第4章 神話 (1)放浪の果てに ①

 人類創成の時代。

 タームと呼ばれるその星には二人の神がいた。

 創造神アセルファと破壊神エイドラだ。


 二人の神はそれぞれが役割を持ち、お互いが協調して世界を作ったとされている。

 あらゆるものは生を受ければ、いずれ死を迎え、みな故郷である死の国へ帰っていく。

 死の国の入口はタームの門と呼ばれた。

 所謂この世とあの世とを繋げる通路だ。


 二人の主神の配下には、四人の従属神がいて、自然の摂理や人々の文化の象徴であり、また神聖な死の国の門を守る神でもあった。

 その名を戦神アドファネス、運命神ヤカリース、慈母神フェリオリス、冥神ディロースという。


 人は死を迎えると、戦神アドファネスの案内でタームの門へ向かい、運命神ヤカリースによって罪を裁かれ、慈母神フェリオリスの守る神聖樹にたどり着く。

 その後タームの門をくぐり、死の世界で役割をこなして徳を積む事で、やがてタームの太陽までの旅を許される。


 旅の終焉で、死者は漸く太陽の力を得て現世へ復活することができる。

 ただし、罪の大きい死者は、冥神ディロースによって人間として復活することを許されず、別の世界に追放されてしまう。


 これが古くから言い伝えられてきた伝承であり、それが人々の信仰の柱となって来た。


 ───現在から遡ること660万年前。


 若い太陽を中心にして、多くの惑星を従えた豊かな太陽系があった。


 その太陽系の第四惑星には、人工の月が4つ周回していた。

 4つの月は、かつて多くの人々を乗せて銀河系を旅した移民船でもあった。


 それぞれの月にはアドファネス、ヤカリース、フェリオリス、ディロースと、神話に基づいた四つの門神の名が与えられていた。


 彼らは遠く10万光年の旅を経て、この太陽系にやってきた来訪者達だ。


 太陽系に辿り着いた彼らは、居住出来そうな惑星を見つけると、100年余り掛けてテラフォーミングを行い、移住を開始した。


 第三惑星には既に独自の生命体系があったため、不毛の第四惑星を創造神と同じアセルファと名付け、そこを拠点として開発を進め、いずれは検疫を行って気候の穏やかな第3惑星に移住するというのが、当初、科学者達が下した計画だった。


 しかし200年もすると、アセルファに根付いた人々にも新たな政治体制や新しい文化が生まれ、宇宙への進出と第3惑星への移住を切望するリベラル派と、アセルファの大地こそ新たな故郷とする保守派に別れて政争が繰り広げられるようになった。


 政争は時を重ねるに従って、収まるどころか激化する様相をみせた。


 それは思いのほかアセルファに資源が少なかった事が、人々の中に争いと不満を募らせる遠因となっていたのかも知れない。


 何故なら人は欲求を満たすことで幸福感を得る生き物だからだ。

 それは豊かであっても不変であるが、特に苦境に立たされた場合、それに抗おうとするあまり、よりその傾向が高まる。


 例えば飢えによって生命が危機にさらされれば、簡単に戦争や略奪が起こる。

 これは人類の長い歴史が証明している事実だ。

 もしそうなれば、人々には支え合って生き残るという選択肢を選ぶことが難しくなってしまうだろう。

 流石にその様な極限状態では無いとしても、資源が少ない事で生じた焦燥感は、人々の心を友愛とは違った方向に引き寄せてしまうことは想像に難しくない。


 そうして50年も過ぎると、人類は完全に二つの派閥に別れてしまった。


 リベラル派の一党は移民船の一つであるヤカリースを占拠し、豊富な資源を求めて第五惑星まで逃れると、すぐに独立を宣言した。

 準備も無しに第三惑星への入植を行う事は難しいと考えたリベラル派は、ガスや鉱物資源の豊富な第五惑星を一時的に拠点とすることを選んだのだ。


 --- 悪夢の再来 ---


 完全に住み分けが出来たことで、一旦は状況が落ち着いたかの様相を見せたものの、第五惑星の軌道上にリベラル派が建造したプラントコロニーにおいて発生した火災事故によって、食料自給率が急激に低下し、緊急対策が求められるようになると状況が一変した。


 二つの派閥は武力衝突こそ無かったものの、お互いを強く反目しあい、経済的にも断絶していた為、食糧難に陥った窮状に対してリベラル派と保守派の間には助けを求める事も、手を差し伸べる事も行われなかった。


 その結果、人口、経済力、武力の面で大幅に劣るリベラル派は、事態の解決のため、長い間凍結されていた移民船のマザーコンピュータ、“アルビタレイシオ“を起動させ、人工知能(AI)による支援によって、戦略的な解決策を導き出そうと試みた。


 しかし、船員の生命維持と移民船の制御しか出来ないAIアルビタレイシオに、リベラル派の人々は落胆する事となった。


 旧世界から引き継いだライブラリの中から発見された戦略AIに関する論文から、試験的にアルビタレイシオに自律判断ルーチンを構築する試みがなされたが、これも失敗に終わってしまった。

 重要な精神構造をエミュレーションする為のコアプログラムに、どうしてもアクセスすることが出来なかったのだ。


 だが、急遽雇われた民間ギルドのハッカー、ソリル・デラムによって、瞬く間にこれらの問題が解決したのだ。


 これまで困難かと思われたプロテクトが、ソリルのハッキングによって、たったの数日で解除され、プログラムの書き換えが可能となってしまっていた。

 さらに彼の卓越した才能によって、アルビタレイシオの精神構造プログラムについても一ヶ月も掛からず解析され尽くされてしまった。


 だが、しばらくすると、順調かと思われていた改修作業にも問題が生じた。

 一般に知られている人工知能の処理ルーチンでは、必要なデータを学習させるため、人為的にその都度データをインプットしてやらねばならなかったし、入力されたデータから分析しただけの、単純な解を選び出してアウトプットするという、単純な動作しかできなかった。


 一般的な状況判断だけであれば、それでも良いのかも知れないが、長期の未来予測を含んだ高度な政治判断に利用するとなると、全く十分とは思えなかった。

 そこで彼は、移民船に残されていた旧世界から受け継いだライブラリから、ヒントを得ようと考えた。


 ある時、4000年以上前に存在した科学者マーキスの記録映像を調べていると、AI開発に関する説明をしているマーキスの背景に、研究所内のコンピュータがいくつか映し出されていることに気がついた。

 それは小さく映ったモニターの表示だったが、気になって画像を拡大して観察すると、ほんの数秒間だけデバッグの為にプログラムのコードが流れていたのを発見したのだ。


 ソリルは数十日掛けてコードを拾い出し、アルゴリズムを解析し、フロー図に展開してプログラムの構造を分析した。

 すると、判定アルゴリズムの構造を、多重に再帰しながら上書きしてプログラム自体が再構築を繰り返し、自己増幅しながら成長する仕組みになっていることがわかった。


 さらに分析を進めると、入力されたデータを分類しながら内容によって判定方法を個別に変えて、さらにそこから抽出した結果を過去のデータと比較評価を加え、判定基準を可変しながら複数の未来を推定し、合理的結果を得られたら、その重みを加えて自己のアルゴリズムを繰り返しアップデートする、という複雑な内容になっていることが分かった。

 これならメンテナンスもなく、永遠に自己を強化して成長する事が出来るので、やがて高度な判断も出来るようになるに違いない。


 彼はこのコードを調べる内に、今まで見たことが無い斬新なものだと直感した。

 過去に多くのハッカーが調べても、痕跡すら残されていなかった天才の作ったソースコードが見つかったのだ。


「かの偉大なマーキス先生もうっかりやらかした、ってところか・・・」

 ソリルはそう吐き捨てると、得られたソースコードに自分なりのアレンジを追加し始めた。


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