第3章 調停者 (4)希望と絶望 ①

 --- 反撃 ---


 ウィルがレーダーから得られた情報を分析しながら、射撃を続けるエマに指示を出した。


「エマ。敵に新たな動きがある。

 やはり、お前に気が付いたみたいだぞ。集中砲火が来る、注意しろ」


「了解しました。素粒子遮断フィールドGravity Canceller全開!/アモルファルタス・ゾル・スティグ・レーイ!」


 エマが指令すると同時に、瞬く間にモルトファルギロイの表面全体が特殊な力場で包まれ、星空の光さえも歪めて跳ね返した。

 外部からの光や運動エネルギーの影響を完全に受け付けなくなったのだ。


 素粒子遮断フィールドは膨大なエネルギーを消費するため、ノーマルモードでは攻撃を受けた部分のみに集中して作用する様になっているが、全方向からの同時攻撃から機体を守るためには不完全だ。

 そのため、状況に合わせて、有効範囲や出力を可変できるようになっている。


 機械化艦隊の前衛部隊は、月基地から新たな指令を受けて小さな戦闘機に狙いを変えた。

 そして艦首を戦闘機に向け、照準を合わせると、一斉にレーザー砲を放った。


 モルトファルギロイは翼端のスラスターを点火させると、瞬間的に機体を滑らせて砲火を避けた。


 正確には避けたというよりも、命中を検知するのと同時に、反射的に機体を滑らせて、瞬時に位置を変える事で躱しているのだ。


 敵艦はモルトファルギロイが移動した先を追いかけるように、艦首を振って射線を変え、レーザー照射が終わるまでの数秒の間に、なんとか命中させようとトレースしてくる。


 モルトファルギロイの回避機動に沿って、レーザー攻撃を反射したときに発生したプラズマが火花の様に弾け飛び、残像の様に尾を曳いて引いて見えた。


 モルトファルギロイは全てのレーザーを跳ね返し、驚異的な機動性でダメージを許さなかった。


 立て続けに別の方向からも集中砲火を浴びたが、エマは機体をスピンさせ、熱線が機体の一カ所に集中するのを避けると、スピンしたまま不思議な軌跡を描いて機械化艦隊の攻撃を躱していく。


 それはまるでカエデの葉の葉先をなぞるような、複雑な動きを組み合わせた美しい軌道だった。


「エマ。小型艦はいい。

 その後ろにいる大型艦が脅威だ。そいつを無力化するんだ」


 ウィルはトリッキーな動きを続けるエマに、指示を伝えた。


「了解です。任せてください!

 ターゲット選定、姿勢連動。軸合わせ。

 ロングレンジレーザー、パルスモード。

 照射(fire)!」


 機械化艦隊の攻撃の合間を縫って照射されたモルトファルギロイの強力なレーザー砲は、機械化艦隊の大型主力艦に命中すると、リアクターを貫通した。


 敵大型艦のリアクターは瞬時に誘爆し、船体を爆散させた。


 続けざまに隣に並んでいた大型艦にもレーザー砲を叩き込む。

 今度は艦首が溶解し、側面のスラスターが暴走して炎を吹き出すと、その反動で船体が横を向いた。

 さらに追加の一撃によって、船体腹部に致命傷を受け、大型艦は爆散した。


 ウィルはレーダーに映る新たな異変を伝えた。

「敵集団から小型の戦闘機が突っ込んで来る。

 相当な数だ。どうやら本気を出して来たようだぞ」


 エマが敵艦に射撃を続けていると、30機余りの敵機が四方から突っ込んできた。

 高機動型の防衛ドローンだ。


 地球艦隊に攻撃を仕掛けて来たドローンよりもパルスレーザーの出力が低いが、その分軽く作られていて、普段は機械化艦隊を敵機から守る為に直掩任務に就いている。

 航続距離が短いが、非常に高速で、小回りが利く無人機だ。


 恐らく、帰還するエネルギーを考慮していない捨て身の全力攻撃だろう。

 ドローンはエマを取り囲むと、俊敏な動きで周囲を周り出した。


「私はあなた達と戦うために造られたのよ。簡単にやられたりなんかしないわ!」


 ドローンは一斉にモルトファルギロイへ向きを変えると、レーザー砲を放った。


 エマは次の瞬間、稲妻のような機動で敵機の包囲網を突破し、包囲網の外周を一周しながら、レーザー砲をバーストモードで連続照射して、なぎ払った。


 あっと言う間の出来事だった。


 その光景を見ていたバーク提督は、機械化艦隊の注目が小さな戦闘機に集まって、運動性が散漫になっているのを見逃さなかった。


「今がチャンスだ。全艦、総攻撃!

 目標、正面の敵前衛部隊!」


 副長がすぐさま詳細な攻撃プロセスをオペレーターに指示する。

 各艦がデータリンクによって指令を共有し、一斉にレーザー砲のチャージを始めた。


 チャージが完了する合間に、地球軍の大型艦から電磁投射砲が一斉に発射される。

 電磁投射砲は、機械化艦隊に弾道を読まれて効果が薄いと考えられていたが、今回に限っては多数の命中弾を得た。


 命中した電磁投射砲の弾丸は、爆雷の小さな散弾と比較すると10倍以上の弾頭質量を持ち、リニアレールによる強烈な加速によって、運動エネルギーによる大きな破壊力を発揮する。


 弾丸は敵艦の前面装甲を紙の様に貫き、艦首に収められていた構造物を破壊してダメージを与えた。


 爆発する様な致命傷を受けた艦は多くはなかったが、内部構造が破壊されたために、武装を無力化された艦が相当数あった。


 機械化艦隊は被害を増やさないようにするための自律判断によって、自動的にターゲットを変更し、地球艦隊に艦首を向けた。


 正対しようと回頭した矢先、今度はレーザー砲の熱線が降り注ぎ、機械化艦隊は前衛部隊の主力艦をほぼ全て失うこととなった。


 --- 包囲作戦 ---


 オメガ3分艦隊のウェルズ提督は、巡洋艦ライブラの上級士官用のシートから戦況を手元のモニターで確認した。


 最大戦速で加速を続けるオメガ3分艦隊の左後方では、地球軍の中央部隊と、機械化艦隊の主力部隊による激しい戦闘が繰り広げられていた。


 オメガ3分艦隊の目指しているポイントは、敵集団の側面だ。


 分艦隊は敵との距離を取りつつ、迂回しながら航行を続けていた。

 作戦では同時に敵の両側面から挟撃する段取りになっている。


 どうやら敵は中央の戦闘に注力していて、こちらの動向に気を回す余裕がない様子だ。

 あるいは、そもそもこちらを脅威とみなしていないのかも知れない。


 オメガ3分艦隊と並走していたガンマ1分艦隊が、速度を上げて追い抜いて行った。


 ガンマ1は平常時には地球と月の間のパトロールを受け持ち、フリゲート艦3隻と駆逐艦7隻で構成された、新鋭艦ばかりの高速部隊だ。


 しばらくすると、ガンマ1の駆逐艦が機動爆雷による攻撃を始めた。

 狙うは機械化艦隊の最翼端に配置された、中型艦の集団だ。


 機動爆雷の接近を探知した10隻余りの敵部隊が、ガンマ1分艦隊に向けて回頭を始めた。

 そこへガンマ1分艦隊のフリゲート艦が、レーザー砲の先制攻撃を仕掛ける。


 敵部隊の2隻が中破し、1隻が小破した。


 ダメージを免れた敵艦が、円陣を組むガンマ1艦隊に向けてレーザー砲で反撃を行った。


 ガンマ1の被害はフリゲート艦2隻が大破、爆散。

 駆逐艦の3隻が中破し、2隻が小破した。


 飛翔していた機動爆雷の多くは敵艦の対空防御で撃墜されたが、3隻に命中し、敵艦の船体を破壊もしくは機能を無力化した。


 それでも機械化艦隊との戦力差は大きく、奇襲を仕掛けたにも関わらず、初戦は撃ち負けた格好だ。


 ガンマ1分艦隊は減速してダメージの大きな艦を後方に再配置した。

 オメガ3分艦隊がそこへ追いつくと、ウェルズ提督は攻撃命令を下した。


「全艦、攻撃開始。作戦ポイントへ突入せよ」


 オメガ3分艦隊はさらに速度を上げ、主砲のチャージを開始した。


 --- オメガ3分艦隊の戦い ---


 円陣を組んだ戦闘艦の群れが長い噴煙を曳きながら、漆黒の中に煌めく光の集団に向かって突入していく・・・。

 これが戦闘でなければ、美しいショーになったかも知れない。


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