第4章 神話 (1)放浪の果てに ②


 マーキスの記録映像に映し出されたコードはほんの一部に過ぎない。

 だが、かつて画期的なAIを作り出し、文明に改革をもたらし、それと同時に人類を破滅に追いやった天才の作ったものだ。

 コード全体はきれいに整理されているし、コアとなっている部分が解ってしまえば、ソリルにとって関連する周辺のコードを作るための材料としては十分だった。


 1年も掛からず、新たなアルゴリズムを持つコードを完成させると、リベラル派の党首クジェの許可を得てアルビタレイシオに組み込んだ。


 旧世代の装置を発掘しては動かせるようにプログラムを再構築して、売りさばく。

 そんな経験を繰り返すことで培ってきたハッカーの技術は、他の誰にも負けない自負があった。


 本来、アルビタレイシオのコアプログラムは外部から変更出来るものではなかったが、ソリルはインターフェイスの一部に脆弱性を見つけてプログラムをオーバーランさせ、強制的に割り込むプログラムを挿入してシステムを書き換え可能に変更していた。


 システムを書き換えて再起動すると、それまで機械的な受け答えばかりだったアルビタレイシオに変化が起こった。

 質問に質問で返して来たり、学習するために自らデータを要求したりするようになったのだ。


 やがて、数日も立たずに自我の様なものが顕在化するようになり、まるで人間同士が対話するかのように意見交換が出来るようになった。


 アルビタレイシオの状況分析と判断力は凄まじく、政府の重要な会議に参加するようになると、それ程時間も掛からずに経済や物流における不備や組織体制の問題が解決され、食糧難も徐々に改善される様になった。


 リベラル派の人々はアルビタレイシオの功績を賛美するとともに、自らの力と未来に自信を持つようになり、その頃から第五惑星をエイドラと命名し、同じ国名を持つエイドラ国家が樹立されるに至った。

 それを境に、彼らは“我こそは選ばれし先進の人類”と称するようになった。

 だが、程なくしてその奢りは絶望に変わっていく事になる・・・。


 アルビタレイシオは効率や合理性を追求し、やがて惑星アセルファの保守派との勢力差を挽回すべく武力による侵攻作戦を提案したのだ。


 確かにアセルファは太陽系最初の入植地という事もあって、既に多くの人々が大地に根付いていて、単純に経済力や人口の差でも5倍近い差があるため、様々な側面で不利であったのだが、お互い殆ど武装していない現状を、アルビタレイシオは先んじて武装することで先制攻撃をかけ、奇襲によってアセルファを蹂躙できる好機と捉えたのだ。


 勿論、母星を捨ててまで銀河の果てから放浪をしてきた過去の悲劇を忘れた者などいなかったから、当然のように議会は否決された。


 それはアルビタレイシオにとって、合理性に欠ける理解し難い結果となった。


 その後も武力侵攻を提案し続けるアルビタレイシオに、人々は旧世代の災厄を想起せざるを得なかった。


 エイドラ政府はアルビタレイシオに危険性を感じて封印を決定。

 それを不服としたアルビタレイシオは反乱を開始した。


 彼は移民船ヤカリースの制御は勿論のこと、周辺の居住ステーションの制御も乗っ取ると、全ての居住区の空気を抜いた。


 丁度、バカンスのため休暇を取ってアステロイド観光に来ていたソリルは、アルビタレイシオの反乱をニュースで知る事になった。

「なんてこった・・・、俺は一番ヤバい奴を起こしちまったというのか?」


 観光用の旅客船の船内アナウンスでアセルファに緊急避難する事が分かったのは、エイドラで大量虐殺ジェノサイドが起こった3日後の事であった。


 何千年も前に起こった奢りと過ちが、また繰り返されたのだ。


 --- 決断 ---


 エイドラの惨事がアセルファに伝わって2年が過ぎた。


 アセルファの大気は砂塵と嵐で澱み、居住コロニーや地下都市以外の殆どの交通が麻痺し、緊急事態宣言が発令されていた。


 アルビタレイシオは移民船と居住ステーションの全権を掌握し、エイドラ圏に住む人間を全て抹殺すると、アセルファとエイドラの中間軌道にあるアステロイドベルトから隕石による爆撃を始めた。


 アステロイドベルトには鉱物資源を採集する為の自動ステーションと、物資をアセルファの軌道まで輸送する為のマスドライバーが建設されていたが、これを利用することでアステロイドベルトに浮遊する岩石を採集し、リニアガンで惑星アセルファの大気圏に向けて直接射撃するという応用を行った。


 幸い飛来して来る隕石は事前にコースを読むことが出来たため、アセルファの軌道上に周回する3つの移民船によって防ぐことが出来た。

 アドファネス、フェリオリス、ディロースの3つの移民船は、迫り来る隕石を大出力レーザー砲で狙撃し、時には身を呈して防いだ。


 しかし攻撃は日に日に激しくなり、隕石の数も大きさも次第に増してレーザー砲では破壊できなくなって来ると、アセルファ政府は一つの賭けに出る事を決定した。


 それは、3つの移民船の内の一隻、アドファネスをエイドラへ派遣し、アルビタレイシオを破壊するというものだった。

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