第3章 調停者 (4)希望と絶望 ②
駆逐艦ダルバンガの戦闘指揮所では、オオタニ艦長が刻々と変わる戦況を聞きながら、オペレーションモニターに投影された情報を見据えていた。
サブモニターには右前方に航行するオメガ3分艦隊の旗艦、巡洋艦ライブラの姿が映っている。
ライブラの上下左右にフリゲート艦が4隻配置され、その少し後方に駆逐艦7隻が同心円状に並んで配置された、攻守に対応できる突撃フォーメーションだ。
各艦の間隔は約1kmの密集形態となっている。
旗艦ライブラから攻撃命令が下され、駆逐艦が機動爆雷を一斉に放った。
同時に旗艦ライブラは、大口径のレーザーによる長射程を活かして攻撃を始めた。
ダルバンガの戦闘指揮所では、副官のケニー大尉が戦況結果を逐次報告している。
「ライブラの主砲が命中。ターゲット2からの放熱を確認。
装甲に融解が起こっているようです。内部へのダメージは不明。
ライブラは次弾をチャージ中です」
オオタニ艦長が遥か前方で明滅する光を見つめ、注意を促した。
「戦況は良いとは言えない。敵の動向を見逃すな」
程なく、ケニー大尉が光学モニターを解析しながら異変を見つけた。
「敵ターゲット複数に、微弱な熱源反応。
敵艦、一斉に回頭しています。おそらく射撃体勢です。
射線軸の推定、84%の確率でライブラを指向しています!」
敵も機械とはいえ効率的に自律行動をしている。
大型艦の武装が、より優先して対処すべき脅威だと判断したのだろう。
合理的な思考だ。
すぐさまオオタニ艦長が指令を出した。
「アンチレーザー爆雷をゼロ距離で撃て!」
オオタニ艦長の命令を聴き終わる前に、ケニー大尉は爆雷投射の操作をしていた。
「2番発射管、アンチレーザー爆雷を投射します!」
予め防御用に装填されていたアンチレーザー爆雷は、前方に投げ出されると、すぐさまレーザー減衰剤をバラ撒いた。
ダルバンガの直上を航行していた駆逐艦イソカゼも同様に、敵の攻撃の予兆を察知してアンチレーザー爆雷を放った。
艦隊の防御も駆逐艦の重要な役目だ。
レーザー減衰剤は無数の粒子の塊で、時間と共に拡散するタイプの対レーザー用の防御兵器だ。
減衰剤は密度が薄くなる事で効果が減少してしまうので、散布するタイミングや距離については使いどころが難しい。
バラまかれた減衰剤はライブラの舷側を通り過ぎて広がっていった。
そこへ敵集団がレーザーを放った。
レーザーの干渉を受けた減衰剤は、熱線を吸収して即座にガスへ変わり、そのガスがまたレーザーを遮る事で、相乗効果的にエネルギーを奪った。
それでも吸収し切れずに通過した熱線が、ライブラを襲う。
通過したレーザーの殆どは、ライブラの艦首右側に命中した。
ケニー大尉がデータリンクから得られた被害状況を報告する。
「旗艦ライブラ、被弾しました!
船体右舷の装甲が融解。
艦首ブロックの28%の区画が放棄されました。
制御系は異状なし、リアクターも正常、主兵装も異状なし。
致命的なダメージは無い模様です。
ライブラ、主砲チャージ中。反撃する様です」
オオタニ艦長はそれを聞くと、腕を前にかざして攻撃命令を出した。
「砲戦用意、主砲チャージ。タイミング、照準をライブラと連動。
主砲発射までに機動爆雷を順次投射、ターゲット1から4まで一発ずつだ」
地球軍のレーザー兵器は、機械化艦隊のそれと比べると格段に威力が低いが、爆雷攻撃と上手く組み合わせる事で互角以上に戦っている。
激戦の末、地球艦隊はオメガ3分艦隊以下、複数の分艦隊の猛攻によって、敵側面の防衛網を突破する事に成功した。
--- 敗因 ---
ディレクトールは予測を大きく超えた展開に戸惑っていた。
現実と計算では多少の誤差が生じるのは分かっていたつもりだったが、今回の予測は全くアテにならないものに変わってしまった。
倍以上の戦力差で始まった戦闘は、今や優劣が逆転し、彼の創り上げた機械化艦隊は三方を地球軍に囲まれ、半包囲網の中に喘いでいた。
過去の戦いで経験した記憶では、追い込まれたターム人類は諦めたかの様に黙って死を受け入れて来たが、地球人類は全く違っていた。
追い込まれる程、より強く足掻き、生き残る為に最大限の抵抗をして来るように思えた。
1000万年の時間は、彼ら人類を好戦的な種族に進化させたとでも言うのだろうか。
もし彼が感情のある人間であったら、湧き上がった強い意識を嫌悪感と表現していたかも知れない。
ディレクトールは、彼の中に存在している人類殲滅の決意が、より強くなったのを感じていた。
そして、今回の戦闘にはもう一つ、大きな誤算があった。
かつて1000万年前に彼と刺し違えた、あの戦闘機の出現だ。
たった一機の戦闘機の出現で、前線が翻弄されているうちに、包囲網が完成されてしまったことが、最も大きな敗因であった。
もっと良い戦力の運用法があった筈だ。
ディレクトールはもう一度思考を巡らせ、次の方針を構築した。
確かにあの戦闘機は脅威だ。
しかし、たった1機ではないか。
あの厄介な戦闘機を確実に仕留めてしまえば、後は人類に抵抗出来る戦力は残っていない筈だ。
彼は次の作戦を実行に移した。
--- 決着 ---
地球軍の残存艦隊は、半包囲網が完成すると三方から一斉射撃を行った。
囲まれた機械化艦隊は、装甲の弱い側面やエンジンをレーザー砲に射抜かれて、あっけなく破壊されていった。
こうして艦隊戦は辛くも人類の勝利に終わったが、地球軍にも多くの犠牲が出た。
半数以上の艦艇は破壊され、もう一度同じ規模の艦隊戦を挑める見込みはない。
しかし、まだ全てが終わっていない事は皆が承知していた。
敵の本拠地である月を攻略しなければならないからだ。
生存者の救助と補給を行い、応急処置をして、戦闘可能な艦艇は新たな艦隊編成を行うと、休む間もなく月に向けて進軍を開始した。
戦力は激減したが、厳しい戦いに勝利したことで、地球軍の士気は以前より高い。
今回の勝利には異星の戦闘機、モルトファルギロイの存在が大きかった。
地球軍の誰もが彼女の功績を認めていたし、人類の希望となった。
エマは駆逐艦ダルバンガに帰還すると、慣れ親しんだ面々とお互いの無事を喜んだ。
レイラはエマを出迎えると、顔を見るなり抱きついた。
ダルバンガのクルーにとって、最早エマは家族も同然であった。
オオタニ艦長はキャプテンシートに深く座ったまま、その様子を満足そうに眺めていた。
--- 異変 ---
翌日、月周辺に異変があった。
月の裏から、新たな機械化艦隊の出現が観測されたのだ。
その数は次第に増え、半日で100隻近くになった。
作戦室にあるモニターに映し出された機械化艦隊を見たバーク提督は、その現実に落胆した。
「何ということだ。敵は、まだあれだけの戦力を温存していたと言うのか・・・」
総旗艦アクエリアスの作戦室では、数名の上級士官が顔を突き合わせて緊急会議が行われたが、打開策が無く、長い沈黙が続いていた。
参謀長がオメガ3分艦隊からの具申をバーク提督に届けた。
メッセージを読んだバーク提督は、しばらく考え込んだあと、その重い口を開いた。
「・・・可能性か。ディレクトールを破壊すれば敵の増援は止まる。
確かにそうかも知れん。しかし、その後はどうする。
我々が残存する戦力で敵に勝てる見込みなんて微塵もない・・・。
だが、今ここで負けたとしても、火星軍の救援が到着すればなんとかなるか・・・。
それにあの戦闘機が残っていれば、勝機は有るかも知れん。
可能性は五分以下といったところだな。
・・・そうだな、選択肢は他には無さそうだ。やってみるか・・・。
副長!
新たな作戦を立案する。各艦隊の司令部をデータリンクで繋げ」
--- 月攻略作戦 ---
地球艦隊は月に向けて進軍を続けたが、コースを読まれないよう2時間毎に進路を変えた。
そして、何度目かのコース変更の際に、小規模な部隊を切り離した。
その部隊は、オメガ3に所属する駆逐艦イソカゼ、ナギ、そしてダルバンガの3隻で構成されていた。
たった3隻からなる独立部隊だ。
3隻だからこそ出来る作戦を、ウィルとヴァラーハは計算して導き出した。
先の艦隊戦で生じた無数の残骸が、進撃を続ける地球艦隊の遥か後方で様々な方向へ流れながら浮遊していた。
中には大型艦の残骸もいくつかある。
月から見たときに大きな残骸のシルエットに重なる様にコースを計算し、エンジンを止めて慣性のみで月に向かう事で存在を欺瞞しながら敵の本拠地に接近する作戦だ。
さらにダルバンガの前に並ぶ駆逐艦イソカゼとナギは、最新鋭のステルス性の高い艦でもあるので、月からのレーダー波や光学観測から隠蔽するには丁度良い遮蔽板の代わりになる筈だ。
実際、ダルバンガが地球圏に到達した時に視認距離までイソカゼの接近を探知出来なかったくらいだから、そのステルス性は実証済みだ。
次第に艦隊の本体から離れていく3隻の独立部隊。
密集隊形で月へと向かう艦隊の流れが、夜空の下に流れる夜光虫の群れの様に見えた。
一体、何隻が生き残る事ができるのか。
そんな事を思っていると、レイラが僚艦から通信が入っている事を艦長に告げた。
イソカゼのホーガン艦長からのレーザー通信だ。
「この作戦に参加出来た事を光栄に思う。
オオタニ艦長。もし生きて帰ったら、是非貴官と一杯やりたいもんだ。
付き合ってもらえるかな?」
オオタニ艦長は戦友に謙遜無く答えた。
「こちらからもお願いしたいところです」
そんな遣り取りをしていると、駆逐艦ナギのマイルズ艦長からも割り込みが入った。
「貴様ら抜け駆けとはけしからんな。俺も混ぜてもらおうか。
オオタニ艦長。貴官には浴びるほど呑んでもらうつもりだから、覚悟しておいて欲しい」
「参りましたな。まぁ、楽しみにしていますよ」
「ここからはしばらく通信規制を行うから静かになるな。
そうそう、今回一番活躍したストレガ・フォルトナータ(幸運の魔女)にも宜しく伝えてくれ。ではまた後ほど」
各艦の艦長は、互いに軽く敬礼をして通信を終えた。
オオタニ艦長は溜め息をついて、ふと横を見やると、その様子を見ていたレイラ少尉と目が合った。
「艦長はお酒弱いですからね。
無理はなさらないで下さい。何なら私がお手伝いしましょうか」
「いや結構だ。別に私が呑めないわけじゃない。君が強過ぎるだけだ」
そこへ最も艦長と付き合いの長い機関長のイザークが横槍を入れた。
「そういえば、去年の記念式典で私が艦長殿を担いでホテルまで送ったのを思い出しましたよ。
あの時、艦長殿は酔い潰れて意識がなかったもんですから、病院へ行くべきか、ホテルに送るべきかで意見が割れたんですよね。
そのうち誰かがくじ引きで決めようっていうんで、それじゃ艦長殿の命を神様に丸投げみたいだからダメだって事になって、採決を取っていたら、急に艦長殿がお目覚めになられたんで、結局は私が足取りの覚束ない艦長殿を担いで、そのままホテルまで送ったんですよ」
艦長があきれた様子でそれに答えた。
「あぁ、そんな事もあったな・・・。だが、普通に考えれば緊急事態だろう?
のんびり協議して決めることじゃ無いと思うがな。
・・・次からは一緒に呑む奴を選ぶことにするよ」
緊張が続いた戦闘指揮所に笑いが起こった。
その様子を見ていたエマは、相変わらずヴァラーハに会話の意味を教えて欲しいとせがんで困らせている。
ウィルは、こんな穏やかな時間がずっと続けばいいと、心底思った。
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