルビタレイシオを無力化する手伝いをしてもらう。

 生きて帰れる可能性は、まず無いと思ってくれていい」


「くれていい・・・、って。人をなんだと思っていやがる」

 ソリルは悪態をついたが、何時もの口癖ではなく、今度ばかりは本気で嫌気がさしていた。


「ここに残って、暗い部屋で明日をも知れない命を心配しながら死ぬか。

 英雄として死ぬのか。好きな方を選べ。

 まぁ、もしも作戦が失敗した場合は、お前の事情とは関係なく人類が終わる訳だがな」


「笑って言うんじゃねぇよ。

 アイツを暴走させた原因は、元を辿ればマーキスってクソ野郎の責任であって、決して俺の責任じゃねぇが、濡れ衣着せられたまま殺されるのも癪に障る。

 それにここに来るまで、散々ひでぇ目にあったんだ。アイツにも一泡吹かせてやらんと気が済まねぇしな。

 良いよ。エイドラだって、宇宙の果てだって行ってやるさ」


 --- アドファネスの出撃 ---


 3日後、惑星アセルファの軌道上にソリルを含む23名の乗員が移民船アドファネスの航法室ナビゲーションルームにあった。

 その内22名は、志願兵の選抜チームだ。

 ソリルは室内に入り、周囲を見渡しながら人数を数え、溜め息を吐くと悪態をついた。


「ケッ、巨大な船にたったの23人かよ。

 随分とケチったな。死人は最小限に、という訳かよ・・・」


 彼の吐いた不満を耳にした初老の男が、それを制した。


「いいから座れ。

 すぐに発進するから、黙らんと舌を噛むぞ」


 そう言ったのは中央のキャプテンシートに座る、艦長のガセルだ。

 事前に確認した資料によれば、彼は退役軍人で、現役時代にはそれなりの地位だったらしい。

 暫くすると、オペレーターがアナウンスを始めた。


「反物質リアクター、起動シーケンス。

 エネルギー回路の内圧正常、反物質転換炉、作動良好。

 リアクターに位相反転を確認、縮退臨界を突破。

 起動に成功しました。

 現在、出力15%で安定。

 船内、重力場の制御を航行モードに切り替え。

 無重力になるので注意してください」


 これまで常用してきた補助エンジンに対して、格段に強力な反物質を使った動力炉が、おおよそ350年ぶりに再起動した。

 言い伝えでは、母星系を脱出したとき、今では補助動力として使われている化学ロケットとラムジェット推進を組み合わせていたらしいが、旅の途中で完成したのが反物質燃料を使った、この電磁波圧縮推進だ。


 このエンジンのおかげで移民船のエネルギー不足の問題が解消され、当初100年以上掛かると見込まれていた亜光速への加速が、たった十数年まで短縮することが出来たのだという。


 休眠状態だったメインエンジンの制御が回復するとともに、制限されていた区画も全て電力が回復して使用可能となった。

 電力が回復すると同時に、ゆっくり重力が無くなり、体が軽くなっていく。


「船内、各部異常なし。

 艦長、指示をお願いします」


 オペレーターが艦長に向かってそう言うと、次の命令を待った。


「よし、それでは発進だ。

 目標!第五惑星エイドラ!

 反物質ドライブ、出力0.5で加速開始せよ!」


「進路クリアー。アドファネス、加速開始します」


 オペレーターが復唱すると加速が始まり、移民船アドファネスは惑星アセルファの軌道から飛び去って行った。


 ロケットの様な化学エンジンでは到底実現できない猛烈な加速によって、1時間も経たないうちに、モニター一杯に映っていた惑星アセルファは、だだの点になった。


 本来であれば乗員など一瞬のうちに圧死する様な加速度だが、重力場制御によって、加速による影響は殆ど何も感じる事が無い程に相殺されていた。

 今となっては二度と創り出す事が出来ない、旧世界のテクノロジーだ。


 このまま順調に航行すれば、エイドラまで一ヶ月掛からずに到達する見込みだ。


 ソリルは限られた時間の中で準備を始めていた。

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